79.カーラの物語 Year Two ナイア、現る!
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
「相変わらず拳で語るのね、アンタって人は……」ナイアは呆れた様にため息を吐きながら彼らを眺める。リーアムは血達磨にしたトニーを仕事場のベッドへ運び込み、包帯でグルグル巻きにする。カーラはナイアを背後から訝し気に睨み付ける。
「あんたが噂のナイア・エヴァーブルー……? 魔王の顔面を殴ったって本当?」風の噂で聞いた事を問う。
「そんなのが巷の噂になっているんだ。本当よ。代償にこの大陸で活動しにくくなったわ」と、遠慮なくソファに座り、茶を催促する様にテーブルを叩く。カーラはため息を吐きながら湯を沸かす。
「あんた、ジャレッドにはちっとも似てないわね。美人だし、気を利かせる気はあるみたいだし」目の前に置かれた茶の香りに微笑み、ひと口飲み下す。
「……ただの生みの親ですから。似るわけがない」カーラは鼻で笑いながらナイアの正面に座り、彼女の顔を見る。
「さぁ、それはどうかしら? 中身は意外と、あいつそのものかも」と、胸元から小瓶を一本取り出し、リーアムへ向かって投げる。それは強力なヒールウォーターであった。彼女は万一の為に携帯していた。
彼はそれを受け取ると、トニーの包帯に染み込ませ、ゆっくり飲ませる。
「悪いな。ここら辺では手に入らなくて苦労する」
「行ってくれれば、ワンケース贈るのに。情報だけじゃなくてね。拳での教育は早いけど、頭が持たなかったら馬鹿に育っちゃうよ」と、トニーとカーラを交互に見る。
「あたしは馬鹿じゃない、たぶん」カーラは自分の頭を指さして肩を上げ下げする。
「……彼女にもそんな教育をしたの? 嘘でしょ?」ナイアは噴き出しながらもドン引きする様な声で首を振る。
「こいつは拳じゃなくて蹴りで教育した。ジャレッドに似ているかどうかはよく知っているよ」
「はぁ? あたしが誰に似ているってぇ?!」カーラは癪に障った様に立ち上がり、彼を睨み付ける。
「お、その感じ似ているよ。2、3日一緒に過ごしたらもっと見られるかも」ナイアは手を叩きながら高笑いをした。それが面白くないのか、カーラは仕事場から外へ出てしまった。
「冷静だけど怒りっぽいトコロはそっくりね。好戦的だったりする? あいつはエリックにハーヴェイと3バカ揃って仲が良かったわね。あんたは隣で彼を見ていたでしょう?」彼女の後姿を見て懐かしみながら問うた。
「カーラは……色々と受け継いでいるよ。だが、あそこまで凶暴ではない……多分」リーアムは彼女の今迄の成長を思い出し、ジャレッドと重ね合わせる。
ジャレッドとは元々は北大陸の小さな国(現バルバロン)出身の流浪の戦士であった。彼は世界中を旅してはあらゆる争いに介入し、両陣営を1人で潰すのを生きがいにしていた。己の強さにだけ誇りを持っていた。そんな彼の強さに憧れて共に旅をするのを望んだのがリーアムであった。彼の下で腕を磨き、最強を求めて旅を続ける。
ある日、それはエリック・ヴァンガードとの出会いを果たした。彼はジャレッド程の実力は無かったが、何故か毎度勝負を挑んでは負けずとも勝てず、叩き伏せる事が出来なかった。それどころか実力に差が現れ、ついにエリックは覇王に認められる程の男に成るのであった。
その頃には好敵手以上の親友となり、幾度も共闘して絆を深めた。そこでナイアや他の者らと出会いながらついには全盛期の世界の影を潰す事に成功する。全ては良い方向へと向かっていたが、ある日を境に世界が大きく変わる。
魔王が現れ、ランペリア国を滅亡させ、エリックを殺害したのであった。その日から魔王は北大陸の支配者となり、徐々に勢力を広めていった。ジャレッドは魔王軍へ潜入し、その実力と名声を買われて初代黒勇隊総隊長に就任した。その日から彼は己の獣性を隠して総隊長然と振る舞い、影で魔王の真の目的を探り、情報や武器、技術などを外部へ横流しした。
ある日、突如として今迄、我慢していた凶暴性を解放する様に決起した。それを俗に『勇者の時代の最期』と呼ばれた。結果、ナイトメアソルジャーに一網打尽にされ、ジャレッドは戦死したのであった。その時、片腕たるリーアムに娘のカーラを、そして仲間らの子らを預けたのであった。
「あいつに似ている? 冗談じゃない……あたしは父さんの、リーアムの娘なんだ……」カーラは森の中の切株に腰を降ろし、頭を押さえながら目を瞑る。彼女は両親の記憶に良い思いではなく、殆どの子供時代を孤児院にも似た場所で過ごした。そこにはトニーや他の子らと育ったが、急にその場が戦火に包まれ、リーアムと共に北大陸を横断する様に旅を続けた。ジャレッドや母には殆ど会っておらず、リーアムから言い聞かされてもイメージが湧かなかった。
「森の中で悩むのが好きなの? ますます似ている」いつの間にか背後にナイアが立っており、カーラは驚いて飛び上がる。
「何の用よ! 父さんに用事なんでしょ? あたしに用はないはず!!」
「仕事の話だから、あんたにも用があるんだけど……まぁ今は昔話をしたい気分でね」
「冗談じゃない! あんたからは、なんか……不埒な気配が漂っていて好かない!!」カーラは彼女を指さして鼻息を荒げる。ナイアは胸元を強調したスーツを着ており、彼女の醸し出す雰囲気がカーラは気に入らなかった。
「そのセリフ、ジャレッドから言われた事があるわ、懐かしい」
「揶揄うな!」カーラはイラつき、つい蹴りかかる。ナイアは涼し気にそれを避け、背後に立つ。
「直ぐ怒って殴りかかるのも。認めなさい、貴女はジャレッドの娘よ」
「このっ……くっ……このイラつき、腹の底から沸き上がる暴力性……そのジャレッドの血だというの?」
「アビー(母親)の血で無い事は確かね。彼女から受け継いだのはその美貌ね。逆よりはマシでしょ?」ナイアは彼女の母親の事も知っている様に口にした。
「あんた、何処まで知っているのよ、あたしの事……」
「私の仕事は知る事だからねェ。あんたが生まれた時の事も知っている。一番仰天したのは、この私だけど。あんな美人、どこで知り合ったのか……」
「あ、そこまでは知らないんだ」
ナイアは今回、スワートらの為にここまでやって来たのであった。目的は今後の彼らの逃亡先や逃亡方法、更には彼の姉であるローリーの居場所なども探る予定であった。
世間話は程ほどに、彼女は早速リーアムとカーラを交えて話し合いを始める。ナイアの策では数日後にチョスコに停泊するカジノ船に貨物に混ぜて乗せ、そのまま西大陸のパレリアへ向かわせるというモノであった。その際、ナイアも共に乗船し、彼らを無事送り届けると約束し、更に渡った先の保護者も約束した。
その者の名は黒勇隊のローズであった。彼女はナイアの息のかかった味方であり、魔王軍内でも信頼はされていたのでいくらでも誤魔化しが効いた。
「そのローズってのは信用できるのか?」リーアムは顎を摩りながら問う。
「グレイスタンに左遷されていたんだけど、その間に色々とね。迷い多き乙女って感じよ」
「迷い多きじゃ困るんだけど、大丈夫なんでしょうね?」カーラは訝し気に問う。
「大丈夫。仕事に関しては信頼できるわ。私ぐらいにね」
「ふ~ん……」カーラは未だに彼女の事をイマイチ信用できず、更に表情を渋くしながら唸った。
「で、噂の坊やはどこ? 色々と聞き出したいんだけど?」
「何を聞き出す気? 魔王の事? あたしも聞いたけど、そこまで重要な事は知らないわよ?」カーラが口にすると、ナイアは意味ありげに笑って指を振った。
「ちっちっちっ、私の知っている情報と坊やから聞き出す情報を駆け合わせればあら不思議ってね。見えない物が見えたり、知りえないモノが見えたりするのよ。それが情報よ」
「なんかあんたに言われるとムカつくわね。彼に妙な真似はしないでよ」
「妙な真似って?」ナイアが首を傾げると、カーラは彼女の胸元を指さした。
「ソレ、よ」
するとリーアムが呆れた様にため息を吐きながら口にする。
「今更言っても無駄だぞ。ナイアは昔からそういう事をして痛い目を見せたり遭ったりしてきたからな」
「とにかく、ふしだらな真似は止めてよね!」カーラが釘を刺す様に言うと、ナイアが驚いた様な表情を見せた。
「それは何だかウチの娘にそっくり!」
「あんた、娘がいるの?! 信じられない!!」
如何でしたか?
次回もお楽しみに