54.カーラの物語 Year One 炎の翼あらわる
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
次の日も、そのまた次の日も兵士長はリーアムの元を訪れ、加勢する様に頭を下げた。誠意を持って力説し、仕舞には札束を卓に積み重ねる。彼は大金を目の前にしても首を立てには振らず、静かに追い返した。その度に兵士長も憎まれ口を叩かずに一礼して去り、また次の日も現れる。
それを見てカーラは鼻でため息を吐き、リーアムのテントへ入る。
「お疲れ様です」と、彼女は流れる様にティーセットを用意し彼の前に淹れたての茶を用意する。この頃にはもう兵士長らに茶は用意しなかった。
「ん……お前は手を貸す、とか言わないよな?」リーアムは目を擦りながら問う。
「……えぇ。おやっさんの考えはよく理解しているからね、あたしは」と、彼の隣に座り、ゆっくりと茶を啜る。
「ならいい。あと半月以内で戦いが始まるみたいだ。俺は降伏か逃亡をおすすめしたが、それは出来ないと」リーアムは弱った様に口にする。
「そうか……」
ダダックの兵士長は昔、リーアムがとある国の遊撃隊を率いていた頃の友であった。故にリーアムの国が滅んだ経緯も、この様に根無し草の旅団を率いているのも知っていた。その頃の彼の強さと指揮能力は北大陸全土に轟く程であった。
「おやじ、何で手を貸さないんだ?」リーアムの考えを理解できていないトニーがテントに入ってくる。彼はカーラよりも2歳年下で思考が幼く、己の強さとキャンプの守備の事しか考えていなかった。
「お前はこの国の戦争に参加したいのか?」
「……あれだけこのキャンプに顔を出しているからな……いつの間にか死なれたら、気分が悪くないか? それにやっとこの国に根を降ろせそうなのに、戦争が終わったら、また俺たちも移動しなきゃだろ?」と、彼なりの考えを口にする。
「確かに、一切手を貸したくないって訳ではないのよね……」
「んむ……物資や兵糧搬入の手助けは出来るが……あいつらが欲しがっているのは戦力だ」リーアムは散々、兵士長から言われている内容を2人に噛み砕いて説明する。
ダダックの兵数は5000人と傭兵団が少数と弱り果て、次の激突で嫌でも決着がつくのは明白だった。そこへリーアムという有名な実力者が参戦すれば、士気も上がり、戦闘に参加する者がもっと出てくる可能性があると兵士長は説得したそうである。
「おやじは強いからな」トニーは誇らしそうに呟く。リーアムはカーラとトニーに拳と蹴りでの戦い方をそれぞれに伝授していた。彼は拳も蹴りも一級品の格闘家であり、武器を一本も持たずにひとつの大部隊を1人で壊滅させる事が出来た。万の兵に匹敵するとも呼ばれる大地使いでもあった。その格闘術はボルカディを収めた拳士にも匹敵した。
「俺ひとりが参加したところで何も変わらん。故国が滅んだ時も、俺は何も出来なかった……」
「そんな事はないって何度も言っているでしょ。少なくとも、あたし達2人は救われた」カーラは微笑みながらリーアムの手にそっと手を置く。2人は物心つく前に故郷を滅ぼされ、リーアムに抱えられて脱出したのである。2人の両親は彼の部下であり、魔王軍との戦いで戦死していた。
「あんな戦いは二度と御免だ……何が燃え尽きてないだ、燻っているだ……俺は後悔しているんだ、あんな無謀な戦いをして部下を失った事に……」
「無謀、か……なぁ、カーラ。ちょっといいか?」トニーは彼女をテントの外へ誘う。
カーラはリーアムに目配せしながらテントを出て、渋そうな表情を覗かせる。
「変な事を考えてないでしょうね?」
「放っておけるか? 俺達が手を貸さなきゃ、あいつらは……」トニーは拳を握りしめながら絞り出す。彼は頭が良くなかったが、十分考えて述べていた。
「貸しても貸さなくても変わらないわ」カーラは冷たく言い放つ。彼女も今迄の旅の経験や口伝で聞く情報、魔王軍の強さを知っている為、そしてリーアムの本音も聞いている為、戦いには参加しない意向であった。
「でも……」
