82.カーラの物語 Year Two VS魔王の影
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
カーラはトレイと共にスワートのいる隠れ家へと勇んで向かおうと張り切る。そんな彼らを見てナイアは微笑み、リーアムの耳を引っ張る。
「耳を貸して」ナイアは彼に色々と吹き込み、背中を叩く。
「……成る程な……わかった」と、彼は素直に頷き、叩き起こされたばかりのトニーを連れて行こうとする。
「ちょっと待った、一体どこへ?」
「関所だ。そこで魔王軍の足止めだ」
「え?! どういう事?!」トニーは目を丸くして首を傾げる。
ナイアが言うには、スワートの中にいる魔王は本体と繋がっていた。不測の事態が起きてもいい様にと軍、もしくは黒勇隊を派遣している可能性があった。それを足止めするのがリーアムとトニーの仕事であった。
「で、私たちの仕事だけど……」ナイアがカーラ達の方へ首を向ける頃、既に彼女らはその場におらず既に隠れ家へと向かっていた。「うーわ、マジですか」
カーラは風魔法で飛翔し、トレイは水流に乗って高速で隠れ家へと向かう。彼は未だに手が小刻みに震えていたが、首を振って萎んだ心を無理やり奮い立たせようとする。
相手は恐らく魔王であった。彼は魔王の恐ろしさを知っており、万が一にでも勝つ見込みは無かった。
が、そんな相手でもカーラが共に戦うなら勝つ可能性があると思えた為、トレイの心には徐々に闘志が湧き、目にも力が入る。
「いいね、その意気だよ」それを感じ取ったカーラは余裕の笑みを覗かせる。
「なぜ貴女はそんなに余裕なんっすか? 相手は魔王っすよ?」
「こんなにワクワクする事はないでしょ? あたしは今迄散々、魔王に……バルバロンには煮え湯を飲まされ、無力な思いをしてきた……もうそんなのは御免だ! 魔王の顔面に蹴りを入れてやる!!」彼女は拳を握り込み、震わせる。
「頼もしいっす……」
「今度こそ助ける……」カーラは並々ならぬ感情でボソリと呟き、更に速度を上げる。
「……ん? 魔王の顔面に蹴りって、相手はスワートなんっすけど?!」と、彼は慌てた様に彼女の後を追った。
スワートの隠れ家に辿り着く。建物からは魔力も殺気も漂ってはいなかったが、カーテンの向こう側に人影が写るだけで只ならぬ何かが溢れ、トレイの脚が凍った様に動かなくなる。
「行くよ」彼女は脚を唸らせて足首を回し、指骨を鳴らしながら扉へ向かう。するとトレイが慌てた様に彼女の服の裾を掴んで引く。「なに?」
「カーラさんは闇使いを相手にした事があるんっすか?」勇んだ心が再び萎んだトレイが冷や汗混じりに震える。
「ない」
「じゃあ、なんでそんな考えも無しに行こうとするんっすか?」
「行かなきゃ、魔王をぶっ飛ばせないでしょう? あたしはあいつと対峙したくてウズウズしているのよ。行く気が無いならここで待ってな」カーラは殺気混じりに彼を睨み、振りほどいて躊躇なく隠れ家の扉を開く。トレイは彼女の頼もしい背の後ろに隠れながら続いた。
「遅かったな、トレイ。お腹がすいて待ちきれないよ」
スワートは穏やかな笑顔で2人を椅子に座ったまま出迎える。彼の声には殺気も何も無く、ただの普段のスワートであった。
カーラはそんな彼の眼前まで近づき、テーブルを蹴り上げる。
「あんたの中に魔王がいるんだって? しらばっくれてないで姿を見せなよ」カーラは殺気を全開にさせ鬼面で話しかける。対してスワートは怯んだ様子も無く椅子に座り続けた。
「何をするんだい? 怖いじゃないか、お姉さん」彼は不敵な笑みを零し、脚を組む。
「お~お~、隠す気も無いみたいね? 魔王さん」カーラは足先で床を小突き、いつでも蹴りを放てる体勢になる。
「別に貴女と戦う気はないんですよね。トレイみたいにこの身体を守ってくれるなら、万々歳なんだけどね」
