62.カーラの物語 Year one 男爵あらわる
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
リーアムはニックと話し合った仕事のプランや契約を、カーラ達を交えて話し合い、うまく纏めて盃を交わした。彼は魔王軍から指名手配される様な重要人物を海の向こうへ逃がすために協力する事を約束した。
「普段は運び屋をしているって?」カーラは酔った頭のままに問う。彼を疑ってはいなかったが、いまいち頼りにならないと思っていた。
「禁制品とか、武器とか色々な。それに、バルバロンヘ入国したいって奇特なヤツなどなど」ニックは酒と言葉を交えながら答える。
「あまり目立った真似をして捕まってくれるなよ?」リーアムは釘を刺す様に彼の胸を小突く。
そんなやり取りの最中、トニーは納得いかないような表情で酒場のカウンターの隅っこで頬杖をついていた。それに気付いたカーラは歩み寄り、隣に座る。
「な~に、いじけてるの?」
「……今回も勝てなかった……てか、勝負にならなかった……なんでだ?」トニーはそっぽを向いてため息を吐く。
「そんなんだから、じゃない? 自分の敗北から目を背けるから負けたんだ」
このセリフを欲していなかったのか、トニーは勢いよく立ち上がり、彼女を睨み付ける。
「俺はいつだって情けない自分から目を背けずに頑張っているんだ!! なのに……なんで、いつも本ばかり読んでいるカーラに勝てないんだ?!」彼は悔しそうに吠え、頭をクシャクシャと掻いてまた座り、カウンターに突っ伏す。
「……道とは、自分の脚で歩くものってね……でも、たまには誰かの助言に耳を貸したら? おやっさんや、あたしにね」
「うるせぇ……おやっさんの話はよくわからないし、お前の話も……んぅぅぅぅ」トニーはまた頭を掻き、眼前の酒瓶を一気に飲み干した。
そんな2人の背後からニックが歩み寄り、彼女の隣に座る。
「よぉ、お2人さん……聞いていいか?」彼はゲップ混じりに問うた。
「「なに?」」2人は同時に鬱陶しそうな声色を出した。
「2人って付き合っているの? 恋人?」
「「違う」」2人は躊躇なく即答する。
「何だよつまんないな。じゃあ、どういう関係?」
「幼馴染……いや、姉弟ね」
「だな……お前にも兄弟や家族はいるのか?」トニーが問うと、ニックは酔いが覚めた様な顔で俯いた。
「いない、な……帰るべき国も無い。そこん所はおたくらと同じか。家族ねぇ……」ニックはため息交じりに酒瓶を呷り、熱い息を吐いた。
「確かに、『そこん所』はあたし達と同じね……」カーラは新しい酒瓶を注文し、ニックに手渡した。彼は静かに受け取り、慣れた様に片手で蓋を開けて飲み下す。
「いいか、おたくらと手を組んだのは、俺の箔を付けるためだ! 頼んだぜ!」
「箔? を……付けてどうするんだ?」トニーは不思議そうに問うた。
「俺のビジネスに箔を付ける。で、軍や国にスカウトされ、それなりの地位につくんだ。軍団長とか、軍艦の艦長とかな? で、俺の国を飲み込んだ魔王軍を……飲み込んでやるんだ!」と、酒瓶ごと飲み込む勢いで傾ける。
「なるほど……その道は長そうだね。で、あたしの道も……互いに頑張りましょう」と、カーラは無理やり纏め、3人で酒瓶を鳴らした。
リーアム達の仕事はニックが協力した事によって円滑に進むことになった。彼のジェットボートは貨物船と違って手続きや隠蔽工作、海上航行の目を掻い潜る面倒も無く、重要人物の逃亡を成功させる事が出来た。これによりダダック国の要人や魔王軍の指名手配する人物など多くの人々をマーナミーナ国やパレリア国へ逃がす事に成功した。
これにより魔王軍の監視の目は一層、港に集中したがチョスコ国にはまだ魔王の爪が掛かっておらず、リーアムらが拠点とするチョスコ港に見張りの目は届いていなかった。故に貨物船での国外逃亡はまだ容易に続けることが出来た。
この活動で彼らの名はその筋に更に広がっていく事となった。
そんなある日、酒場にニックが妙な若者を連れてきていた。その者は時に笑い、時に号泣しては酒場にいる者に大いに笑われていた。トニーはため息交じりにその物が何者なのかをニックに問うた。
彼は仕事先のマーナミーナの港で途方に暮れているのを見つけ、話しかけ、ジェットボートに乗せたのだと言った。その者の故郷はチョスコであり、そこの貴族であり男爵であると説明した。
「お偉いさん、か……何者だ?」
「我こそはビリアルド・ボディヴァ男爵!! 誉高きボディヴァ家の長男であり、雷の賢者候補の1人!! だった……のだ……くそぉ!! こんな肩書きでどう国を守れというのだよ!!!」
彼はそう声高に口にすると酒瓶を一気に飲み下し、また涙を流し、声を上げて泣いた。
「迷惑な客だなぁ……他の客がドン引いているぞ」トニーは水の入った瓶を手に取り、ビリアルドの前に置く。が、彼はそれを退け、ニックから酒瓶を奪い取ってまた飲み下す。
「水を差すな!! ボクはもっと酔うぞ!! 酔って元ダダック領へ攻め込み、魔王軍を我が雷魔法で焼き払ってくれる!!」と、腕から雷を滲ませ、瞳を白雷色に染める。
すると、何かを察知したのかカーラが酒場にやってくる。
「クラス4の使い手がこの港にいるわね? 誰!?」
彼女は目を鋭くさせ、酒場中を見渡す。その中心でべろべろに酔っ払い目を回したビリアルドを目にし、疑いの眼差しを向けながら歩み寄る。
「……この人がクラス4?」
「よく分かったな。こいつ、これでも雷の賢者候補だったらしいぞ」ニックは代わりに彼の紹介を済ませ、酒瓶を彼女に手渡す。
「これはこれは……麗しいお嬢さん! 貴方もクラス4ですか! 共にチョスコを守り、魔王軍を撃滅せしめましょう!!」と、瓶を掲げた。
「……ニック……なんで、飲ませちゃうの……」
「こいつが飲みたいって……断ってもここに来たがな」ニックは悪びれもせずに口にし、酒瓶を一気に呷った。
「カーラ……クラス4の使い手になんか用なのか?」トニーが問うと、カーラは酒瓶に口を付けながらカウンター席に座った。
「使い手同士、良い話が出来るかと思ってさ……でも、なんだか頼りないなぁ……」と、ビリアルドを見る。彼は未だに声高々に理想を口にし、高笑いと号泣を繰り返していた。
「詳しい話を聞けるのは明日だな」
次の日、ビリアルドはニックのジェットボートの仮設ベッドで目覚めた。周囲や甲板、そこへ続く道々には吐瀉物が続いており、それをニックがカーラに怒られながら掃除していた。
「まさかあんなに吐く奴だとは思わなかった……」ニックは飲ませたのを後悔しながらモップを動かす。
「ったく、考えなしに飲ますからよ。他の人の目もあるんだから早く片付けて!」そんな2人に何も知らずかビリアルドがヨタヨタと歩み寄る。
「やぁやぁニック殿……出来れば何か酔い止めか、ヒールウォーターか……水をくれないかな?」重たい頭を抱えながらニックの肩に手を置く。
「お、いいトコロに! お前が汚したんだろ、お前が掃除しろよ!」
「おっと、それは失礼……では……うぷっ!」と、彼は残った昨日の酒を血混じりに嘔吐し、掃除したばかりの地面にぶちまけた。
「うわ、冗談じゃないぞ!!」ニックは頭を抱え、天を仰ぐ。
「とんだ貴族サマね……」カーラは鼻を摘まみながらその場を離れた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに