66.カーラの物語 Year One 港襲撃作戦
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
カーラの無茶ぶりから1時間後。ニックのジェットボートで海岸沿いを高速で進み、ダダック港の近くに停まっていた。カーラとトニーはジェットボートに乗るのは初めてで、凄まじいスピードで進む船に狼狽していた。
「こんなに早いのか……どうりで仕事だけは早いわけだ」トニーは感心する様にボートの操縦席を眺める。
「魔王軍の技術だがな。俺に取られた運の尽きだな」ニックは自慢げに口にし、酒瓶に口をつけようとする。それを彼女が取り上げる。
「盗んだの?」と、代りにカーラがそれを飲み干し、口を拭う。
「こいつ……連中との賭けでね。鼻息の荒い奴で、イカサマを使うまでもなく、よ。一本ぐらい飲ませろよ! 景気づけにさ!」
「運転手が呑むんじゃない! あんたの仕事はかなり重要なんだからね!」と、カーラは彼の頭をコツンと叩き、後部座席で転がるビリアルドを見る。彼は未だに傷の痛みに喘ぎ、軽く船酔いを起こして青ざめていた。
「何か作戦でもあるのか?」トニーは見えずとも周囲の音を聞いて心配そうな表情を浮かべた。
ダダックの港はすでの魔王軍一色に染め上げられ、軍艦が何隻も停泊していた。貨物船も停まり、荷が倉庫へ運び込まれていた。更に飛空艇も停泊しており、魔王軍兵だけでなく黒勇隊の制服を着た者が数人、目を光らせていた。
「まず、あたしが好きなように暴れさせて貰うわ。勉強の成果を試したいしね。で、トニーとニックは裏から倉庫に向かって放火してやって。で、騒ぎが大きくなったらボートに戻って逃げて。様子を見てあたしも撤退するわ」
「おおよそ作戦とも言えない、ずさんな内容だな……」ニックは呆れた様にため息を吐き、酒瓶を手に取り、トニーに渡す。「お前も景気付けに飲め。俺の代りにな」
「意外だな、やる気が出たのか?」
「久々に楽しそうだ。俺のモットーはな、仕事は適当に素早く。遊びはマジでやる、だ!」「ちょ、ちょっと待つのだよ……」そこへ腹を押さえながらビリアルドがヨタヨタと近づく。
「おう、お前も呑むか?」と、トニーが酒瓶を近づける。
「遠慮するのだよ……僕の役割は無いのか? ここで転がっていろとでも言うのではないな?」包帯に巻かれ、頼りない姿ではあるがやる気だけは一人前であった。
「当然、貴方には指揮官としてここに残り、戦局を見ていてほしいの。あと船番ね」カーラは『船番』というワードを素早く口にし、にっこりと笑う。
「指揮官! 了解した。では、機を見て出撃するのだよ!」と、雄々しく手を掲げて見せるが、また頼りなくその場に転がりそうになる。トニーはそれを見てため息を吐きながら彼を抱き起し、助手席のシートに座らせた。それを見たニックが目を尖らせる。
「何も、触るんじゃないぞ!」
「了解、なのだよ」
「じゃあ、作戦開始よ!」と、意気揚々とカーラは甲板へ飛び出し、勢いよく夜空へ飛び立った。
「もう行くのか! じゃあ、俺たちもいくか。行き当たりばったりの作戦へ……って、お前の目は大丈夫か?」
「ぶっちゃけ、何も見えないが……何とかなるだろ」と、トニーも勢いよく甲板へ出て首骨をゴキゴキと鳴らす。
「お前ら、本当は血の繋がった姉弟だろ?」
ダダック港の倉庫では黒勇隊9番隊の面々が揃っていた。彼らの役割は港への兵器運搬と防衛、そのままチョスコへの進軍路の確保となっていた。
「今夜も静かだな」9番隊隊長のグームが茶を飲みながら口にする。彼はクラス4の風使いであり、勇者の時代に何人もの勇者を屠ってきた実力者であった。次期総隊長候補であったが、その座はゼルヴァルトに先を越されたのを面白く思っていなかった。
「チョスコに入るまでは、静かな日が続くでしょうね」副隊長のリロイが微笑む。彼はクラス3の炎使いであり、彼の右腕を誇る剛の者であった。
「あの呆気ない戦闘の後の呆気ない戦後処理……気を引き締め続けるのも疲れる」グームはリロイの持つ湯呑に茶を注ぎ、夜空を眺めながら2人で茶を啜って喉を鳴らす。
すると、星空を流れ星の様に何者かが横切り、凄まじい勢いで軍艦の横っ腹に突っ込んだ。すると、鋼鉄を何層にも重ねて出来ている船が九の字に曲がり、宙に浮いた。
「……凶暴な流れ星だな……」目を丸くし、冷静に茶を啜るグーム。
「襲撃でしょうか? しかし、この国にあの様な実力者がまだいたでしょうか?」リロイは冷静になって唸り、襲撃者が次に何をするのか観察する。すると、その者はもう一隻の軍艦の甲板に風穴を開けた。この軍艦は魔動エンジンを点火させ、魔力防護を発動すればどんな攻撃でもビクともしなかったが、見ての通り今はそれが点火していなかった。故に脆く、襲撃者に次々と破壊されていた。目撃した魔王軍兵や黒勇隊員らは手にしたエレメンタルガンで撃ち始めていたが、彼女に当たることなく、3隻目の軍艦も凹まされ始めていた。
「ここで指を咥えているわけにはいかんな。ここは私が行こう。お前は港の防衛を固めろ。隙のできた脇腹を突かれるかもしれん」と、グームが飛び立つ。
「はっ……」と、リロイは照明弾の様に火炎弾を上空に放ち、黒勇隊員を収集する。流れる様に指示を飛ばし、見張りを港の何か所にも配置した。「ここを襲撃するとは、反乱者の生き残りか……それとも……」
グームは高速で襲撃者の横っ面を殴りにかかったが、カーラはそれをスルリと避けて向直った。待っていましたと言わんばかりの笑みを見せ、指の骨を鳴らす。
「あんたがここで一番強いヤツ? 黒勇隊の隊長だね。相手に取って不足なし」
「俺を呼ぶために魔王軍の軍艦を2隻……3隻も破壊したのか? 何者だ?」グームは問う間に彼女の身なりや魔力循環を観察し、どの程度の実力者かを観察する。
「ん~、反乱者の代表、怒れる国民、復讐者。好きに呼べばいいわ。肝心なのは、あたしってどう?」瞳をキラリと輝かせ、不敵に笑って見せる。
「クラス4のインファイター……だが、あの馬鹿力は一体……」海上を沈みつつある軍艦を見下ろし、感心する様に顎髭を撫でる。
「そう、ただのクラス4じゃないんだな~。そう言うあんたはあたしと同じ風使いのクラス4……ねぇ、知っているわよね? 同じ属性同士だと、実力がものを言うってね」
「中々の自信だな。これだけの事をしたんだ。ただで帰れると思うな!」グームは彼女の分析を終え、実際の実力を試すべく間合いを詰めた。それを見てカーラも自信満々に近づき、疾風の蹴りを見舞った。
「あいつ、あんなに強いのか……? 軍艦を一撃だぞ?」ニックは丸くなった目を擦る。彼は彼女が戦う姿を見るのが初めてであった。彼の話を聞いたトニーは呆れた様な表情で深くため息を吐き、その場で腰を抜かしそうになる。
「あいつ……数か月前に負けて、その悔しさをバネに努力と勉強を重ねたって言っていたが……まさかこんなに強くなるなんて……参ったな」
「負けたって、誰に? お前か?」
「冗談だろ、俺は一度も勝ったことがないよ……なんでも、両親がすんげぇ強い戦士だったとか」
「へぇ……さて、見惚れている時間は無いな。急ぐぞ」と、2人は腰を低くして暗がりを慎重かつ素早く進み、少しずつ港の倉庫へと近づいていく。警備は厳重であり、そこら中に魔王軍兵や黒勇隊隊士が巡回していた。
「数が多いな……」トニーは足音や武器の音を聞き、参った様に頭を掻く。
「見えていたら、もっと諦めがつくかもな。カーラは余り囮の役目になっていないと見える。と、言うか囮である事がばれているなコリャ」ニックも諦める様な声を出し、溜息を吐く。
「こうなったら、俺が囮になるからその間にお前が……」トニーが立ち上がると、ニックが彼の肩を押さえて座らせる。
「ばか、目の見えないお前に何が出来るんだよ?」
「目が見えないと倉庫に火を点けられないからだよ! いいから、いけ!!」
「ったく、しょうがねぇなぁ……ヤバいと思ったら逃げろよ!」と、ニックは中腰で倉庫方面へと駆け出した。同時にトニーは勢いよく飛び出て見張りの兵士を殴り飛ばす。
「おらぁ!! 俺は怒れる反乱者だ!! 殴られたい奴ぁかかってこい!!」と、慣れた足さばきでステップを刻み、耳を頼りに殴りかかった。と、同時に海上では凄まじい激突が起こり、強風が港中で巻き起こった。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




