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ゴッドレス・ワールズ・ファンタジア  作者: 眞三
第5章 バルバロンの闇と英雄の卵たち
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61.カーラの物語 Year One トニーの訓練

いらっしゃいませ!


では、ごゆっくりどうぞ

 トニーはニックをリーアムに引き合わせた後、カーラの潜伏している家へと向かった。彼女は普段はリーアムの手伝いをし、空き時間には本を読んで過ごしていた。彼がこの家を訪れた時もソファに寝転がりながら風魔術の教本に集中していた。


「よ、久しぶり」トニーは机の上の果物を手に取りながら挨拶をし、お土産の酒や食料、更に彼女が注文した教本を置く。


「んー」彼女は本に目を落としながらも素足をパタパタとさせながら挨拶を返す。


「最近はずっと本の虫だって? 俺が読んでもチンプンカンプンだ」トニーは頭を掻きながら自分が買ってきた教本をぺらぺらと捲る。カーラは起き上ると、その本を拾い上げて表紙に目を通し、鼻で笑う。


「コレ、ブリザルド著作の教本じゃない……この人、現役賢者で今は一国を任される凄い人だろうけど……どうも好きじゃないんだよね……3冊読んだけど、どれも過去の賢者を見下しているというか、自画自賛しているというか」と、読み終わった教本を本棚へ仕舞い、文句を言いながらも彼の買ってきた教本を捲る。


「本を読んでいるばかりじゃ、実力は上がらないだろ? どうだ、今夜は俺と酒場で一晩過ごさないか?」


「酒臭い酔っ払い共に囲まれてあんたと? 悪くはないけど、今のあたしが欲している環境ではないかな」と、ここで初めて彼女はトニーを見た。


彼はこの数ヵ月で明らかに変わっていた。以前の様な粋がりつつも甘えの残った表情は消え、今は余裕の籠った大人の表情が見え隠れしていた。肉体は以前よりも一回り大きくなったが、出鱈目にトレーニングした産物ではなく実用的な筋肉が付いていた。


「たった数ヵ月で変わったね」カーラは口笛を吹きながら微笑む。


 トニーはそこで嬉しそうに笑み、ソルティーアップルを手に取って一口齧り、ソファに座る。


「あんな目は二度と御免だからな」


「あんな目?」


「……俺はあの時、無知で無力で、何もできなかった。あんな情けない俺はもう見せない。その為に……色々とやっているんだ」


「そう……具体的にどう変わったのか見せてくれる?」カーラは何かを楽しむ様な表情で本から目を離し、彼を眺めた。


「じゃあ、今夜は俺の仕事場で一晩……ま、見せる事無くがっかりするかもしれないがな」


「それは楽しみね」




 その晩、彼らはチョスコ港の酒場にやってくる。トニーはいつもの席に座り、カーラはその正面に座る。彼は得意げにいつも注文している酒瓶に模したジュースを注文する。


「仕事だからな。酒を入れるわけにもいかない」


「ちょっと、あたしはいいでしょ?」と、今年19歳の彼女はウイスキーを注文し、ショットグラスに注ぐ。2人はグラスを合わせ、しばらくその場の雰囲気を楽しむ様に会話を弾ませた。この日は丁度、貨物船や私掠船などが泊まり何グループかの乗組員が雪崩れ込み、さらに酒樽欲しさに何十人もの注文が殺到する。するとトニーは席を立ち、外へと向かった。彼は酒樽を倉庫から荷車へ運ぶ雑用仕事も請け負っていた。数分するとカーラの正面に戻ってくる。


「そうやって身体鍛えている訳?」彼女は酒瓶を半分近く飲み、頬を赤らめていた。


「いいや、準備運動だ」と、慣れた様に店内を見回し、ニヤリと笑う。この日は気性の荒い船乗りが集まり、殺人的な量の酒を呷っていた。時間が経てば、乱闘騒ぎが起きるのが必然であった。この酒場に集まる船乗りたちには派閥などがある訳ではなく、ただ単純に『気性の荒い連中が酒を飲んで一部屋に集まったらどうなるか』という疑問に対する結果の様なモノであった。


 トニーの予想通り、口喧嘩が始まり、酒を掛け合い、食べ物をぶつけ合う喧嘩に発展する。そこから波紋の様に暴力の波が広がり、あっという間に酒場中で殴り合いが始まる。


「おぉ、始まった始まった!! さてカーラ、見て……ん?」トニーが指骨を鳴らしながら彼女に話しかける。が、すでに正面の席には彼女はおらず、喧嘩の波に乗ってどこかへ行ってしまっていた。船乗りたちの殴り合いの間に彼女が見え隠れし、慌てる様にトニーは暴力の津波へ向かっていった。


