67.カーラの物語 Year One トニーの試練
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
カーラとグームは互いの挨拶代わりに拳と膝を交え、周囲に嵐の様な突風を巻き起こしていた。彼女は余裕の笑みで二撃、三撃と追撃して彼の防御を崩し、上段回し蹴りで首を刈る。グームは受ける代わりに空中でワザとらしく吹き飛ばされて蹴りの威力を散らし、海面で急停止する。
「やるな」蹴られた首を押さえながら顔を上げると、既に彼女の膝が鼻先にあり、そのまま鼻柱を砕かれて海中へと沈む。その勢いは凄まじく、大きな水柱が立った。
「脚の調子はまぁまぁかな。ま、完璧に完治させるには多少の運動も必要だよね」数か月前に真っ二つにされた脛を摩りながら自慢げに呟く。もう忌々しい痛みは無く、蹴りの衝撃で甘く痺れていた。
彼女の脚の手応えによる予想では、相手は情けなく浮かんでくる予定だった。が、グームは鼻の傷を風魔法で瞬時に治療しながら浮かび上がりながら装備である防具を脱ぎ捨てる。
「貴様、中々に練りあがったインファイターの様子だな。いい蹴りだ、勢いが乗れば確かに軍艦も蹴り上げるだろう」と、鼻血を噴き出してあっという間に止血する。
「あんたから見てどう? この国にいるノーマンって雷使いと比べると」彼女は彼にこっ酷く敗北した事を屈辱に思っていた。
「あいつはクラス4の魔力を持て余す程に強大な魔力を持っているが、それを全て筋肉に注ぎ込んだ筋肉バカだ。まぁ、六魔道団のパトリックが右腕に選ぶ程だからな。お前では無理だろうが……それを聞いてどうしたい?」
「成る程、数ヵ月の勉強だけじゃ無理か……」
「そして、俺に勝つことも無理だ。本気になった俺が相手では、な」彼の心音が大きく鳴り、身体が一回り大きくなる。魔力循環が更に早くなり、手足の周りに風が纏わりつく。
「それ知ってる、確か『風神の型』だっけ? 教科書で読んだよ」
「読むだけでは話にならないぞ? たっぷり味わっていけ!!」グームは鬼面で襲い掛かり、一瞬で彼女の間合いに覆いかぶさる。
「そのつもり!!」彼女は怯まず、迎撃する様に蹴りを一閃させた。
「暴れているな……俺も!!」彼女の風を感じ取り、トニーは襲い掛かる兵卒をひとりひとり拳で打ち抜いていく。彼は失明してまだ完治しておらず、治療布を巻いているため、視界はゼロに等しかった。が、彼は音と風、気配を読み取って襲い来る魔王軍兵や黒勇隊士を一撃で倒していった。更に飛んで来る矢やエレメンタルガンの弾を紙一重で避けた。
「なんだこいつ? 妙に強いぞ!!」隊士らが狼狽すると、その背後に副隊長のリロイが立つ。
「良い足さばきだな。ただの喧嘩自慢でも反乱者でもなさそうだが? あいつの仲間か?」と、海上で戦うカーラを指さす。
「俺を負かす事が出来れば、答えてやるよ」指で挑発する様に合図をし、軽やかなフットワークを見せる。
「俺はリロイ。黒勇隊9番隊副隊長だ。盲目の喧嘩自慢に毛の生えた様な奴がどれほど戦えるか見せて見ろ」と、拳を軽く握り込み炎を纏わせる。
「盲目の俺に、視覚以外の情報を渡すのは悪手だぜ」トニーは余裕の笑みを見せ、軽やかで自信に満ち溢れたステップで間合いを詰める。同時にリロイが火炎拳で迎撃したが、トニーはそれを避け、カウンターを打ち込んだ。
「ぐぉあ!!」胸のプレートに命中し、深く金属が変形して食い込む。彼は忌々しそうにそれを外して投げ捨て、トニーを睨み付ける。
「今の手応え、お前、胸をプレートで守っているのか? 重くないか?」
「軽く頑丈な素材で出来ているんだがな……!」と、火炎弾を連射する。トニーはまるで見えている様な動きでそれを避けながら間合いを詰め、顎を狙って拳を振るう。リロイは流石にそれを避け、逃げる様に後退した。
「盲目とは思えない動きだな……」
「俺も色々と努力しているもんでね」トニーは昔、カーラと一緒にリーアムの指導の元、暗闇での戦闘術を身体に叩き込まれていた。目には頼らず聴覚と触覚、直感的な気配の読み取りだけで1週間以上過ごし、彼もカーラもある程度、目が見えなくても戦う事が出来た。更に彼は酒場での用心棒仕事で四方からの多人数戦闘を嫌と言うほど経験しており、気配の読み取りは彼に取って容易かった。つまり、彼にとって失明はハンデにならなかった。
