69.カーラの物語 Year Two 小さな依頼人
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
夜明けになる頃、ダダック港の混乱は収まりつつあった。反乱軍は鎮圧され、倉庫の火は消し止められる。カーラ達の狙い通り、貴重な物資や兵器は消し炭と成り果て、グーム率いる魔王軍は1週間以上足止めを喰らう事になった。
「あの連中……怒れる襲撃者とか言っていたが、そうは見えなかった……ダダック反乱軍とは無関係の様子だ」グームは港での騒ぎを収める為、治療はそこそこに現場の指揮を執っていた。
朝になるとノーマンがイラついた表情で現れる。夜明けに部下に起こされ、朝飯も食べずに呼び出されたのであった。彼の顔面は未だに完治しておらず、プロテクターで覆われていた。
「グーム隊長が付いていながら、これはどういう事だ?」イラつきを隠さずに問うノーマン。
「急な襲撃に対応できず、申し訳ありません」
「そんなんだから総隊長になれないんだ、お前は。腰抜けのダダックの連中がここまで出来たとは思えんが……? 主犯は何者だった? 初老の男ではなかったか?」自分の顔面を砕いた男の顔を思い出し、治りかけの鼻が疼く。
「いや、年頃の女だった。年齢にして20代前半か。顔に特徴は無いが……あの表情と気迫、殺気……あの男にそっくりだった」
「あの男?」
「ジャレッドだ。初代黒勇隊総隊長であり、勇者の時代の幕を引いた男」
「ふむ、その女にコテンパンにされたのか?」
「面目ない……恐らく、先の戦いで野営地を襲撃し、捕虜を逃がした者かと」
「あの女か……と言う事は、バックにあの男もいるな」ノーマンは何かを企む様に唸る。
「直ちに反乱軍の背後で手ぐすねを引いた者を探ります」
「いや、背後の者は俺が探る。お前はここの後始末と始末書でも買いておけ」と、ノーマンは彼を一睨みして港を後にした。
彼が去った後、グームは昼まで休まず現場指揮を執り続け、夕刻にやっとまともな治療を受けた。そこへ副隊長のリロイがやってくる。
「連中の足取りは掴めたか?」グームは砕けた右手の治療を受けながら問うた。
「チョスコ方面へ向かいました。ジェットボートは魔王軍製です。どこで手に入れたのか調べていますが……」
「襲撃者は3~4人程度。撃墜されたガルムドラグーンの操縦者の話によると、クラス4の雷使いもいたそうだ。クラス4は中々いない筈だが、チョスコにそんな使い手はいたか?」
「ボディヴァ家の長男が確かクラス4の雷使いで賢者候補だったらしい。成る程、少しずつ見えてきた」リロイは何かに勘付いたのか腕を組んで唸る。
「引き続き調べろ。ボディヴァ家周りを調べれば、次回のチョスコ侵攻の時に使える」
「はっ!」リロイは敬礼し、その場を去った。
「しかし、あの女は一体……まさか、ジャレッドの?」グームは己の砕かれた拳を忌々しそうに睨み、カーラの殺気を背筋に思い出し、冷や汗を垂らした。
数日後、ビリアルドはいつものチョスコの酒場へ現れる。彼の表情には悔しさが滲んでおり、拳には稲妻が奔っていた。
「おう、男爵。どうだった?」ジェットボートの整備を終え、一仕事終えたニックが酒瓶片手に問う。
「やはり我が国は無条件降伏をするつもりだ。しかも港襲撃の話を耳にしただけで……」そこから彼は長々と己の国の弱腰具合を話した。彼が言うには、チョスコは少しでも良い条件で魔王軍と交渉がしたい為、港襲撃を全てダダック反乱軍に押し付け、ボディヴァ家はチョスコの政治から完全に外される事となった。これに憤り、ボディヴァ家はチョスコ城から出て独自に反乱軍を組織し始めるつもりだと語った。
「成る程……俺達がやった事は有難迷惑になったわけか……」
「これから忙しくなる。ここには顔を出せなくなるかもな。あの2人は?」
「あいつらは今……」ニックは酒瓶を一口飲み、ゲップを吐いた。
カーラとトニーはリーアムの家に呼ばれていた。2人は未だに重症が治っておらず、包帯を巻き、トニーはサングラスをかけていた。
「怪我の具合はどうだ?」リーアムは仕事の書類を片付けながら問う。