「でも、なに? その欲求不満の拳を何かに叩き付けたいなら、相手になるけど?」カーラは彼の心を見透かしたように口にすると、顔面へ向かって彼の拳が飛んで来る。彼女はそれを左腕で掴み、一瞬で5連発もの蹴りを見舞った。脛、腿、腹、上腕、頬へ一瞬でめり込み、彼はその場に崩れ落ちた。本気の一撃ではなかったにしろ、彼女の放った5連発は彼の意識を彼方へと飛ばした。
「欲求不満なのは、あたしの方か……」蒸気燻る右脚を摩りながらカーラは口にし、気絶した彼にバケツ一杯の水をぶつけた。
次の日も兵士長はお供の傭兵を連れてやってくる。お供の方は呆れた様な表情で欠伸をかみ殺していた。キャンプに着くと、そのお供がカーラと目が合うと眉を顰めた。
しばらく日課の様なリーアムとの問答を続け、テントから出る。兵士長は「また来る」とだけ残す。
すると、お供である傭兵の女性が首をカーラの方へ向け、眉を怒らせる。
「さっきから何見ているんだよ、てめぇ!」
彼女は兵士長の背後からふわりと離れ、淡い魔力と共にカーラの方へ歩み寄る。
「何?」彼女は警戒する様に魔力を滲ませ、脚へ巡らせる。
「あんた、クラス4ね。使い手と言えるほど磨いてはなさそうだけど……できる」彼女はカーラの身体を舐め回す様に眺め、クスリと笑う。
「あんたはクラス3の炎使いかしら? 歩き方に体重の置き方、その身構え方を見るに、飛び技が得意ってところね」カーラも相手を分析し、怯まず凄んで見せる。
「あんたはどうなの? 戦えるだけの力があり、助けてくれと懇願するモノを目の前にきれい事をほざいて見殺しにするの? 寝覚めが悪くならない?」
「あんたは傭兵でしょ? 金を貰って戦うだけの……あたしは違う」
「この国には助けてもらった恩があるからね……ただ、その恩の為に死にたくないのよ」
「あたし達も共に死んでくれと?」カーラは相手の鼻先まで近づき、凄む。
「そこまでは言わないけど……少し一緒に戦ってくれてもいいじゃない? 少し手伝ってよ、ねぇ? あんたもあいつも結構強いんだからさ?」彼女は企む様な表情でカーラの顔を宛ら蛇のように睨む。
「あんた、名前は?」
「キャメロン……元はアメロスタ反乱軍に所属していたけど、負けてこっちに来た。魔王軍相手には分が悪いけどさ、一発カウンターを入れてやりたくて」
「あたしはカーラ。ゴルソニア出身……」
「互いに魔王にはやられっぱなしでしょ? たまには後先考えず、暴れたくならない?」
キャメロンの悪魔の誘いの様な言葉にカーラは奥歯を鳴らす。
「そう簡単に言わないでくれる……」
「でも、運命ってのは後先なんか考えちゃくれないもんでしょ? 今の生活も未来もコインの裏表の様なモノ。得るか、奪われるか……」キャメロンは手の中でコインを弄び、カーラの方へ向ける。「勝負する?」
「なに?」
「あたしとあんた、キャメロンとカーラが勝負し、勝った方が未来を掴む。あたしが勝てばあんたらに参加して貰う。あんたが勝てば、好きにすればいいわ」そう口にすると、広場の方へ炎の翼を生やして飛んで行き、ふわりと着地する。
「この賭けに乗らなきゃどうなる?」
「明日も明後日も、うちの兵士長が連日、顔を見せるわ。その分、あんたらの顔に兵士長の、そしてこの国の人々の顔が刻まれる事になるでしょうよ」キャメロンは意地悪そうに口にし、指の骨を鳴らす。
「……トニー、外科手術用のヒールウォーターと薬膏の用意をお願い」カーラは一足飛びに広場の方へ跳躍し、キャメロンの眼前に着地する。
「乗っていたね~ 正直、ここ数日は退屈だったのよ!」キャメロンは炎翼を赤々と生やし、全身に魔力を込めた。
「手違いで急所を切断しちゃったら、ごめんなさいね……」カーラは脚に風の魔力を漲らせる。周囲に間合いを知らせる様な風圧波を展開させ、キャメロンを威嚇する。
「出来るもんならやってみな。こちらこそ、綺麗な顔を焼き潰しちゃう、かも」キャメロンは舌なめずりする様に舌を出し、コインを投げる。クルクルと回ったそれが地面に落ちた瞬間、2人は炎と風を地面に残して跳躍した。
トニーが上空を見上げた瞬間、火と血の雨が降り注ぎ、彼は青ざめた。
「一足先に戦争を始める気かよ……」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