「先に行くなんて話が違うぞ!!」腕まくりをし、拳を一薙ぎさせる。すると並の船乗りらは素っ飛ばされ、あっという間に店の外へ叩き出される。彼の拳はこの数ヵ月で力強く、無駄もなく洗練された一撃に仕上がっていた。更に身体全体がしなやか且つ力強く仕上がり、脚のつま先から拳の先まで思い通りに力を移動させる事が可能となっていた。これは師であるリーアムの教えのひとつであった。


 そこからトニーは流れる様に人と人の間を移動し、拳を振るっていく。徐々に酒場から中途半端に弱い酔っ払いが叩き出され、数人の猛者だけが残った。その者らは甲板上で用心棒をしながら働いている海の男らであり、トニーと同等の筋力と強さを備えていた。


「いち、にぃ、さん……結構いるなぁ……よぉし、お前ら!! もし俺を倒せたら、飲み代をタダにしてやる!! 束になってかかって来い!!」両腕から蒸気を上げ、轟と吠え、屈強な船乗りたちを相手に殴り合いを演じる。一気に数十発の拳や蹴りが飛んで来るが、それを捌き、時には喰らい、血唾を吐きながらも笑顔を覗かせ、全て正面から受け止める。数十人分の攻撃を、彼は1人で迎撃し、目にも止まらない速さでひとりずつノックアウトしていく。最初は何発か被弾したが、それも目立たなくなり、数分後に酒場の中央で立っているのは彼だけになっていた。


「ふぅ、今日はまぁまぁ手こずったな」口血を拭いながらカウンターへ向かい、店長から濡れタオルを受け取り、殴られた個所を拭う。


「見たか、カーラ! ……ん? カーラ! そういえばカーラ!!」彼女を最後に見た時は暴力でごった返した中へ飲まれていったが、行方が分からないくなっていた。



「なに? もう終わり?」



 いつの間にかカーラは彼の隣に座り、真新しい酒瓶を片手に酒を呷っていた。彼女は無傷どころか店に入って来た時と何も変わっていなかった。


「あの中で無傷? 相手されなかったのか?」


「ん? 何人か張り倒したかな? お陰で静かになったねぇ」


「っとまぁ、毎晩とは言わないが、この数ヵ月はこんな感じで、店の用心棒として実戦で己を磨いてきたって訳さ。それも、昼はおやっさんの仕事を手伝ってな」彼は得意げに話し、ここでやっと酒を一杯注文する。


「で、あんたを倒せば酒代がただなんだっけ?」カーラはグラスの中身を飲み干し、熱い息を吐きながら口にする。


「え、まぁな。最初の内は煮え湯を飲まされたが、今は余裕で……ん?」こちらへ向き直る彼女を目にし、自然と冷や汗が流れる。


「あたしの脚は完治したばかりで本調子じゃないけど……あんたの言う実戦、試してみたくなったな」


「本気か?」トニーは首を回しながら席を立ち、拳を構える。カーラは未だに席を立たず、もう一杯をグラスに注いでいた。


「マジ」


「じゃあ、席を立てよ。そんなんじゃあb」と、彼が話す間にカーラは席の上で一回転して回し蹴りを一閃させる。彼女の一撃は酒に酔っている割には力加減が出来ており、丁度手加減できている蹴りであった。トニーは顎を持っていかれ、そのままノックダウンし、仰向けに目を回した。彼女はグラスを一杯飲み、心地よさそうな息を吐いた。


「悔しい思いをしたのは、あんただけじゃないんだよ」そんな彼女を見て店主が高価な酒瓶を片手に歩み寄る。


「あんた、ウチで働かないか? こいつの代りにさ」


「雑用はやらないよ~」


「……ちぇ、じゃあいいや」




 喧嘩騒ぎが終わり、ノックダウンした船員らは頭を掻きながら起き上る。決まって同時に船長や責任者が現れ、店主に酒代と迷惑料を払い、部下らに荒れた店内の掃除をさせて帰らせ、自分らが代りに一杯やるのがお決まりであった。


「なんでかな~」起きたトニーは面白くなさそうに蹴られた顎を摩りながら首を傾げていた。


「それが分かるまでが宿題かな」カーラは頬杖をつきながらおつまみのナッツを頬張る。


 そこへニックを連れたリーアムが現れ、彼らの座る卓へやってくる。


「一悶着終わったところか?」リーアムは腕を組みながら首を傾げる。


「「まーね」」


「酒場の一幕が終わったって所か。今夜は飲みやすそうだ」ニックは早速、卓に置かれた酒瓶を手に取って呷り始める。


「んぁ? こいつだれ?!」初対面の彼女はニックを見て訝し気な表情を見せる。


「ジェットボートのおまけだ」リーアムが言うとトニーが笑い、ニックは咳き込みながらも噴き出して大笑いをする。


「そりゃ違いねぇな」


如何でしたか?


次回もお楽しみに

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