52.アリアンの選抜サバイバル Part9
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
カーラは人が変わった様に鬼の形相でカエデに襲い掛かる。彼女の蹴りはトニーと戦った時よりも激しく鋭く、明確な殺意が籠っていた。腰を捻って連蹴りを繰り出す。
カエデは目力が強くなるだけで表情は動かさず、涼し気に蹴りの嵐を木刀で受け流す。蹴りの威力は凄まじかったが、木刀には皹ひとつ入らなかった。
「その顔にこの蹴り、あの時のお前か……名前は忘れたがな」カエデはひらりひらりと間合いを取り、宙返りしてふわりと着地する。
「カーラだ! お前のお陰であたしは!!」左太ももを摩りながら怒鳴り付け、腰を深く落とす。
そんな彼女を見てトニーは隣まで恐る恐る近づく。
「思い出したのか? カーラ?」
「トニー……あの子たちは?」
「あの子?」
「スワートとトレイだよ!! 無事に国を抜けられたの?! ぐっ……」カーラはまだ頭が痛むのか不意に側頭部を押さえる。
「あ、あぁ……ナイアさんのお陰でな」
「よかった……あれから3年……お前のお陰で3年も!!」安堵の瞳を一瞬だけ覗かせたが、すぐに殺意の眼光をカエデへ向ける。
「上からの命令だったからな」
「記憶を消され、3年もあのクソ秘書長の奴隷にされたんだぞ!! お前のせいだ!!」頭痛で頭を押さえていたが、屈辱を紛らわす様に髪を掻き毟る。
「未熟なお前が悪い……それに私も似た様なものかもな」と、自嘲気味に笑う。
そんな2人のやり取りを見たトニーはその場でステップを踏み、拳で空を切る。
「俺も加勢するぜ。2人ならこんな剣士、イチコロだろ?」
「手ぇ出すな、トニー」
カーラは殺気の籠った血眼を彼へ向ける。彼はそれを見ると背筋を震わせたが、同時に懐かしさを感じ取り口元を緩める。
「わかった、一歩引くよ。おかえり」
「えぇ」カーラは目の前の敵に集中する様に足先をグリグリと動かす。が、あらゆる記憶が脳内を駆け巡り、色々と気になる思い出が噴出する。「……皆は?」
「チョスコ湾の大戦の時にドサクサでマーナミーナへ渡った。残ったのは俺だけだ。お前を探すためにな」トニーは少し格好つける様な口調をしながら彼女ら2人の邪魔にならない様に距離を取る。
「ぷっ、バカなんだから」カーラは嬉しそうに噴き出したが、直ぐに真顔へ戻る。
「……もういいな」カエデが目の奥を光らせた瞬間、疾風と共にカーラの背後に立つ。カーラの頬にはかすり傷が奔ったが、同時に正面でカマイタチが衝突して破裂音が鳴り響いた。この森では魔法は使えない筈だったため、これは2人の剣圧と蹴りの衝撃波から生まれたカマイタチであった。
「不思議と鈍っていないな。この3年間は別人だった様子だが」
「あんたへの殺意が鋭くさせたってトコロね!!」と、後ろ回し蹴りを放つ。カエデは一瞬で彼女の頭上を取り、木刀を正面へ構える。カーラは彼女の気配へ向かって跳躍し、飛び蹴りを放つ。そのまま2人は大木を駆けのぼりながら互いの一撃同士をぶつけ合う。カーラのカモシカの様な脚は脛から木刀と衝突したが、骨はおろか全く傷つかず、カエデの木刀も相変わらず無傷であった。
そこから更に2人は互いの攻撃を一閃させ、互角の打ち合いをして見せた。
トニーはそれを見上げながら顔を青くさせた。
「あんな芸当、俺には無理だな……俺もまだまだだなぁ……」
上空の遊覧飛行船ではまだスネイクスが居座り、目下の戦いを観察していた。彼女は久々にカエデの戦う所が見たいと思い、けしかけたのであった。
「アラカゼ・カエデ……この3年でクラス4に成長し、飛行できるようにまでなったけど……久々に魔法の使えないこの状況、楽しんでいるみたいね」彼女はカエデの魔法使いとしての師であった。彼女が抱える弟子たちの中でもカエデは優等生であり成長も早く、魔法の技術をさらに磨けば自分自身に匹敵する使い手に成長すると確信していた。
