44.アリアンの選抜サバイバル Part1
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
バルバロン城の秘書給湯室でカーラはコーヒーカップ片手に頭を摩っていた。懐から薬瓶を取り出して1錠飲み下し、頭痛から解放されるが、悩みは取り除かれなかった。
「精鋭隊の選抜試験に自分も参加する? しかも3日間も? その間、私はどうすれば? 私もその森で狩人を相手に戦いながらアリアンを見張らなきゃいけないの?」面倒くさそうに呟き、頭を抱える。この試験では魔力が封じられ、一般の技術を用いて3日間生き延びなければならなかった。彼女はサバイバルの経験はあったが、3日間のリスクを考えるとあまり参加はしたくないと思っていた。
そこへソルツ秘書長が現れる。彼女はカーラの顔を覗き込みながら近づき、何があったのか問いかける。カーラはため息を呑み込みながらアリアンの精鋭部隊選抜試験の事を説明し、自分はどう立ち回ればいいのか助言を求める。
「……魔力の封じられたダークビルの森でサバイバルねぇ……」ソルツが座る間にカーラは流れる様に紅茶を用意し、彼女の前に用意する。
「あの様子では普通にサバイバルを楽しみたいだけかと思いますが……何か企むなら好都合な場所と機会だと思います」
「そうね、監視の目は必要ね」と、ライターを取り出して火を揺らめかせながら煙草を咥える。ワザとらしく煙をカーラの顔へ噴きかけ、妖し気に微笑んで見せる。
「やってくれる?」ソルツの目の奥が輝き、その光が彼女の目の奥に映る。
「はい、喜んで」カーラはコクリと頷き、給湯室から出て行った。
ソルツはクスクスと笑いながら紅茶を一口飲み、まだ一口しか吸っていない煙草を灰皿に叩き付ける。
「本当に便利な子ね」
選抜試験当日。バルバロン中の手練れが数百どころか数千も集結する。それを見たアリアンは満足そうに微笑み、自分の装備を確認する。と、言ってもサバイバル用の服装にナイフ1本と鉤付きロープを一束だけであり、それ以上は所持しなかった。カーラはいつものパンツスーツの格好に装備を詰めたリュックを背負っていた。
「貴女も付いてくる必要はないんだけど、本当に来るの?」アリアンは心配そうに問う。
「はい、お供します!」カーラはワザとらしく敬礼する。
「ついて来られればいいけど……さて、ん?」参加者へサバイバルの詳しいルールを伝えようと口を開くが、異様な魔力を感じ取る。
その者はこの地域を収めるスネイクス・ブリーズガンであった。彼女は六魔道団のひとりであった。
「楽しそうな催しをするじゃない。報告よりも参加者が多そうね?」
「この様な選抜試験にまで足を運んでくださるとは、恐れ多いです」アリアンは心中でため息を吐きながらも丁寧にお辞儀をする。この選抜試験を催すうえで彼女は幾度もスネイクスの元へ足を運び、資料や報告書、許可書の受け渡しや会議をうんざりする程に行った。やっとの事で実現し、邪魔は入らないと踏んでいたが、彼女が顔を出すのは予想外であった。
「で、見物をするにはどこへ行けばいいのかしら?」スネイクスは厚かましさを含んだ口調で問う。
「……試験を間近で見物したければ、参加しなければ難しいですね。しかし、用意はあります」と、上空を指さして光弾を放つ。するとそれを合図に飛空艇がアリアンの近くへ静かに着陸する。それはただの兵員輸送用の飛空艇ではなく、VIP専用の遊覧船であった。
「これは?」
「見物客用の遊覧船です。この中で食事やお酒を楽しみながら、見物できます。生物反応を見て特定の人物のモニタリングも可能です。コロシアムの特等席とまではいきませんが、如何でしょう?」と、アリアンは微笑を浮かべる。
「用意が良いわね。じゃあ、お言葉に甘えて」スネイクスはふわりと浮き上がって遊覧船へ乗り、そのままダークビルの森の上空へと向かう。
