60.カーラの物語 Year One 不屈のカーラ
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
リーアムはカーラに手を貸し、応急処置を施そうとする。が、彼女はそれを拒んだ。
「あたしより、彼女をお願い」と、ポッキリ折れた右脛から目を背けて奥歯をカタカタさせる。先ほどから奔る激痛に見合うだけの悍ましい折れ曲り方をしたそれは、彼女の精神を削り、心までへし折ろうとする。
そんな弱った彼女を見て、彼は懐から小瓶を取り出す。
「……何とかヒールウォーターを一本調達できたが、使うか?」それを見て、カーラは今にも飛びつきたそうな目の輝きを見せたが、思い切り深呼吸をして首を振る。
「彼女に使って……あのままだと港まで持たない」
「そうか、わかった」と、リーアムは彼女に背を向けてキャメロンの応急処置を始める。彼はヒールウォーターを彼女にゆっくりと飲ませた。
その間、カーラは脂汗を滲ませながらも枝を噛んで、折れ曲った脛を真っ直ぐに伸ばす。
「んぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」脚から頭まで稲妻が奔り、激痛が爆ぜ、悶絶しながら唸り散らす。大木に向かって額を何度も打ち付け、大粒の汗と涙を流す。
「1人で出来るか?」彼はキャメロンの折れた骨を内臓に刺さらない様に処置し、破った布を傷に巻きつけ、ヒールウォーターを染み込ませる。
「ん゛ぅ゛う゛!!」ムキになって『1人で出来る』と言いたげに唸り、枝で固定して残った裾を破り、巻きつける。木に体重を預けながら、丁度良い長さの枝を折り、杖の様にして何とか立ち上がる。その間、彼女はずっと折れた枝に噛みつき、悲鳴を押し殺していた。代わりに脂汗を絞り出し、血走った目で天を仰ぐ。
「手を貸さなくて大丈夫だな?」リーアムはキャメロンを抱きかかえて立ち上がる。
「ん゛ぅ!」早く行こう、と言いたげに唸り、自分が先頭になって身体を引き摺りながら歩く。「んぅーぅ? んぅ゛?」
「……トニーは港で他の逃亡兵の案内をしている。あいつもここに来たがっていたがな」
「ん゛……」彼女は静かに頷き、彼の脚に遅れないように左脚を何とか力強く動かして後を追った。
港に辿り着く頃には地平線から日が出かかり、辺りを光が徐々に照らし始めていた。その頃にはヒールウォーターのお陰でキャメロンはまともに話せる程度には回復していた。そこではキャメロンの仲間だけでなく他の逃亡兵らが数十人辿り着いており、貨物船に乗り込んでいた。
彼らを見たダニエル達が駆け寄り、彼女の安否を心配する。
「お前があいつらを逃がしたのか? 大したもんだな!」彼はここに逃げてきた兵たちはキャメロンが援護したのだと思っていた。ライリーもローレンスもそう思い込み、彼女を褒め称えた。
「違う……あたしは、何もできていない……彼女が逃がした兵じゃないかな?」と、カーラを指さす。
「彼女?」ライリーが隣の彼女を見る。カーラは着いた途端、疲労と安堵でついに心が折れ、枝を吐き出して泣き崩れながら激痛に喘いだ。
「痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃ!!! トニー!!! 助けてぇぇぇ!!!」今迄我慢していた台詞を吐き散らし、だらしなく地面に転がる。
「カーラ!! 大丈夫かよ! うわ、何だよこの臭い……あ゛!! 脚!! 折れてるぞ!!」トニーは仰天して尻餅をつく。彼が嗅いだのは骨髄の匂いであった。
「知ってるよ!! 痛み止めなり薬草なり、何でも持ってきて!!!」と、ここでやっと彼女はまともな治療を受ける事となった。
港にはリーアムのツテで呼んだ様々な仲間たちが集まっていた。その中には魔法医もおり、キャメロンとカーラは完治まではいかないもののまともな処置を受け、やっと落ち着く。その頃には2人ともミイラの様に包帯でグルグル巻きになっていた。
「カーラ。ありがとう」キャメロンは噛みしめる様に丁寧に礼を口にした。
「別にあんたを助けたかったわけじゃないよ……ただ、何も出来ないのはもう勘弁だっただけで……」
「あんたの行動のお陰で他の兵たちも……」
「彼らを助けたのはあたしだけじゃないよ。おやっさんや他の仲間たちの協力もあったから……」彼女の言う通り、他の貨物船に乗り込んだ兵らはリーアムの仲間の誘導のお陰でここまで辿り着けたのだった。
「……このままじゃ済まさない。必ず戻ってくるから。その時は、また会おうね」そこでやっとキャメロンは笑顔を覗かせ、ローレンスに連れられて貨物船に乗り込んだ。
「戻ってくるつもりなんだ……強いなぁ」カーラは感心する様に口にし、溜息を吐く。
「……ぐすっ」彼女の隣で座り込んだトニーはいつの間にか涙し、鼻を啜っていた。
「どうしたの? 珍しく泣いちゃって」
「……俺以外のみんな、強くてさ……何で俺は弱いんだろうって」涙を拭き、顔を背ける。
「……そう思えるなら、まだ伸びしろはあるんじゃない」と、彼女は痛む身体に我慢しながら彼の肩を優しく摩った。
昼になる前に彼らは港から撤収し、隠れ家へと戻る。そこでリーアムは旅の仲間らを集め、チョスコ方面へ移動するとだけ告げる。荷作りは既に終わっており、昼を過ぎる頃には馬車に纏めて移動を始めていた。カーラはリーアムの乗る馬車の荷台に乗り込み、寝転がっていた。
「トニーはどうしたんだ?」
「先にチョスコの潜伏候補地へ向かってるってさ。強くなるって息巻いてたよ」
「そうか。カーラ、お前は強くなったな」リーアムは誇らしそうにゆっくりと口にする。
「そうでもないよ。意地っ張りなだけ。そういえば、あたしの聞き間違いでなければあの時、あたしの事を『娘』って言ってなかった?」カーラは意地悪そうな口調で問う。
「……娘と思って悪いか? トニーも息子だと思っているし、他の連中も皆、家族のつもりだ」
「あ、誤魔化したな? 本当のところどうなの? あたしの事、本当に娘だと思ってる?」
「何が言いたい?」
「あたしも、本当は『おやっさん』だなんて呼びたくないんだよね。でも、仲間の皆はおやっさんって呼んでるしさ……この意味、わかるよね?」
「……それを俺の口から直接聞かなきゃ納得できないのか?」
「……いや、もういい。この話はおしまい」と、カーラは口を噤む。
「そうか。話は変わるが、お前はチョスコへ行っても、賞金稼ぎをやるつもりか?」
「……いや、今回の事でやりたい事が決まったよ。手伝ってくれる? 『おやっさん』」
「あぁ、もちろんだ」と、リーアムは馬を奔らせた。
それからリーアムは仲間たちの中で特に信頼のおける者を集め、チョスコを拠点にしてある仕事を始めた。それは魔王軍に追われる者、国外逃亡を希望する者をバルバロンから逃がす仲介屋であった。リーアムはキャメロン達を逃がした時の様にあらゆるコネやツテを使い、この商売をあっという間に軌道に乗せ、その道では有名な逃がし屋になった。
主にカーラやトニー、他の仲間たちが窓口となり、リーアムが逃走スケジュールを組み立て、貨物船などへ仲介した。彼らの評判はその筋にあっという間に広がり、1カ月で数百人の逃亡者や亡命者を出した。そんな彼らの背後にはワルベルトやナイアもいた。
この商売を初めて3か月。カーラの右脛は完治したが、蹴り一発で大岩を砕けない程度には本調子ではなかった。その事に歯がゆさを覚えながらも彼女は今日も亡命の仲介をし、書類手続きを行ってリーアム達と仕事の会議を行う日々を送っていた。トニーはこの仕事をしながらも地元の飲み屋の用心棒をして実戦経験を積む毎日を送っていた。その為か、彼の顔からは軽薄な笑顔は消えていた。
そんなある日、トニーはある男と出会い、その者をリーアムに紹介した。その男は朝から酒臭く、一目では信用できない見た目をしていた。
「……なんだ、こいつは?」ツケで頭の回らなくなった男を連れて来たのかと思い、どんなトラブルが口から飛び出るか覚悟する。
「こいつはニックって言う酔っ払い……なんだけど、珍しくジェットボートに乗る運び屋なんだ。どうだろ、こいつ使えないかな?」と、フラフラの赤ら顔の彼を小突く。
「ジェットボート? 魔王軍製のか……良く手に入れたな」
「頭の悪い奴から賭けでちょっとねぇ~ で、俺を雇うか? 飲み代のツケが溜まっててさぁ~ 仕事くれよぉ~」ニックは踊った視線でリーアムに絡む様に口にした。
「……こいつ大丈夫なのか?」
「わからねぇ……けど、ジェットボートは使えるって!」
「ジェットボートは、な」と、2人揃って赤ら顔の酔っ払いをため息交じりに見た。
「ま、よろしくぅ~」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