しかし、カエデは属性使いとなるよりも、己の得物である『魔刀嵐牙』を使いこなすために魔力を使っていた。スネイクスはそれを惜しいと思ったが、ロザリアとの出会いと戦いを経てその方がカエデの為になると考えを改めていた。故に、カエデは自分以上の強さを手にし、やがてロザリア以上の剣士になる事を望んだ。
「この戦いが彼女を成長させるか……それとも……」と、スネイクスは微笑みながらワインを傾けた。
カーラとカエデは幾度もぶつかり合い、やがて大地に2人同時に着地する。流石に無傷とはいかず、カーラは右脚がズタズタに切裂かれ、カエデは頬に一発、腹部に数発喰らったような傷を負い、木刀も折れていた。
カーラは右太ももを摩り、口元を僅かに歪める。
「骨に皹は入っていないか……でも痛いな」
カエデは血唾を吐きながら折れた木刀を眺める。
「まだまだ私も未熟だな……魔力が使えれば、と言い訳はしない。が……」と、彼女は真上に跳躍し、太枝を手刀で断ち切る。そのまま帯刀した魔刀で一瞬にして木刀を削り出し、柄を掴み、着地する。「続きだ」
「無理せず、その刀を使ったら?」カーラは挑発する様に口にする。見た目だけならダメージはカエデの方が大きかった。
「これは誰かの命令でも仕事でもない。試練だ。私への……それに、魔力を使えないお前を一方的に叩き斬っても何も面白くない」
「へぇ……その刀を抜いたらどうなるって言うの?」
「これはただの刀ではない。魔刀嵐牙。我がアラカゼ家に伝わる名刀だ。この封魔の法の中でも、こいつだけは鋭さを損なわず、この場に嵐を巻き起こす事が出来る」と、柄に触れて鞘の中を唸らせる。
「そりゃすごい。あの時、あたしの軸足を斬ってくれたのは、その刀?」
「いえ、あの時は剣術指南の途中だったからな。数打ちで容易かった」
「へぇ……じゃあ、あたしの蹴りでその大事な魔刀……叩き折ってやるよ。もしくはあんたの心をへし折ろうか、な!!」カーラは瞬時に間合いを潰し、カエデの横っ面を狙う。
カエデは瞬時にその蹴りを受け止める。
「お前の蹴りは中々だ。それは認める。だからこそ、お前の自慢の脚を……この木刀でへし折る!!」カエデは今までにない程に表情を顰め、脚に力を入れて踏ん張り、カーラの脚目掛けて木刀を振り抜く。
次の瞬間、カーラの脛から日々の入るような音が鳴る。
「んぐっ!!」顔を顰めるが、彼女は弱味や傷があるとは思えない勢いで手負いの右脚を振り回し、カエデに襲い掛かった。
カエデはその蹴りを全て木刀の振りで迎撃し、同じ個所、同じ傷、皹へ向かって一戦する。幾度かのぶつかり合いでついに互いの得物が折れ、カエデの木刀の切っ先が宙を舞う。カーラの脛は叩き折られ、足先が明後日の方向へ向いていた。
「カーラ!!」戦いを見ていたトニーは居ても立っても居られずに彼女に駆け寄る。
カエデは勝ちを確信して頬を緩めたが、次の瞬間、筋肉で引き締まったカーラの蹴り足が彼女の顔面を捉える。彼女は鬼の形相で激痛を棚上げしていた。その一撃で更に彼女の右脚は折れ曲って骨が飛び出し、髄が見え隠れする。
「前は軸足を斬られたけど、今度は蹴り足をやられたね……でも、今度はあたしの勝ちだ」カーラは汗だくで息を切らせ、倒れ伏したカエデを見下ろした。
そんな彼女の隣にトニーが駆け寄り、倒れそうになる彼女に肩を貸す。
「大丈夫かよ!! うわぁ……こりゃひでぇ……早く手当てをしないと……」
「ここじゃヒールウォーターは使えないからね……なんとか固定してからじゃないと移動は難しいかも」カーラは冷静に口にしながら天を仰ぐ。彼女の右脚は悍ましく折れ曲がり、見るだけで身震いする形に変わっていた。
「応急処置だな? キットは持ってきているから……まずは靴下を脱がさなきゃな。我慢できるか?」トニーは目を伏せながら彼女の脚に向かって跪く。彼女の靴下は飛び出た骨に引っかかっていた。
「不思議と痛くないから、今の内にお願い」
「じゃあ、」と、トニーは引っかかった靴下に手を掛ける。次の瞬間、森にカーラの大絶叫が木霊し、鳥たちが一斉に飛び立った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに