63.カーラの物語 Year One 男爵、ファイト!
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ビリアルドの二日酔いが覚めるのは昼過ぎだった。やっと頭と胃が軽くなり、足元が軽やかになって堂々とニックのジェットボートから出てくる。清々しいそうな表情で、周囲で働く船乗りらにお辞儀で挨拶をしながら見知った顔を探し始める。
その頃、ニックはリーアムとカーラの2人と仕事の打ち合わせを終わらせ、食堂で昼食を摂っていた。ニックは仕事の時は真面目な眼差しで書類に目を通し、顧客リストを頭へ入れていた。カーラは食事を終え、教本を読んでいた。
そんな食堂へ涼しい表情でビリアルドが現れる。ニックの顔を見つけると、足早にそのテーブルにつき、水を注文する。
「我が友、ニック! 昨日の話は考えてくれたかな?」
「……ん? 昨日の話……悪い、こっちに集中させてくれ」と、彼は書類から目を離さずに答える。
するとビリアルドは書類を取り上げ、テーブルに叩き付けた。
「魔王軍をこのチョスコへ近づけない戦いの話だ!!」
「その話か……絵空事より現実を見た方がいい。彼らの戦いに手を貸した方が有益だと思うが」ニックは冷静に書類を集めて整える。
「彼ら? あぁ! 初めまして、ビリアルド・ボディヴァ男爵です」と、2人に深々とお辞儀して挨拶をする。
リーアムは彼の家の事を知っているのか、眉を動かして彼の顔を見る。
「ボディヴァ家か。唯一、チョスコで魔王軍と戦うべきだと進言した貴族か。今では肩身が狭くなり、政治の場から追い出されかけているそうだが」リーアムが問うと、ビリアルドは鼻息を荒くして奥歯を鳴らす。
「なんと……僕の力不足のせいだ……僕が、賢者になれなかったから……」
「それも裏の政治的取引があったそうね」カーラは事情を知っているのか、本から目を離さずに呟く。事実、ビリアルドは最初から賢者に選ばれる事はなく、ただククリス魔法省は彼に賢者候補という箔を与えたに過ぎなかった。雷の賢者は最初から西大陸の者を選び、ククリスの周りを賢者で固めるのが狙いであった。
「応援要請をしたが、誰も相手にしてはくれなかった……何が世界の中心だ!」ビリアルドは拳を握って悔し気にテーブルへ振り下ろす。
「ふむ、で……君の絵空事とはどんな話だ?」リーアムは興味ありげに問う。
ビリアルドの絵空事とは、隣国のダダックの港に駐屯する魔王軍の船を襲い、チョスコへの進軍を遅らせるというモノであった。その間に迎撃準備を整えるというモノであった。
「チョスコは戦わずに降伏するのが多数なんじゃなかった?」カーラは本を閉じ、彼の方を見ながら問う。
「僕と父上が説得する。それに僕が離れている間に父上は貴族たちの間で説得を続けている筈だ。説得の上に魔王軍の出鼻を挫いたという戦果があれば、チョスコ王も重い腰を上げる筈だ!」
「な、絵空事だろ」ニックは冷たく言い放ち、溜め息を吐く。
「絵空事なモノか!! 君はあの時と言っている事が違うじゃないか!!」ビリアルドは裏切られた様に怒り、ニックに掴みかかった。
1週間ほど前、パレリアの港で抜け殻になっているのをニックが見つけ、酒場で彼の話を聞いたのだった。その時に意気投合し、はした金でジェットボートに乗せたのであった。その時は彼の気高い愛国心にニックは共感したが、今は酔いが覚めていた。
「……俺の故郷も、抵抗を諦めて魔王軍に従属し……文化も国名も忘れてバルバロンの一部になった。悔しかったが、抵抗しないのには意味がある。取り潰されるのと従属では天と地ほど違う」
「だが、戦わずに降伏するぐらいなら……」
「巻き込まれる国民の事を考えろ! ダダックがどうなったか知っているのか? ここは北大陸で最後に残された端の国だぞ? 勝てると思っているのか?!」ニックはあの戦いを知っているのか、怒りに満ちた表情でビリアルドを掴み返す。
「だが……それでも我々は失う訳にはいかないんだ!!」2人が吠え合うと、その間にカーラが間に割って入る。
「はいはい、昼飯時に喧嘩しない。そうねぇ……仕事は忙しいけど昼飯後に少し付き合ってくれる? 男爵様」彼女は不敵に笑うと、食堂を出た。
「カーラ……」静観していたリーアムは彼女が何をするのか大体検討がつき、呆れた様にため息を吐いた。
「腹が立ったら、腹が減った! 僕も食べるぞ!」
昼過ぎ、ビリアルドとニックはカーラに連れられて港から離れた平野にきていた。ここはだだっ広く邪魔になるモノは無く、厄介な原生生物もいなかった。その為、何かやるには最適であった。
「何だカーラ? 俺も暇じゃないんだが」ここへ呼ばれたトニーが首を鳴らしながら現れる。この時間、彼は仕事が無い為、トレーニングを行っていた。
「良い喧嘩相手を連れて来たんだよね~」と、彼女はビリアルドを指さす。
「喧嘩相手? なんだあの……ん? 昨日の酔っ払いか。なんとか男爵だっけ?」
「ビリアルド・ボディヴァ男爵だ」と、丁寧にお辞儀する。
「さ、これから賭けて貰うよ。トニーが勝ったら、あたし達の仕事を手伝う。あんたが勝ったら、あんたの戦いを手伝ってあげるよ」
「ん? おいおい勝手に決めるなよ。コイツの戦いってなんだ?」トニーは首を傾げながら訝し気にビリアルドを見る。
「面白い。クラス4の僕と喧嘩とは……」ビリアルドは自信満々に腕に稲妻を纏わせ、髪を逆立てる。
「くくくくクラス4!! で、確か賢者候補だったんだよな? 俺が勝てるわけがないだろうが!!」トニーは表情を引き攣らせた。流石の彼も喧嘩の相手は選びたかった。
「大丈夫よ。あたしの目に狂いが無ければ……五分、いえ……ま、とにかく拳を交えてみてよ」カーラはニヤニヤと笑い、2人を近づける。
「魔法抜きで殴り合うのか? それとも本気でやっていいのかな? どちらにしろ、負ける気はしないがね」ビリアルドは勝ち誇る様に腕を組み、トニーを見下ろす。
「本気でいいわ。クラス4の実力を見して頂戴」にっこりと笑い、一歩二歩とその場から後退る。それを見てニックは苦そうな表情を覗かせながら彼女に近づく。
「お前、見抜いているな?」ニックは2人の実力を知っていた。
「お昼の時に彼の魔力循環や佇まいなどを見てね……さ、始め!!」手を叩くと、2人は構え距離をとった。
「ひぇぇ……クラス4の雷使いかよ……勘弁してくれ」
「クラス2以下の大地使いか……一瞬で終わらせてやるのだよ!」威嚇する様に周囲に稲妻を落とし、極太の稲妻衝撃波を撒き散らす。トニーはそれを軽やかなステップで避け、少しずつ間合いを詰める。
「怖いな、喰らったらひとたまりもないな……」トニーは怯えながらも相手の攻撃や意図を読み、ビリアルドの雷攻撃を潜り抜ける。
「良い動きだ! だが、この距離では避けられないのだよ! これで終わりだ!!」と、両手を翳して強大な稲妻砲を放つ。正面は焦げた匂いが立ち込め、大地は黒く染まり稲妻がのたくった。
が、同時にビリアルドの顔面にトニーの拳がめり込み、勢いよく後方へすっ飛んでいく。彼は白目を剥き、脚を痙攣させた。
「……ぅえ?! この程度? なぁ、クラス4ってこの程度?!」トニーはカーラの方を向いて問うた。余りにも手応えが無いので、今でも信じられずに殴った左拳を見る。
「ジャブで墜ちるって、脆すぎるだろ……」ニックは呆れた様にため息を吐く。彼はパレリアの酔っ払い船乗りにノックアウトする彼を見てゲラゲラ笑った事を思い出していた。
「水ぶっかけて仕切り直しよ。この勝負で男爵が口先だけではないって所を見せてもらうわ」と、近くの川から水を汲んで彼にぶっかけた。彼は飛び起き、再び拳に雷を纏う。
「少し油断したが、二度目はないのだよ!!」自分が気絶していたことに気付いてなかった様に振る舞い、トニーの間合いの外で虚勢を張った。
「コイツ……なるほどな」トニーはため息交じりに拳を構え、軽やかにステップを踏んだ。
「さて、ここからが本番!! ファイト!!」カーラがもう一度合図をした瞬間、ビリアルドは再び後方へすっ飛び、目を回した。「脆すぎるだろ!!!」
如何でしたか?
次回もお楽しみに