「よし、邪魔者はこれでいい。さて、始めましょうか」アリアンは拡声器を使い、数千人の参加者全員の耳に届くように大声を出す。
このサバイバルはまず順番で風の跳躍台を使って数千メートル上空まで飛び上がり、森へと降下する。その着地点から移動するも潜伏するも良しのサバイバルがスタートする。参加者全員の胸にはバッヂがついており、これを3つ以上集めた者が精鋭部隊の仲間入りを果たす事が出来る。数は多ければ多い程に与えられる仕事と報酬が約束され、魔王軍内での地位も黒勇隊以上に与えられると説明する。
そして重要なのが、アリアンもこの選抜サバイバルに獲物として参加すると言い、場を沸かせた。彼女のバッヂは特別であり、これを手にした者は今のアリアンの地位を得る事を約束すると彼女は言い放った。説明の最後に彼女は小声で「できれば、ね」と自信たっぷりに微笑み、サバイバルがスタートする。
参加者にはバッヂとパラシュートが配布され、我先に風の跳躍台へと駆け、ダークビルの森上空へと飛び上がっていく。参加者らは早速、魔法が使える範囲である上空で脚を引っ張り合い、早速力無き者らが血の雨に変わって森へ降り注いだ。生き残った8割はパラシュートで降下、不要な者は実力と技術ですんなりと森に着地し、早速サバイバルが開始する。
「さて、私も行くか」参加者の殆どが飛び立つと、アリアンも軽くその場で飛びながら手足や首を回し、駆け出す。彼女はパラシュートすら受け取らずにそのまま跳躍台へと駆け寄った。
「え、ちょっと心の準備が……」カーラが躊躇している間にアリアンが跳躍台で曲芸師張りに飛び上がり、錐揉み回転しながら森の上空で大の字に滑空する。
「久々に楽しくなってきたぁぁぁぁぁ!!!」
「うーわ楽しそうだな……森に入ったら魔力が使えないんだよね……行きたくないぃ……でも、ソルツさんの頼みだし……」と、カーラは深呼吸を繰り返しながら頭痛薬を呑み、それを合図に駆け出す。跳躍台で飛び上がった瞬間、ある事に気が付き、悲鳴を上げた。
「パラシュート忘れたぁぁぁぁぁ!!!」
カーラは飛び上がりながら歪なノイズの奔る走馬灯を見ながら上空へと飛び上がり、涙と鼻水を凍らせながら森へと滑空した。
「死んじゃう死んじゃう死んじゃう!!!」
アリアンは森まで数百メートル地点で鉤付きロープを用意し、木に狙いを定める。軽く放り投げると、枝にガッチリと引っかけて着地衝撃を緩和させ、大地へふわりと着地する。
「さて、始めようかな」早速、胸のホルスターに挿したナイフを抜き、枝とツタを回収する。手早く弓を作成し、慣れた手つきで矢も数本削って作り、試しに一本放つ。即席であったが木の幹を貫通する程の威力を誇った。
「いい出来だけど、撃てるのは数回かな? さて……何人、私の元まで来られるかな?」
その頃、カーラはどう地上へ生還するかだけを考えていた。悲鳴は上げていたが思考は至って冷静であった。その結果、何も思い浮かばずそのまま森林へと突入し、枝に顔面を幾度もぶつける。が、丁度いい具合にリュックが木に引っかかり、それで衝撃が緩和されて見事に不時着する。
「た、助かった……」既に上着はボロボロになり、ズボンもワイシャツも破れ傷だらけになっていた。
「さて、アリアンさんはどこかな……私の目的は彼女の監視だからねぇ……」と、独り言を口にしていると、背に2本ほど木片が突き刺さる。熱を感じ取り、振り返るカーラ。
彼女の視線の向こうには大量の木製投げナイフを持った男が目をギラつかせて構えていた。そのナイフは現地で削り作成した代物であった。
「ちょ、ちょっと! 私はバッヂを持っていない監視役で、戦っても意味ないですよ!! ひっ!!」どんなに説明しても相手は問答無用でナイフを投げた。その切れ味は鋭く、木の幹に深々と突き刺さっていた。
「人の話を聞けって!! 私は獲物じゃないってぇの!!!」
如何でしたか?
次回もお楽しみに