73.カーラの物語 Year Two カーラの教育
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
トニーは口内の傷に薬を塗りながら酒場の主人に別れの挨拶をし、店を出る。
「次は決着付けろよ? あいつらは最近よく顔を出すからな。チャンスはあるぞ」と、よく冷えた酒瓶を手渡す。彼は苦笑しながら受け取り、指一本で詮を抜き、口内の傷に当たらない様に直接喉へ流し込む。
「っかぁ~!! 当たり前だ。次は一発で仕留めてやるよ」と、トニーは瓶を返して店を出た。「さて、カーラはどこかな? 明日の仕事の打ち合わせを軽くやって……やってぇ……」と、近場の広場へ首を向けて目を見開いた。そこでは水龍の頭が三つほど伸び、カーラへ向かって巨水流を放っていた。
「何やってんだ、あいつらぁぁぁ!!!」
トニーは駆け出し、間合いの外側で立ち止まって声を上げる。
「おいカーラ!! こんな夜更けに何やってるんだよ!!」
「見てわからない? 教育よ、教育」
「教育って!? こんな派手な戦いとは聞いてないぞ!!」と、トレイを指さす。彼は頭に血が上り切り、誰の声も聞こえずひたすらに水魔法を操って水流砲を放っていた。その攻撃は一発でトニーはおろか魔王軍兵士でさえ一撃で倒せそうな威力を誇っていた。トニーはそれを見て自分では勝てないと悟り、血の気が引いていた。
「カーラ……死ぬなよ?」
「あら? あたしが死ぬって? 随分と見縊られたモノね。何年の付き合いよ。あんたにもこのぐらい出来るでしょ?」と、カーラはまるで遊具や山中の大木で遊ぶように飛び回り、ハイドロブラストを避ける。
「こいつ、こいつ! こいつ!!」トレイは更に目を血走らせ、歯をむき出して更に周囲に水流の壁を作り出して彼女の逃げ場を制限する。「その壁に当たったら怪我じゃ済まないぞ!!」彼の作り出した水流壁は屈強な修行者を押し潰す滝の様な圧力で噴き上がっており、一触れすればその部位が千切れ飛ぶ威力をしていた。
「お~お~、余裕がないねぇ~ そんなんじゃ、いざって時に自分の身も守れないぞ?」と、水流壁スレスレに立ち、不敵に笑って挑発する。
「くたばれ!!」トレイは水龍首を5本操って襲わせる。前後左右上下から順不同に躱す呼吸すら与えずに突撃し、トドメに水圧爆破を放つ。その衝撃で水壁が弾け飛び、周囲に鋭い雨が降り注いだ。
が、トレイは手応えを感じないどころか背後から殺気を感じ取り、表情を青く染めていた。
「どう? 命を握られた気分は」
カーラは彼の耳元で息がかかる様に囁いた。
「……魔法は使わないって言ったっすよね?」トレイは頬を引き攣らせながら口にする。
「流石に一瞬だけ使わせて貰ったわ」彼女はコンマ数秒だけ魔力循環を発動し、一瞬で水龍首の合間を抜けたのであった。「で、どうする? 降参する? しないなら、一本だけ骨を折るけどいい?」
「こっちのセリフだよ!!」トレイは振り向くと両手で水魔法を集中させる。その魔力はカーラの肉体の水分を掴み取り、押さえつける。
「んお?」カーラは自分の身体が水魔法に捕えられたことを感じ取り、驚いた様な表情をする。
「降参するなら、これで終わりだが……やっぱ一発喰らっておく?」と、特大の水龍首を作り出し大咢を開く。
すると、そこへ観戦者だった1人の少年が彼らに割って入った。
「もうやめよう!! 僕らを助けてくれる人だし、もう信用できるって証明したろ?!」
「どけ、スワート!! こいつは信用できないっす!」
「そんな事はないよ! だって、この人は……こんなにも僕たちに本気で接してくれているじゃないか!」と、スワートはトレイに必死で訴える。
「少年、折角だけど……どきな。教育はまだ終わってないよ」カーラはまだ余裕の笑みを浮かべていた。
「なんすか? 指先一つ動かせない癖に……」
するとカーラは動かせない筈の両腕を組んで仁王立ちする。
