76.カーラの物語 Year Two 逃亡戦開始!
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
スワートは涙ながらに2人の前で勢いよく土下座する。2人はため息交じりに頭を掻きながら残りの3人を睨んだ。この事態になったのはこの3人のせいであったが、トレイを始め3人は頭を下げなかった。それを見てカーラは腸の奥を燃やしながらも冷静にスワートに頭を上げる様に言う。
「まず気安く土下座をしないで。あんたは自分で否定しようとも魔王の息子。責任は取っても、安く謝ってはいけないわ。あと泣かない! 男でしょう?」と、彼の背中を叩く。
「その、えっと……ごめんなさい……」スワートは鼻を啜りながら涙を拭く。
「だから謝るなって……てか、お前らは何かいう事は無いのか?」トニーは焦れて3人に詰め寄る。
「謝る? 今、スワートが謝ったじゃん」ロングは手の中で火球を転がす。
「なに? 4人揃って反省しろって? あんたはあたしらの親のつもり?」スーも目つきを鋭くさせ、魔力を高めて威嚇する。
「悪かったっすね。暇だったんすよ。で、あんたらの手助けになると思って一石二鳥だと思ったんす。裏目に出たんなら、謝るっすよ」ため息交じりにトレイは平謝りする。
「ったく、ガキ共が……」トニーは額に何本も血管を浮き上がらせ、指を鳴らす。が、眼前の3人はクラス4の使い手である為、下手に手を出せなかった。「こいつらぁ……」
「トニー、思い出すねぇ……あたしらもガキの頃はよく無茶をして父さんに殴られたよね」
「……確かに……じゃあ、どうするよ?」
「こいつの言う通り、あたしらはこいつらの親じゃない。ボンクラがボンクラのまま育っても何も問題ないわ。あたしらの問題は、このトラブルをどう利用するか」と、カーラは余裕のある笑みを残して隠れ家から出る。トニーも続こうとするが、彼女は彼の額を小突いた。
「あんたは、こいつらの御守りをしてなさい」
「はぁ?!?」トニーは目を向いて仰天し、ゆっくりと4人の方を見た。スワートを抜いた3人は敵視の眼差しを向ける。
「なに? 用が無いなら、俺達はどっか行くけど?」ロングは負けじと手の中の火球を大きくし、火花を鳴らす。
「何で、俺ひとりでこいつらの……? おぉ、そうだ! お前ら魔法は得意だろうけど、近接戦闘はどうだ? 喧嘩のやり方を教えてやろうか?」気を取り直し、4人の顔色を観察しながら問う。4人は先日の闘技場の戦いと、トニーの雄姿を思い出し興味の眼差しに変える。
「まぁ、それもいいか」ロングは火球を消しながら一歩近づく。
「いい暇つぶしになるかも」スーも威嚇を解いて表情を緩める。トレイはスワートに向かって頷き、腕を組んだ。
「よろしくお願いします!」スワートは涙を拭いて深々とお辞儀をした。
「よし! 外へ出ろ!!」
カーラはチョスコ港へ向かい、事件現場を遠巻きに観察する。そこはひとしきりの見聞を終えた後で、既に何事も無かったように運搬を再開させていた。
「遅かったか。さて、この事態をどう利用しようか」と、風魔法を操り、目を瞑って港中の声を集める。余分な声を廃し、魔王軍や船乗りらの話を盗み、自分の頭の中で整理する。
船の沈没事件の犯人は反乱軍である疑いはあるものの、あまりに手際の良い犯行である為、助っ人か別の者の仕業であると考えられていた。魔王軍は犯人探しよりも反乱軍の仕業としてチョスコ国へ圧力をかける口実にしようと企んでいた。
「ん~何も思いつかないな……あの4人は注目されてないかな?」と、今度はスワート達の目撃情報を探る。幸い、4人については噂話にすらなっていなかった。「考えすぎか……」
すると、何者かが彼女の肩を叩き、カーラは飛び上がりそうな程に驚いた。
「よ、久しぶりだなカーラ」その者はニックであった。
「ニック? あんた、指名手配されているわよ? 連れの方が高額だけど」
「その連れが最高の助っ人なんだよ! さっきは酒場で騒ぎにしたばっかなんだがな……」
「そうみたいね。どんな人たち? 一日でサバティッシュ国を救ったって噂だけど。氷帝ウルスラを相手にどうやって?」カーラは首を傾げながら問う。噂話は尾ひれ背びれが付くのが常であった。が、氷漬けの国が救われた事実は変わらなかった。この事実が一番信じられなかった為、本人に直接問いただしたいと思っていた。
ニックはまるで自分の事の様にヴレイズとフレインの事を話し始める。その話は尾ひれ背びれ以上に派手な夢物語の様な内容であった。戦闘狂の賢者の娘とクラス4の救世主。
「酔っているの?」
「まだ呑んでいない筈だが……どうだろ? だが、この話はマジだぜ。ワンチャン、この国を救えるかも」
「ノーマンは倒せても、パトリックはどうだろう? そう簡単に事が運ぶとは思わないのね。ビリアルドに会ったら、今回の作戦について聞く事になるだろうから、そっちで話して。私たちは別で動く事になるから。あと、酒は控えなさいね」
「わかっているよ。俺はそこまでボンクラじゃないぜ?」と、2人は笑みながら別れた。カーラは大きな炎の気配を感じ取り、感心する様に口笛を吹いた。
「あいつ、何処であんな2人と知り合ったのかしら……?」
夜になり、カーラが隠れ家に戻る。トニーは4人に魔力に頼らない素手での戦い方を丁寧に教えており、すっかり心の距離を詰めていた。トレイは冷めた様に相手をしていたが、他の3人はまるで先生を相手にするように接し、拳を固めて素振りをしていた。
「拳は柔らかく握り、顔面を狙う際は掌底で鼻先を狙え。堅く握り過ぎると逆に指を折るぜ? いいか? 拳の握り方に注意しろよ」と、トニーは自慢げに空を裂くように素振りをする。その拳は目にも止まらず、3人は拍手をした。
「父さんの受け売りよね。あたしも拳での戦い方は一通り教わったけど、蹴りの方が性に合うわ」カーラは微笑ましそうに口にしながら近づく。
「お前は父さんから俺以上に教わったよな。呼吸の仕方から目上との戦い方まで」
「あんたは父さんの言う事を聞かないからね。だからあたしに勝てないのよ」
するとスワートが近づき、カーラの目を見る。
「カーラさんはキックが得意なんですよね! 教えてください!」
「あたしのは教える様な技じゃないわ。重要なのは相手との相性や立ち回り、分析能力……そして!」と、トニーの頬を掠めない程度に蹴りを放つ。
「ひっ! 心臓に悪いだろ、やめろよ!」
「隙の突く眼力、かな? あんたは魔王の息子なんだから、もっと生意気でいいのよ? トニーやあたしからそう言う所を教わりなさい。重要なのは力の強さじゃないわ。最後に相手の弱点を抉れた方が勝ちよ。その為に学びなさい」
「は、はい! で、それはどうすれば?」スワートが首を傾げると、カーラがにんまりと笑った。
「まず、喋り方を変えるのね」
次の日、反乱軍は急展開を迎える。なんと魔王軍に捕縛されたビリアルドの妹スカーレットが何者かに救出され、さらに魔王軍の拠点ひとつが消し飛ばされたのであった。これにより魔王軍に混乱が巻き起こっていた。もちろんこれは昨日入国したフレインとヴレイズの仕業であった。
「仕事が早いねぇ……」カーラは紅茶片手に新聞を読み、トニーの後頭部を引っ叩く。
「なんだよ?」
「予定より早いけど、動くよ」と、まずスワート達に『今日こそ下手に動くな』と釘を刺し、反乱軍が潜伏する野営地へと向かう。そこではニックとビリアルドがおり、反乱軍司令官のイングロスに説得している最中であった。2人はこれを機に国外へ退却しようと訴え、総攻撃を踏み止まる様に進言していた。カーラとトニーは遠巻きにそれを眺めて待つ。
しばらくしてビリアルドとニックは2人に近づき、大きくため息を吐いた。
「やっと決断してくれたのだよ。作戦を始めよう」ビリアルドは涙を拭きながら頷く。
「わかった。そっちは助っ人に任せていいのね?」
「それが……大丈夫だと思うが、フレインとスカーレットがアヴェン砦に突撃しやがった……」
「それはそっちでなんとかして。あたし達は言われた通り、家族たちをダダック港から逃がすわ。じゃあ、幸運を」と、カーラは手早く話し合いを終えて踵を返す。
「ビリアルド。家族ともども、無事でな……無茶して死ぬなよ?」トニーは彼と固く握手をする。
「あぁ……だが無茶はするのだよ! 相手はあのノーマンだ」ビリアルドは苦そうな表情を見せ、覚悟する様に息を吐いた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




