78.カーラの物語 Year Two トニーの怒り
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
チョスコ反乱軍逃亡戦が終わってから1週間経ち、港の復興が終了する。チョスコの為に戦っていたと信じていた者らの殆どが戦死したが、それを悲しむ者は一握り程しかいなかった。多数のチョスコ国民は彼らの死を『いい厄介払い』だと思っており喜ぶものすらいた。
そんな彼らを見てカーラ達は歯噛みし、拳を固く握り込んだ。
が、悪い知らせばかりでもなかった。ビリアルドの妹であるスカーレットが生きているという報が入ったのである。それは彼女からの文や仲間からの知らせでもなく、魔王軍の指名手配書が出回ったことで知らされたのである。これを見てカーラは静かに喜びの涙を流した。
もうひとつの良き報告が届く。ビリアルドらが命がけで送り出した彼らの家族らが無事に西や東の地へ無事に逃れたという文が届いたのである。これにより、カーラ達やビリアルドらの戦いは無駄で終わらなかった証となり、彼女らは胸を撫で下ろした。
そんな中、トニーはとある人物の事を殺気混じりに調べ上げていた。その者の名はパトリックであった。彼はあと少しの所で成功した反乱軍の逃亡を阻止するだけではなく皆殺しにし、リーダーのイングロスとビリアルドをその手で木っ端みじんに吹き飛ばした張本人であった。
トニーはカーラの反対を聞かずに独断でパトリックの周辺情報を嗅ぎまわっていた。彼女が問うと「一発ぶん殴らなきゃ気が済まない」とだけ言い、1人でダダックやそれより東の国へと向かっていった。この時の彼はスワートの目から見て鬼気迫る雰囲気を常に出しており、近づき難いオーラを出していたと言った。
トニーが姿を消してから3日後。カーラはスワートの国外逃亡の準備を本格的に始めていた。リーアムと連日連夜に渡って計画について話し合った。その間、スワートらは小さな言い合い、喧嘩をしながらもこの準備を進めていた。それよりも滞在中の暇な時間の潰し方について揉めていた。
スワートとトレイは隠れ家で大人しくしようと主張したが、ロングとスーは外出したがり、毎日毎夜遊びに繰り出しては2人に迷惑をかけていた。これについてカーラには何度も注意されたが、2人は聞く耳を持たず子供ながらに酒場にまで顔を出す様になっていた。これにはスワート達も頭を抱え、いつ魔王軍の追手が自分らの尻尾を掴むかとびくびくしていた。
そんなある日、カーラは仕事場で頭を抱えていた。チョスコ反乱軍の戦い以降、港の検問が厳しくなり、運送会社が魔王軍の手入れに遭ったのであった。その際、いつも世話になる船長と港の管理人が逮捕され、更に運送会社も魔王軍専属の会社に変えられた。故にスワート達を安全に国外へ逃がす手段を必死に探していた。
「ダダックもロールンもトラウドもダメ……この際、貨物船以外の方法で……でも、そうなるとコネが無いな」と、頭を掻きながらペンを走らせる。この1年で彼女の得たコネは数々あったが、逃亡手段たる海路に至っては運送会社が3社ほどであったが全て魔王軍の手入れを受けて吸収された。
すると仕事場の扉が勢いよく開き、トニーが数日ぶりに現れる。彼は全身傷だらけになっており、腕を押さえながら彼女の前にドカリと座った。
「久しぶりに顔を出したと思ったらなんてザマなの」彼には目も向けないままに口にする。
「カーラ、手を貸してくれ」彼も彼女に顔を向けないまま棚の酒を取り、歯で蓋を開けてそのまま中身を飲み下す。
「あんたの話は聞いているわ」トニーはパトリックの部下を闇討ちしては血達磨にして情報を聞き出し、すっかりこの地域のお尋ね者になっていた。昨夜は闇討ちに失敗し魔王軍兵に囲まれて間一髪で逃れて来たところであった。
「あいつの隙を見つけたんだ。毎週必ず、チョスコ首都のレストランに現れる。そこを、毒を盛るなりすれば……」
「そんな事で六魔道団のひとりを殺せるとは思えないわね。あいつらは賢者と互角以上の実力者よ? そんなんじゃ食中毒にすらできないわ」
「じゃあどうするんだよ!! 俺は我慢できないんだよ!! 考えれば考える程……昔からの我慢が募り募って……」
「あたしが一発蹴り飛ばせば、目ぇ覚める?」彼女は相変わらず彼には目を合わさずに問う。
「そんなもんじゃ収まりも発散もできない! なんだ、俺とヤるのか? 以前の様に一方的に蹴られたりはしないぞ?!」トニーは腕を唸らせ、殺気を放ちながら立ち上がる。
「……今はあんたの自慰に付き合っている暇はありません、と」そこでやっと彼と目を合わせる。
「じゃあ、俺が付き合ってやる」
するとトニーの背後から太陽の様な熱気を放つ者が急に現れる。その者はリーアムであった。彼は大きな手で彼の頭をむんずと掴み、窓に向かって放り投げる。彼は小石の様に窓ガラスを突き破り、ゴロゴロと地面を転がって大の字に仰向けになった。
「殺さないでよ、父さん」
「いつぞや、お前が俺に牙を剥いた時と同じだ」と、袖を捲って窓から外へとゆっくり出る。
「……殺さないでよ、父さん」カーラは自分がリーアムの説教を受けた時の事を思い出した。それは4年前の事、キャラバンを無断で飛び出して半年ほど魔王軍の土地でゲリラ活動を行っていた時期があった。リーアムは命がけで彼女を探し出し、今の様に『説教』をして無理やりキャラバンへ戻したのであった。その際、彼女は永久歯を2本も折り、全身打撲と完全骨折、脳震盪を負った。
「くっ、例え父さんでも……容赦は、」トニーが起き上り口血を吐いた瞬間、顔面に彼の大拳がめり込んでいた。吹き飛ぶ事も許されず頭を掴まれ、そのまま2発3発と拳を見舞った。トニーは何もできずに血達磨にされ、だらしなく地面に転がり痙攣した。
「容赦が何だって? 俺がお前のフラストレーションの相手をしてやろう。どうした? お前の復讐心とやらはこの程度か?」手首を振るい、首骨をゴリゴリと鳴らす。彼の目に殺意は無かったが、背からは鬼の様な殺気が立ち上り、小動物や昆虫までもがその場には近寄ろうとしなかった。
「う、うるせぇ……本当の親父でもないくせに!!」トニーは力強く起き上り、拳を構えて一気に距離を詰める。が、カウンターでリーアムの巨拳が顔面に突き刺さり、背後の木に叩き付けられる。鼻は曲り、血が滝の様に噴き出る。
「本当の息子じゃないなら、ここで殺しても構わんな?」拳に突き刺さった歯を抜き取りながら悠々と近づく。トニーの頭蓋骨はガタガタになり、片耳が聞こえなくなっていた。
それでもトニーは起き上り、拳を構えて力強くリーアムを睨み付ける。
「お、俺は……許せなんだよ……魔王軍もパトリックも……大人しく我慢して、逃げて逃がして……それしか出来ないのが、もう我慢できないんだよ!! 俺は戦いたいんだ!!」今までにない程に力強く間合いを詰め、拳を振るう。リーアムは敢えてそれを受け、顔面で彼の拳を受け止める。
「そんなパンチじゃ、誰に誰にも届かんぞ? 酒場のチンピラ程度にしか通用しない!!」と、巨拳を腹部にめり込ませ、大地へ叩き伏せる。トニーは先程飲んだ酒を吐き出し、血反吐に塗れる。脚も膝も動かず、もう立ち上がる事は出来なかったが、それでもトニーはリーアムの下半身にしがみ付いてまで起き上ろうとする。
「うるせぇ……だったら教えてくれよ……俺に、も……」トニーは下半身が動かないままリーアムの胸倉にしがみ付き、涙ながらに訴える。
「今はそんな暇ではないだろうが、まぁ考えておいてやる。ん?」と、離している間にトニーはしがみ付いたまま気絶していた。そこへカーラが歩み寄り、頭を抱えてため息を吐いた。
「半年か1年は潜伏させなきゃね。結構騒ぎになっているし、手配書も出ているわ。2000ゼルと少額だけど」
「……まったく、お前もこいつも手がかかるな……」
「相変わらず殴る事でしか教育できないの? ジャレッドの片腕だっただけに呆れるわ」
突如、木の影から何者かが現れる。その者は胸を強調させたスーツを着た女性であった。
「何というタイミングで来るんだ、お前って奴は……」血塗れになった手のまま頭を押さえ、溜息を吐く。
「貴女は?」
「ハァイ、カーラ。会うのは2度目だけど覚えてない? ナイアよ」彼女は懐かしむ様に真っ赤な口で微笑んだ。「で、この血達磨の坊やはどうする気?」
「おっと、やり過ぎたな、スマン」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




