57.カーラの物語 Year One 逃亡と敗北
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
サウール平原の戦いが終わって数時間後の夜。キャメロン達は森の中を逃げ回り続けていた。が、彼らの逃げ先はチョスコ方面しかなく、その道のりは遠かった。上空では幾度もガルムドラグーンがライトを点けながら旋回し、逃亡兵を探していた。更に逃げ先に成りうる街や村へ先回りし、彼らを待ち構えていた。
4人は逃げ疲れ、大きな木の影に座り込む。時折かさかさと遠くの方で藪が動く音が鳴り、揃って猫の様にビクつく。
「参ったな……このままチョスコへ入れるか?」ダニエルはボロボロになった地図を広げ、現在地を確認する。目的地の国境沿いのチョスコの関所はまだまだ遠く、肉体よりも先に精神が参りそうになっていた。
その間、ライリーは得意のブリーダー術を使おうと低周波の口笛を吹くが、何も寄ってこなかった。
「あぁ……動物はおろか蝙蝠すら寄ってこないな……戦いの火や血の匂い、それに嫌な気配に怯えているんだな」彼の言う通り、ナイトメアソルジャーの残り香と言える闇の気配が周囲に漂っており、そのせいで動物は震えて動かなかった。
「あの黒い兵隊、なんだったんですかね……あの感触、不気味だった……」積極的にナイトメアソルジャーと交戦したローレンスは手に残った手応えを不気味がり、冷や汗塗れになっていた。
そんな3人を見てキャメロンは頭を掻きながらため息を吐く。
「だらしなくて悪かったな」ライリーは彼女の嫌味に先回りする様に口にする。
「いや、そう言う意味じゃないよ」と、彼女は懐から報酬金の入った袋を取り出し、それをローレンスに渡す。
「これは、どういう事です?」
「……あたしはまだ、この報酬ぶん働いていないと思う……だから、もうちょっと働いてからいくよ」キャメロンは力強く立ち上がり、来た道へ鋭い目を向ける。
それを見てダニエルは彼女の肩を掴んで止める。
「おいおいおい! 今更戻ってどうするんだよ!? 捕まりに行くのか?」
「兵士長に言われたんだ……逃亡兵を援護してやれって。何人か見つけて追い掛けるよ」と、彼の制止する手を払い、来た道を勢いよく駆けた。
「あいつバカかよ……」ライリーが鼻で笑うと、ローレンスが彼の脳天を殴りつける。「いでぇ!!」
「俺も行きます!!」ローレンスも重い腰を上げるが、それをダニエルが強めに止めた。
「お前まで行ってどうする! 足の遅い奴が行っても足手纏いだろうが」
「でも……」ローレンスは歯噛みし、勢いよく尻餅をついた。彼は勇んで彼女を追おうとしたが、脚は震えており、ダニエルの制止に甘える様にそのまま項垂れた。
その頃、カーラとトニーは地図を片手に山の中を駆けていた。彼女はまだ肋骨が完治しておらず、脇腹を抱えて時折表情を歪めた。
「大丈夫か? やっぱりお前は戻れよ」トニーは彼女の容態を案じていた。
「あんた1人じゃ迷子になるでしょ? 感覚だけで突き進んで遭難するのがオチよ」
「かもな……でも、この地図のここら辺を本当に通るのか?」彼は地図を凝視しながら首を傾げる。これにはサウール平原からチョスコ方面へ抜ける森の中のルートに赤線が引かれ、これを辿れば逃走兵を迎えに行けると説明されていた
「いつものおやっさんの予知能力って奴じゃない?」カーラは微笑み、風に乗って素早く駆ける。念のために前方数百メートルに風魔法を展開させ、目標の逃亡兵の所在を探った。
上空には時折、ガルムドラグーンから放たれる光が降り注いだが、2人は上手く木陰で逃れた、
しばらくすると木陰で休憩する傭兵を3人見つける。ダニエル達であった。
「何者だ?」ダニエルは槍を構えて警戒した。同時に2人も武器を片手に重そうに立ち上がる。
「おやっさ……リーアムからの使いだ。逃亡兵を1人でも多く逃がす様に言われている。ここから南へ行った所にある小さな港に逃亡用の船を用意してある」
