50.アリアンの選抜サバイバル Part 7
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
選抜サバイバルが始まって3日目の早朝。ダークビルの森はすっかり静まり返り、森の生物すらも気配を殺していた。参加者は姿を現すはおろか、不自然に茂みを揺らすことなく移動し、不用意に歩く参加者の気配を探り合っていた。
そんな中、アリアンは森の中心に鎮座する古い祠に来ていた。そこには台座の様なモノがあったが、祀られていたであろうモノがなかった。
「ここが……預言の石板のあった祠……」アリアンは興味深そうに祠に手を置き、注意深く観察する。周囲の地面に転がる石片をひとつひとつ確認し、小さくため息を吐く。
次に祠の目の前の広場にしゃがみ込み、地面にそっと触れて目を瞑る。
「そして、おじさんの殺された場所……か」
アリアンはその場に残留する魔力を感じ取る様に集中する。森全体には魔封じの呪いが大規模にかけられており、アリアン自身も封じられていたが感じ取るだけなら可能であった。この祠の周囲に漂う魔力には微かに闇の気配も混じっており、例え5年以上前の出来事でも、ある程度ここで何が起こったのか予測する事が出来た。
「魔王……慢心したな」感じ取れる闇からは慢心と怒りが混じっていた。
「お前もな、アリシア」
彼女の不意を突くように頭上から懐かしさの籠った声がアリアンの耳を突く。
「……きた」ギラリとした眼差しで真上へ目を向ける。そこには軽装備ではあるが鉄仮面を被った男が枝の上に立っていた。瞬時にその場から消え失せ、彼女の眼前に降り立つ。
「久しぶりだな。ピピス村で別れて何年ぶりか……」
「やはり生きていたか……ハーヴェイおじさん」アリアンは微笑を浮かべ、彼の前で胸を張って仁王立ちする。再会を喜ぶといった様子は無く、むしろ罠にかかった獲物を見る様な様子であった。
「魔王の軍門に下った様子だな。だが、元気そうで何よりだ」
「そちらこそ、死人にしては元気そうね」アリアンは感情も弱味も見せない表情で言い放つ。
「死人はお前もだろ? シルベウスから新たな身体を貰ったと聞いた時は驚いたが」
「そういう貴方もヘリウスの僕になったとか」
「ここで石板を破壊した縁でね……このバカげた祭りは、俺をここに誘き出す為か?」
「その通り。ま、この森の調査、優秀な部下の調達も兼ねてだけど。最終目的は貴方に、ここで会いたかった」アリアンはナイフを抜き、弓を構えて矢を番える。
「俺を狩るのか? アリシア」ハーヴェイは冷静な口調でアリアンを観察する。
「今の私は、アリアン・ブラックアローよ」と、彼女は容赦なく眼前の恩人に向かって矢を放った。
「あんた、日光は平気なのか? 凄い吸血鬼だな」トニーは日の元を歩むマリーを不思議そうに見た。彼女は吸血鬼元来の方向感覚と嗅覚を鋭くさせてダークビルの森を抜けようと集中していた。
「あたしを噛んだ吸血鬼が特殊と言うか何というか……そう簡単には死ねなさそうなのよね」
「そりゃ羨ましいな。真の不老不死って奴か。金持ち共が放っておかないんじゃないか?」彼がそう言うと、マリーはそれを鼻で笑う。
「本人は相当苦しんでいるみたいだけどね。それに、あたしや……他にもひとり吸血鬼に変えたみたいだけど、後悔しているみたいよ。あたしは今の所、感謝しているけどね」
「へぇ~……ん?」肩に担いだ寝袋がもぞもぞと蠢き、そっと地面に寝かせる。すると、急に芋虫の様に転がり、中からカーラが頭を押さえながら出てくる。
「痛い……頭が、いたぁい……割れる……」目を血走らせ、髪型が変わる勢いで掻き毟る。
「どんな痛みだ?」トニーは彼女に駆け寄り、額に手を置く。
「二日酔いどころの騒ぎじゃない! 内側から割れそう!! 気持ち悪ぅ!!」彼女は激痛の余りに胃がひっくり返らんばかりに嗚咽した。
「参ったな……頭痛薬を落としたんだっけ? 今から探すか? どこに落とした? あんた、匂いでわかったりしない?」と、マリーに問いかける。
「……あたしの事、犬か何かだと思っている?」
アリアンの弓矢攻撃を無駄のない動きで避けるハーヴェイ。彼は彼女と同様にこの森にはナイフ一本しか持参しておらず、他の装備は襲い来る参加者の装備を吟味して剥ぎ取ったモノであった。それでも無駄な装備は無く、多少の携帯食料の水、ナイフ、弓矢程度しか所持していなかった。
「腕を上げたな。だが慢心しているな?」彼は腕を組んだまま距離を取り、アリアンの放つ矢を紙一重で避ける。
「慢心……まぁ、そうかもね」アリアンは自嘲気味に笑いながらも、楽し気に弓を放つ。が、彼女の攻撃パターン、癖を知っている様にハーヴェイは軽やかな足さばきで避け、木の影に隠れ、そのまま雲隠れしてしまう。アリアンは彼の掻き消えた気配を技術と臭覚で探り、鋭く矢を放つ。
「やるな」ハーヴェイはその矢を眼前で掴む。
「撃ち返さないの?」
「戦いに来た訳じゃない。様子を見に来ただけだが……つい声をかけた」ハーヴェイは掴んだ矢を落とす。
「私は戦ってほしいんだけどな……エルじゃないけど、今の私を試したい」
「狩人同士で戦うなら獲物狩り競争だな。矢を交える様な事はしない」
「……じゃあ、あたしは言いたい事がある」アリアンは弓を背に戻し、ナイフを収める。
「ピピス村で私がどんな目に遭ったか知ってる?」
アリアンの目には怒りが淡く滲み出ていた。拳を震わせ奥歯を噛みしめる。
「あの時期、俺はここで死んだ……あの時は何もできなかった、すまない」
「私は……目の前で家族同然の村人たちを殺され、村と森を焼かれ……10日間も……10日間も私はっ!!」アリアンは一歩一歩、ハーヴェイに近づいて行き、胸倉を掴む勢いで怒鳴った。
「俺がピピス村に残れば、こうはならなかったと?」
「……っ……今更嘆いても無駄だと言うのはわかっている……あの時、私は……何度もおじさんの助けを求めた……でも何もかも無駄だった」
「何が言いたい?」
「こんな目に遭っている人間が世界中にいるという事。これは魔王を倒そうが倒すまいが変わらない。私は、あんな目に遭う人間が1人もいなくなればいいと思っている。そして、あぁ言う目に遭わせてくる連中もいなくなればいいと……」
「だから魔王の軍門に下ったわけか?」
「軍門に下った……か……そうね。全てを裏切って、私はアリアン・ブラックアローになったわ。で、おじさんはどう思う?」彼女はハーヴェイの鼻先まで近づき、凄んだ表情を向ける。
「成る程な……エクリスの部下になったのはエリックが嘆きそうだが、お前が選んだ道だ。好きにすると良い。だが次に会い、衝突する場合は……容赦はしないぞ」ハーヴェイはマスクの下で微動だにしない表情のまま口にした。
「そう……殺すなら今の内だけど?」
「俺がお前を殺したいと思うか? ナイアが悲しむことはしない。じゃあな、あまり慢心して遊ぶんじゃないぞ?」ハーヴェイはそう言うと、その場から跳躍して消えた。
アリアンはやっと表情の力を緩めて背後に目をやると、背筋を凍らせて膝を震わせる。今迄自分が踏みしめ足跡を残した地面に矢が突き刺さっていた。この矢は全てハーヴェイが放ったモノであった。彼は弓を抜く動作を見せず、矢が風を切る音も聞かせず撃ったのであった。
「流石、自慢のおじさんね……私もまだまだか」
ハーヴェイは木の間を縫い、枝を軽やかに蹴りながら数キロ先まで駆けていた。
「アリシア……魂が妙に小さかったな……まさか……?」彼は何か心当たりがあるのか、森を出た直後に懐から何かしらの装置を取り出し、冥界へ通信を行った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