「用意してくれたヒールウォーターでまずまず。でも、やっぱり魔法医に診せないと治りは遅いかな?」カーラは痛みを堪えながら椅子に座り、未だに疼く腹を押さえる。
「視力は徐々に回復しているが、まだ万全じゃないな」トニーも隣に座る。
「で、2人に話がある。この国もじき、魔王軍に占領される。俺たちはそろそろ行き場がなくなるわけだ。で、2人はどうする?」リーアムは真面目な面持ちで問う。
「どうするって……旅団の皆にはなんて?」
「まず、お前たち2人に聞きたい。その後、ひとりひとりに聞いて回るつもりだ。生き方は強制しない。国外へ向かうも、残るも自由だ」
「私は戦うつもり。この国の為って訳じゃないよ? ただ、魔王軍の好きにさせるのが嫌なだけ」
「俺も残る」
「そうか。なら、俺は2人の味方をするだけだ。だが、これだけは言っておく。調子に乗って魔王軍を侮るな」リーアムは重々しく言うと、再び書類整理を進めた。
「……今迄通り、逃がし屋をやりつつ、望まれれば戦う、かな?」カーラは自信に満ちた微笑を浮かべ、立ち上がった。拳を握り込み、手の中に渦巻く確かな力を感じ取る。
「父さん。あたしの生みの親の事だけど、魔王軍に勘付かれたかも」
「戦い続ければ、いずれ気付かれるだろう。あまり目立つな。その生まれは強みにも弱味にもなる。いいな?」
「生まれ……か」トニーは疑問に思いながらも深くは問わず、家を出て酒場へと向かった。
「ジャレッド、だっけ……どんな人かは知らないけど、なんとなくわかる気がする。この血の騒ぐままに戦おうと思う」そう口にすると、彼女もトニーの後を追って酒場へ向かった。
「やはりあいつの子だな。いい顔だ」リーアムは懐かしそうに嬉しんだ。
その後、チョスコはあっという間に魔王軍に占領された。チョスコ王と大臣達の手腕でどうにか従属してチョスコの国名と旗を残す事に成功し、無血で事を運んだ。更に国内ではボディヴァ家を反乱者として指名手配し、あらゆる情報を魔王軍へと引き渡したのだった。その日を境にビリアルドは酒場に現れる事は無くなった。
その上、ニックのジェットボートも探され、彼はチョスコ港で仕事し辛くなってしまう。彼はカーラ達と別れる際に『いい戦力を連れてくる』とだけ言い残し、酒瓶を残して走り去った。
カーラとトニーは傷を癒し、チョスコ港を拠点に逃がし屋を再開させた。相変わらず国外逃亡を求める者らがおり、その中にはチョスコ国民もいた。2人はダダックにも顔を出し、数少なくなった反乱者と繋がり、ボディヴァ反乱軍の事を教えたり、国外への手助けを行った。
その間に黒勇隊はカーラやリーアムの身元を探ったが、2人は裏に手を回し、足跡も痕跡も消していた為、指名手配される事は無かった。そこはリーアムの手腕であり、彼と繋がるワルベルトやナイアのお陰でもあった。
そのまま時が過ぎるにつれ、ダダックはバルバロン色に染まり、チョスコも魔王の政治を受け入れつつあった。
チョスコの魔王政治が落ち着く頃。カーラとトニーは久々にチョスコ港の酒場に足を踏み入れた。2人は数ヵ月、腰を落ち着けて酒を飲まずに働き続けていた。久々の酒場は変わっていなかったが、働く者の顔は変わっており、出す酒も変わっていて寂しさを覚える。
「少しずつ変わっていく……こうやって、国は塗り潰されバルバロンになっていく……」カーラは寂しそうに口にしながら卓につく。
「俺たちはやれる事だけをやる、だろ?」
そこへ酒場に子供が1人、現れる。その者青紫のパーカーを着て、フードで顔を目深に隠し、ポケットに手を突っ込みながらカーラの座る卓へ近づく。
「オタクらが逃がし屋っすか?」
「ここは子供の来る所じゃないよ」
「だったら外で待っているんで、早く飲み終わって下さいよ」子供は周りの空気に怖気ず、淡々と口にした。
「何だ坊主? ジュースを奢ってやるから話を聞かせてくれよ」トニーは子供が好きなのか、彼を隣に座らせた。
「俺っちはトレイっていいます。国外へ逃がして欲しい人がいるんっすけど……」
「「へぇ~誰を?」」2人は声を揃えて酒瓶を呷った。
「魔王の息子っす」この言葉を聞き、2人は鼻から酒を噴きそうになった。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