「俺も、グームさんの下で色々と努力している」と、拳や脚に装備したプロテクターを外し、手首足首を回す。ついでに首骨を鳴らし、その場で軽く飛ぶ。
「やる気を出したか」
「悪く思うなよ? ここからは一方的にやらせて貰うぞ」と、指を鳴らす。すると、周囲に炎の壁が立ち上る。これによって誰も邪魔の入れないリングが出来上がる。このリング内は気温が上がり、まるで窯の中の様な熱さになる。更に炎の壁は煩わしい音を鳴らしていた。
「ヤバいな……」トニーは自分に分が悪くなったことに気が付き、表情を歪めた。
「さて、ここからは拷問だぞ。お前は誰だ?」と、脚に炎を纏わせる。これにより足音を殺し、彼の周りを幽霊のように揺れ動く。そして炎を纏った拳で彼を殴りつける。
「ぐぁ!!」避ける事も防ぐことも出来ず、頬にクリーンヒットする。拳が風を切る音、リロイの体温、気配も忌々しい温度で感じ取る事が出来なかった。
「黒勇隊にいると、隻腕、片足、盲目の戦士と戦うのは珍しくない。さぁ、質問に答えろよ。もっとひどい目に遭うぞ?」
「へへ、これだよ……」トニーは嬉しそうに笑う。
「なにがだ?」
「この逆境……乗り越えてこそだろ! おら、遠慮なくこいよ! ぶっ倒してやる!!」
「おめでたいヤツだ……」リロイはイラつきを我慢しながら何発も炎拳をめり込ませた。
その頃、ニックはやっと倉庫へ到着し、発火装置をセットして可燃性の液体をかけていた。これは酒や石油と違う化学薬品であり、ひとたび着火すると激しく燃え上がり。下手な爆薬よりも爆発力のある危険な液体であった。
「うわ、くっせぇ!! これでいいのか? で……2分でいいか?」と、発火装置のタイマーを点け、急いで倉庫から出る。海上では嵐が激突し、港の通りでは火柱が立ち上っていた。
「戦争か……? こんな夜になるなんてな……無事脱出できればいいが……」と、トニーが戦う通りへ顔を向ける。そこには彼はおらず、代りに火柱が激しく燃え盛っていた。「まさか、あそこにいるんじゃないよな?」ニックは引き攣った様に笑い、頭を抱えた。
トニーは成す統べなく幾度も殴られ、蹴られ、全身に打撲と火傷痕に塗れていた。服は焦げて火傷に痛々しく張り付き、肋骨は何本も折れて脇腹は歪み、煙が立ち上っていた。
「まだ続けるか? 一言も吐かないのはいい根性だが、このまま続けると死ぬぞ?」リロイは疲れた様に手首を振るう。
「もうちょっとで掴めるんだが……っぺ」焦げた血唾を吐き、腹に力を入れながら背筋を伸ばして立ち上がる。「もう一発来いよ。渾身のを頼む」
「気持ち悪い趣味しているな、お前……次の一撃でトドメだ。つぎ目覚めたら、今よりも面白くない拷問が待っているぞ」と、彼の背後にゆっくりと回り込み、拳の中の炎を大きくする。
「コレの欠点は……」と、口にした瞬間、リロイの拳が彼の後頭部に直撃する。が、その瞬間に身体を回し、一瞬で彼の腕を羽交い絞めにして躊躇なくへし折る。リロイは悲鳴を上げながら崩れ落ちるが、トニーはやっと捕まえた獲物を離さずに自慢げに笑む。
「いつでもできる程、俺は一流じゃないってトコロだな。もっと鍛えなきゃなぁ……っと」トニーは拳を一閃させ、呻き声の元に命中させる。顎に見事に命中し、リロイの意識は遥か彼方へと飛んでいき、周囲の忌々しい炎の壁が消え失せる。
「ふぅ……蒸し焼きになるトコロだった……くっ」トニーもここでやっと体力の限界が訪れ、片膝をついた。それを待っていたのか、周囲の兵隊たちが武器を向けながら近づき、手錠や縄を用意する。
すると、そこへ長い棒を持ったニックが現れ、彼らをなぎ倒していく。船の操縦だけでなく、彼は棒術も上手く、数人の兵隊相手なら圧倒できる程度には腕前が良かった。
「よう、待ったか?」ニックは片膝をついたトニーに肩を貸して立たせる。
「丁度いいところだ。船に連れて行ってくれ、頼む……」
「お前、昼は失明に電気責め。夜は蒸し焼きでフルボッコって……散々な日だな」
「いいや、最高の日だったぜ……一皮も二皮も向けた気分だ!!」
「お前みたいな奴を変態って言うんだぜ」ニックは呆れた様に口にし、ボートを止めてある場所へと足早に向かった。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