「まじか!! 助かったぁ……」ライリーはホッとした様に尻餅をつき、自然と涙が流れる。ローレンスも安堵のため息を吐きそうになったが、急きょ飲み込んでトニーの方へ向き直る。
「お願いです、キャメロンさんを助けて下さい!」
彼は彼女が向かった先を指さして必死に頼み込んだ。
「キャメロンって、この前の傭兵か?」トニーは殴られた頬の感触を未だに覚えており、表情を歪めた。
「あたしが行くよ。丁度、あっちへ向かう予定だったしね。トニーはこの人たちの案内をお願い」
「大丈夫かよ、まだ怪我が……」
「この先へ行くならあたしの風魔法が必要だし、この人たちには多少の案内が必要でしょ? 大丈夫だよ」と、彼女は止める言葉も聞かずに先へと向かった。
「……どうせ俺たち以外は全滅してるってのに、キャメロンのヤツ……何で戻ったんだか」ダニエルは理解できない様に頭を掻き、早速トニーの案内する逃走路を地図に書き記して貰った。
キャメロンは木陰や藪陰を移動しながら魔王軍が即席で建てた野営地付近まで近づいていた。彼らの本隊は首都へ入っており、更に数万の軍が包囲しており、各所に野営していた。
「ただ逃げるのは性に合わないんだよね……あわよくばロキシーを」キャメロンは殺気立った表情を影に隠しながらにじり寄る。
「ロキシー様をなんだって?」
彼女の背後にいつの間にか巨影が立っていた。その者は筋骨隆々で雷魔力が全身に漲っていた。
キャメロンはすぐさま距離を取って飛び退き、炎の翼を生やした。
「何者?」
「炎使いか……大した事は無さそうだ……俺はノーマン。六魔道団の1人、パトリック様の右腕だ」彼は得意げに胸を張り、にたりと笑う。
「あら、びっくりした。六魔道団様ご本人に出迎えられたのかと思ったわ」
「我らが軍団長さまは首都へ入ってダダック王からの従属宣言を受けている頃だろう。襲撃をかけるなら場所が違うな。無計画な奴だ」
「いや、計画通りよ。あんたみたいな魔王軍を後ろ盾に調子こいているヤツの鼻っ柱を潰してやるのが目的だからね! あたしゃここ数年で魔王軍にやられっぱなしなんだ! そろそろカウンターを入れさせてもらうわ!!」と、キャメロンは額に血管を浮き上がらせ、一足飛びに上空へ舞い上がり、炎の翼を羽ばたかせる。数百の炎の礫がノーマン目がけて発射される。この技を目晦ましに本命である必殺の蹴りを放つ。
ノーマンは腕を組んでそれを全て受け止め、彼女の渾身のキックを片手一本で受け止める。その衝撃は彼女の脚を伝い、逆に足首を痛める。
「んぐっ!!」
「クラス3の域を出ない炎使いか……その程度では、クラス4の俺には届かんな」
「クラス4程度なら、この前ボコったばかりだ!!」キャメロンは更に激昂し、炎を纏って殴りかかる。彼女の火炎刃が如き攻撃はノーマンには一切通用せず、皮膚には火傷ひとつ残す事が出来なかった。
「肉体に魔力を漲らせれば、多少の属性攻撃も跳ね返せる。実戦技に長けていても、普段の修行は怠っているな?」攻撃を受けた胸板は傷ひとつ付かず、埃を払うように手で汚れを落とす。
「あたしの教官のつもりか?!」更に彼女は距離を取り、不得意な火炎噴射を両腕から放つ。これは彼女の苦し紛れの技であった。が、彼女が出せる最大温度の火炎である為、少しは効いて欲しいと願っていた。
ノーマンはその火炎の中を涼し気な表情で歩き進み、火炎を放つ彼女の腕をむんずと掴む。
「な……?」彼女の目の前には相変わらず火傷ひとつ負わない無傷のノーマンがほくそ笑んで立っていた。
「他にも仲間がいるのか? 逃亡先や潜伏先は何処かな? 色々と吐いて貰うぞ」と、ノーマンは手を離し、代りにパンチを一閃させる。稲妻と共に電磁砲が如く放たれた一撃は彼女の鳩尾に命中し、背後の大岩に叩き付けられる。
「がはっ!! ぐばぁっ!!」彼女は凄まじい衝撃と胃を捻じ切られる様な激痛に襲われ、激しく吐血した。薄れる視界の先ではノーマンがゆっくりと歩み寄り、もう一発拳が放たれた。すると彼女の視界は真っ暗になり、意識は暗黒へと飛ばされていた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




