81.カーラの物語 Year Two 魔王の影
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
悪夢の夜が明け、隠れ家に日が照らす。スワートの影は身を潜め、彼はベッドの中で寝息を立てていた。トレイも近くの寝袋の中で眠っていたが、片目をパチリと開け、訝し気な表情を覗かせる。
「スワート……昨晩は出掛けていたっすね? どこへ行っていたんっすか?」スワートが起きている事に気付き、敢えて問う。
「ん……ずっと寝ていたと思うけど……?」
「そうっすか……あの2人はまだ帰ってきてないっすね……」トレイは心中で焦りと恐怖を覚え、冷や汗を素早く拭う。
「どうしたんだ、トレイ? あの2人が帰ってこないのは珍しくないだろ」スワートはまだ眠そうな声で口にし、ゴロンと寝返りをうつ。
「そう……っすね。朝食の準備をするっす……」トレイは震えた膝で立ち上がり、台所へ向かう。そのまま出入り口の方へ向かおうとゆっくりと歩を進める。
「あぁ、頼むよ」スワートの声色は普段の無邪気で気弱な色をしていたが、その奥から只ならぬ雰囲気が漏れており、トレイはそれにいち早く気付いていた。
「……っ」大きく唾を飲み込み、カーラ達に助けを求めようと考えながらドアへと向かう。
「どこへ行くんだ?」
急に項に息を吹きかけられ、心臓が喉から飛び出そうになりながらも平静を装いながら振り向く。
「食材を買いに行こうと思って」それらしい嘘を吐きながらスワートのつぶらな瞳を見る。
「……サンドイッチがいいな。チーズ抜きでチリトマトたっぷりで」彼は欠伸混じりに笑顔を作りながら踵を返し、ベッドへ戻る。
トレイは小刻みに頷きながら隠れ家から出る。日差しの下をゆっくりと歩き、隠れ家から離れると次第に歩幅を大きくし、いつしか怯え顔で奔り、仕舞には水魔法で水流を作り出して高速でカーラ達の隠れ家へと逃げる様に向かっていた。
「……精々、お客さんを連れくるがいい。朝食にはぴったりだ」スワートはベッドの影の中でにたりと笑った。
「頭いった~ぃ」その頃、カーラは二日酔いになった頭を押さえながらソファから起き上る。彼女は昨晩、リーアムとナイアと酒を酌み交わしていた。彼女はトニーの看病をしながらも数本の酒瓶を空にし、それでもナイアに隙を見せない様に警戒した。2人は昔話に花を咲かせ、彼女の数倍の酒瓶を飲み干していた。が、2人はカーラよりも早くに起きて朝食を摂っていた。
「化け物か……」彼女は用意されていたサンドイッチを手に取り、鏡を見る。目の前には散々落書きをされた己の顔が写り、仰天する。「いつの間に?!」
「隙だらけだったものでつい」ナイアはコーヒーを片手におどけてみせる。
「いい年してこの!!」顔を拭きながらナイアに襲い掛かるも、するりと逃げられ、代りに開いた口に果実を押し込まれる。「んむぐっ!」
「お前でもナイアには敵わないか」リーアムはクスクスと笑いながら別室で寝かせてあるトニーの様子を見に行く。昨日は顔面が変形するまで殴り倒したが、ナイアの持ってきたヒールウォーターのお陰か殆どの傷は治り、折れた骨もくっついていた。
「ごほっごほっ! ったく……昼にはスワート達のアジトへ行くよ。兎に角、計画を彼らに伝えて足並みを揃えなきゃ。遊んだり揶揄ったりは無しよ、いい?」カーラは子供を躾ける様な指の動きをして見せる。
「誰に口を利いているのよ? こう見えて私は逃がしのプロよ。ま、逃げる方が得意なんだけどね」
「それはあたしも同じよ」対抗する様に胸を張る。
すると、扉が勢いよく開き、そこから鉄砲水の様な勢いでトレイが現れる。床に水浸しで転がり、荒々しく呼吸を繰り返す。
「……誰? このボーヤ」ナイアは首を傾げながらコーヒーを一口飲む。
「トレイ? 朝からどうしたの?」ただ事ではない雰囲気を察知し、コップ一杯の水を差し出しながらソファに座らせる。彼は寒いのかガタガタと震えながらも必死になってコップを零さない様に受け取り、ゆっくりと飲み干した。