「その水流砲、ぶっ放してみな。受け止めてあげるよ」
「は? バカなんっすか? 死にたいんっすか?」トレイはそう言いながら両腕の魔力を強め、いつでも巨水流砲を放てるようにする。
「あんたこそ。この一撃であたしが立っていたら怖いんじゃない?」
「舐めんな!!」
トレイは強引に水魔法でスワートを退かし、容赦なく水龍首の大咢を開き、巨水流砲を放った。その一撃はダムの決壊並の威力があり、普通ならひとたまりも無かった。広場の地面は大きく抉れ、轟音で村民らが目を覚まして半数が家から出てくる。煙の様に水蒸気が立ち上り、少しずつ晴れて行く。
「こ、殺した……の?」スワートは涙ながらに後ずさりする。
「こ、こいつ、本当に避けなかった……」トレイは表情を引き攣らせながら後悔する様に後退りする。
「……っ」トニーはその場から動かず、黙って彼女を見守った。
水蒸気が晴れると、そこには腕組みをしたままカーラが仁王立ちをしていた。服の所々は破け、目や鼻から流血していたが未だに笑みを蓄えていた。
「さて、効かなかったわけだが……あんたは覚悟が出来ているの?」と、彼女は一歩一歩トレイに近づく。
「……え?」
「今からあんたの脇腹に一発、強力な蹴りを入れる。骨は3本か4本は折れるかもね。折れた骨は内臓に突き刺さり、内出血を起こす。すごく痛いし苦しいし、息も出来なくなる。そんな覚悟はある?」と、カーラは腰を落として蹴りの体勢になる。目には殺気を蓄え、笑みを消し、ただトレイの怯えた顔を睨んだ。
「ひ……ぃ……」ここで彼は澄ました表情が壊れ、年相応の怯えた表情を作った。
「ちょっと、いいですか。僕は……スワートといいます。魔王の息子です」と、少年はフードを取りながら白状する様に挨拶をした。
「やっぱりね。あんただけ帯びた魔力が違うから、まさかとは思ったけど」彼女は察していたのか驚かずに小首を傾げる。
「その……彼は僕の為にこんな事をやったわけで……その……責任は取ります。僕に蹴りを入れて下さい。腹でもお尻でも」と、彼は深々と頭を下げる。
「スワート、お前……」トレイは涙目で彼を見る。
カーラはトレイとスワートを交互に見て、今度は優し気な笑みを零して殺気を収める。
「大した魔王の息子さんね。流石……あんたの顔に免じて、今夜の教育はここまでにしてあげる。今日は隠れ家に帰りなさい」
「また明日、出直します。では」と、彼は腰を抜かしたトレイに肩を貸しながらその場を離れた。そこでやっと見物していた他の2人が近寄り、慰めや励ましの言葉をかけた。
彼らが村から出たのを風で確認すると、そこでやっとカーラは片膝をついて重たい溜息を吐いた。「きっつぅ……痛ぇ」と、右肩を押さえる。そこへトニーが駆け寄り、彼女に肩を貸した。
「大丈夫かよ? 一瞬で今夜の俺よりボロボロになりやがって……」
「少し無茶した……今の自分の魔力循環を試したんだけど、まだまだみたい。ほら」と、シャツをたくし上げる。皮膚の上からでもわかる程に肋骨はグシャグシャになり、身体全身皹だらけになっていた。
「なんでここまで、あいつらの為に?」
「あの魔王の息子を釣り出すためよ。こんな戦いになってビビッて出て来なければ器無しと判断して今回の仕事は受けないつもりだった。でも、大した奴だね。想像よりもなんか、弱々しい感じだったけど。まぁまぁ立派だよ」
「だな。自分からお前の蹴りを受けるって言った時は、俺でも感心したよ。さて、今夜は俺たちも帰るか」
「その前に……医者に連れて行ってくれる? その、もう限界……」と、カーラは軽く吐血し、彼に担がれながら崩れ落ちた。
「あ~あ……明日は休みだなコリャ」トニーは深くため息を吐きながら彼女を担ぎ、村の魔法医の所まで連れて行った。夜中だったが、彼女らの味方だった為、渋々傷を診て、短時間で追い出した。
如何でしたか?
次回もお楽しみに