「で、あの2人……ロングとスーはどうしたの?」
「役立たずには消えて貰ったよ。闇の中にね。どうする? お姉さんも消えるかい?」
「やってみなよ、魔王!」カーラが脚を踵落としの体勢に振り上げた瞬間、周囲から闇溜まりが発生し、闇の触腕が伸びる。彼女は宙返りで飛び退き、部屋の中を所狭しと跳び回る。
「中々素早いね、お姉さん。なぁトレイ、手伝ってくれよ。そいつは僕を傷つけようとしているんだ」スワートは相変わらず椅子に座ったまま余裕の笑みのまま口にする。
「え? あ……」今迄、緊張と恐怖で石の様に動けなかったトレイがやっと首を動かして声を吐く。
「聞こえなかったのかい? お前の役割はなんだ、トレイ?」スワートの影は目を真っ黒に染めて彼をぼんやりと睨み付ける。
「あ……う……」彼は脚を震わせながらカーラをみる。彼女は無数に襲い掛かる闇の触腕から逃れる為、壁に大穴を開けて外へ逃れる。が、闇溜まりは彼女に追い縋り、容赦なく襲い掛かった。
「ちっ、遠隔操作とはいえここまで正確とはね!」カーラは計算が違ったのか、舌打ちをしながら避け、反撃の機会を伺う。
すると、彼女の脚元に水流が湧き出て絡みつく。
「なに?!」急な攻撃に目を疑い、トレイの方を見る。彼は申し訳なさそうに顔を背けながら魔力を纏った腕を掲げていた。
「ご、ごめんなさい……」彼は目に涙を溜め、膝を折る。
「くっ……この」次の瞬間、彼女の腹を闇の触腕が殴りつける。急な冷たさが彼女の内臓を襲い、一気に意識を暗くさせる。「うごぶっ!!」冷たいヘドロの様な黒い汁を吐き出し、前のめりに倒れる。
スワートの影は勝ち誇ったように破壊された壁の向こう側から余裕な足取りで現れ、ゆっくりとカーラに近づく。
「闇魔法を喰らうのは初めてかな? 強制的な冷たさを与え、内臓を腐らせるんだ。勇気で満たされた心は冷たく萎み、一気に死へと向かっていくんだ。どんな気分だい、お姉さん?」
「う……が、あ……ま、まだ……終わってない、よ……魔王!」カーラは踏ん張って無理やり笑った膝のまま起き上る。足元は水流が纏わりついていたが、彼女は脚を力強く動かし、踏ん張る。
「がんばるねぇ、お姉さん。トレイ、こいつにトドメを刺せ。そうだな、顔面を水魔法で覆って窒息させると良い」スワートは指をクルクルと回して指図する。
「え……? う……くっ……」トレイはクシャクシャになった顔を背けながら水魔法を操り、言われた通りにカーラの顔面に水魔法をぶつけて覆い尽くす。カーラはそれを振りほどこうと必死にもがくが、水を剥がす事は出来なかった。
「はははっ、可笑しいな! 陸で溺れ死ぬとは情けないね、お姉さん!」スワートの影は満面の笑みで大笑いし、溺れ苦しむカーラの顔を覗き込む。
すると彼の真上に影が差し、同時に眩い光が差し込む。スワートの影がそれに気付き、影の方へ向き直った瞬間、建物の屋根に乗っていた影が急降下する。
「はぁい」
やっと追いついたナイアはスワートの顔面に手を置き、一気に光魔法を彼の目を通して流し込む。彼は地獄に落とされる様な悍ましい雄叫びを上げながら倒れ、頭を切り落された蟲の様に暴れ狂った。次第に力が抜けていき、スワートの影は消え失せてそこには気絶したスワートが残った。
「ふぅ……ったく、無策で突っ込んで良い相手じゃないでしょうが……そこまで父親似とは驚いたわ……」
「ぶがはっ!! ごほっごほっ!!」トレイの水魔法が解かれ、ギリギリ溺死を免れたカーラは水を吐き出しながらナイアに近づく。トレイは全身震わせながら尻餅を付き、泣きじゃくっていた。そんな彼を見てカーラは一瞥をくれ、小さく頷く。
「魔王は消えたの?」
「いえ、引っ込んだだけよ。それに私では消す事は出来ないかも……でも策はあるのよね」ナイアは余裕の笑みを零し、トレイの方を見た。
如何でしたか?
次回もお楽しみに