「す、スワートの様子が変なんだ……気配が、別人なんだ! あれは、アレは化け物だ」完全に心を恐怖で蝕まれていた。
そんな彼の目の前にナイアが立ち、顔を覗き込む。
「化け物? スワートって、魔王の息子よね。で、あなたはトレイね? トレイ・ボーンハンド。貴方の事は知っているわ」
「知っている?」トレイは目を泳がせ、ナイアを睨む。
「貴方、魔王の奥さんのお兄さんの息子、でしょ?」
それを聞き、トレイは更に驚いたように背筋を伸ばし、表情を引き攣らせながらナイアを見る。
「貴女、何者っすか?」
「ナイア・エヴァーブルーよ。貴方、結構有名人よね?」彼女は不敵に笑いながらも彼に目線を合わせながら頭を優しく撫でる。「今までよく頑張ったわね。偉いわよ」彼女はトレイのある事情を全て知っていた。
トレイはそんな彼女の手から水分を読み取り、彼女の心中を読み取る。すると、トレイはここで初めて落涙し、声を上げて泣き声を上げた。
「お、おぅ? どうした少年? らしくないぞ?」カーラは揶揄う口調で近づいたが、それをナイアが遮る。この言葉はトレイには届いておらず、ただただ泣いた。
「今は安心して泣きなさい。落ち着いたら全部話して貰うわ」
トレイ・ボーンハンドは生まれつき水使いの特異体質である、肉体の水分から相手の心や頭の中を読み取る能力を持っていた。この能力は子供の水使いに見られるが、年齢を増す毎に能力は薄れ、消えるモノであった。だが、トレイはその能力を維持し続ける事が出来た。この事実は魔王軍に知られれば研究所に送られ、実験対象として調べられた。が、彼は魔王の身内であるという事でそれが免除され、代りに魔王の息子の友人に成るように義務付けられたのだった。これは魔王直々の命令であったため、トレイはスワートや魔王軍に忠実であり、今でも隙があればスワートのデータをヴァイリーの研究所へと送っていた。
が、時が経つごとにスワートとトレイは本物の友情を築き上げ、今では本当の親友として接していた。故に今回のスワートの変貌に一番ショックを受けていた。
「つまり……彼は人の心が読めるの?」カーラは信じられないのか首を傾げる。
「読めるだけじゃないわ。技を応用すれば、心へ入り込み干渉する事が出来るわ。でも、上級の使い手はある程度ブロックできるけどね」
「ナイアさんの心を少しだけ覗きました……凄い人生ですね。魔王の顔面を殴ったって噂、本当なんですね」トレイは鼻水を啜りながら少し笑う。
「敢えてそこだけ見せて上げたんだけどね。いい? 魔王も所詮人間よ。化け物でも無敵の悪魔でもないわ。ただの小物よ。抗えるわ。で、スワートの中にいるのは恐らく……」
「まさか魔王?!」カーラは目を丸くして仰天する。ナイアは頷き、眉を上げ下げする。
「あいつは自分の息子をスペアボディとしか思っていないわ。で、別人格を植え付けているのよ」
「何故、そんな事を?」カーラは理解できないのか表情を強張らせる。
「己の野望の為……あいつはその為に子を産ませたのよ。で、2人目の男児が発覚して、怖くなったエリーズ……母親は、堕胎した。その事に激しく怒り、魔王は……エリーズを殺したのよ」ナイアは奥歯を鳴らし、拳を握り込む。
「それを知ったスワートは逃げ出したんっす……あんなに泣いて取り乱して怒ったあいつを見たのは初めてでした……」トレイはまた目に涙を溢れさせる。
それを聞いたカーラは鼻息を荒くさせ、髪を掻く。
「魔王……許せない! スワートはどこ? あたしが中から魔王を引き摺り出して殺してやる!!」カーラは鬼面で怒鳴り、トレイの前に立つ。「まだ隠れ家にいるのよね? 行くよ!!」
「……でも、魔王っすよ?!」トレイは怯えて震え、首を振った。
「上等じゃん!!」カーラは指骨を鳴らしながら隣の部屋で寝ているトニーを叩き起こす。
「アレは随分溜まっているわねぇ~ ま、私もだけど」ナイアも不敵に笑い、トレイにハンカチを渡す。「貴方はどうする?」
「俺は……」鼻水を啜り、両頬を叩いて首を振る。「行くっす!!」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




