42.秘書補佐のお仕事
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ファーストシティの住宅街の一角にあるマンション。そこはバルバロン城で働く魔王軍の一員が住んでいた。そこには魔王秘書の1人であるカーラも部屋を借りていた。彼女は久々の有休をとり、酒瓶に抱き付いてベッドで間抜けな顔で爆睡していた。寝間着には着替えず、仕事着であるワイシャツとズボンのまま眠りこけ、胸元がだらしなく開いていた。
「ん……ぅん? 頭痛ぇ……」不機嫌そうに頭を押さえ、ムクリと起き上る。目を薄く上げながら辺りをキョロキョロ見回し、抱いていた酒瓶を飲み下し、また大の字になって寝転がる。
「あぁ~、一生働きたくない……」この世の終わりの様な声を漏らし、枕に顔を埋める。すると部屋の呼び鈴が喧しく鳴り響き、彼女の耳を貫く。
「ぐぁ!! 誰だよ!! あたしゃ久々の有休中だぞ!! ったくぅ!!」と、重たそうに身体を引き摺りながらドアの覗き窓を睨み付ける。そこには魔王軍の制服を着た若者が立っていた。カーラはなんとか余所行き用の顔を作り、ドアを小さく開ける。
「カーラさん、お休みの所を……臭っ!」吐瀉物と酒臭さが突風の様に彼の鼻を襲う。
「ゴメン、昨日から浴びる程に飲んでいて……で、何?」
「ソルツ秘書長がお呼びです。お休みを切り上げ、城へ顔を出せと」鼻を摘まみながら口にする。
「ソルツさんが? わかった、シャワーを浴びてから向かうわ」カーラは観念した様に口にし、汚れたワイシャツを脱ぎ捨てた。
30分後、カーラはクリーニングしたてのスーツを着用して秘書長室へ向かった。凄まじい香りのハーブティーでうがいをし、香水をふって酒臭さを殺したため、別の意味で異臭を纏っていた。
「お休みの所、悪いわね。急いで紹介したい人がいてね」
「いいえ、いつでも歓迎ですよ」カーラは文句も嫌味も垂れずに応え、背筋を伸ばした。
ソルツが合図をすると、秘書長室にアリアンが入室する。途端に殴られた様な表情を作って鼻を抑え、激しく咳き込む。
「ちょっと、この匂い何? 香水と酒とゲロが混じった臭いがする!!」
「随分と的確ね」カーラは感心する様に呟いた。
「鼻がいいもんで……で、この人が?」鼻を摘まみながら問うと、ソルツが頷く。
「この子が魔王秘書の1人、カーラ。クラス4の風使いで、飛空艇が無くても国内を飛び回れる貴重で優秀な秘書よ。今日から貴女はアリアンの補佐よ」
「そう、よろしくね」アリアンは鼻を摘まみながらもう片方の手で握手する。
「休み中に呼び出されちゃってね。よろしくお願いします」カーラは深々とお辞儀し、香水をもうひと振りする。
「やめて! その香水が鼻に突き刺さるの!!」
互いの紹介が終わった後、アリアンが退室して再びソルツと2人きりになる。秘書長はアリアンの足音が聞こえなくなるとカーラに向き直る。
「で、貴女へのもうひとつの仕事だけど……」
「言うと思った」
「アリアンの監視よ。彼女が妙な真似をしたら、私に報告しなさい」
「何故、その様な? 彼女は信用できないのですか?」
「彼女は元討魔団。世界で唯一の強力なクラス4の光使いよ。実力も六魔道団並で半月もしない内に『魔王の矢』という異名を得た程。ある意味、危険人物なの。もしスパイだったら、魔王軍が内部から破壊されかねないわ。魔王様は信頼しているけど、警戒するのが我々の仕事。故に、優秀な貴女に監視について貰いたいのよ」
「了解です。早速、仕事に移ります!」カーラはお辞儀して退室し、アリアンの後を追う。彼女が待つ部屋に入ると、彼女は早速窓から飛び立つ準備をしていた。
「貴女も一緒に来るのよね?」外出用のブーツを履き、書類を纏めたカバンを手に窓を開ける。
「早速どちらへ?」二日酔いの重たい頭を押さえるのを我慢しながら問う。
「まず黒勇隊本部へ向かうわ。ついて来れる?」アリアンは全身に光魔法を纏って眩く光り、その場にフワリと浮き上がる。
「まぁ、頑張りますよ」カーラも風魔法を纏って飛ぶ準備をする。彼女は若くしてクラス4に覚醒し、飛行できるまでに成長した魔王軍の中でも優秀な使い手であった。
「じゃ、よろしく」と、アリアンは口にした瞬間、光の筋を残して西の彼方へと飛んで行った。その速度は飛空艇以上であり、さながら光の矢であった。
「まじか……そんな速くは無理だって……うっぷ、キツぅ……黒勇隊本部だよね?」と、カーラは今にも吐きそうな真っ青な顔でよろよろとアリアンの後を追った。
バルバロン城を飛び立って1時間後、アリアンは黒勇隊本部に降り立ち、真っ直ぐ総隊長のいる執務室へと向かう。彼女は黒勇隊を心底嫌っており、あからさまに不機嫌な表情を浮かべる。部屋のデスクにはゼルヴァルトがついており、書類整理中であった。
「アリシア、だな?」眼鏡を外しながら問う。
「ゼルヴァルト隊長。ピピス村以来かしら?」5年前、自分が魔王討伐の旅に出るきっかけを作った男であり村の仇であった。
「俺が許せないか?」
「許す許さないで言えば、そうね……許せないわね。まぁ仕事に私情は挟まないわ」と、持参した書類を彼のデスクに置く。
「これは?」
「ローズ・シェーバーに関する報告書よ。彼女が起こした事件、供述内容そして拷問記録。細かく記されているわ」
「ローズ……」彼は表情を強張らせながら書類を手に取り、目を落とす。そこには彼女に行われた数々の拷問の内容が記されていた。これは報告ではなく、魔王からの当てつけの様なモノであった。
「彼女は城の地下から別の場所へ護送されたわ」
「どこへ?」
「それに関して報告義務はないわ」ここで初めてアリアンは邪悪な微笑みを覗かせ、彼を見下す。
「……この5年で……何が遭った? 俺が変えてしまったのか?」
「さぁ? 私の人生を激しく変えたのは確かに貴方よ。でも、こうなったのは私の意志。世界を良くするため。私の様な目に遭う人をより少なくする為、私は変わったの。で、貴方はどうなの? まだここで燻っている気? 元勇者さん」
「……くっ」ゼルヴァルトはあらゆる感情がこみ上げ、軽く混乱し、口を結ぶ事しか出来なかった。
「ついでに教えてあげるけど、黒勇隊は魔王に飼い殺しにされる事になる。新たな組織が立ち上がり、あんた達はせいぜいが六魔道団の小間使い程度に成り下がるわ。これからも頑張ってくださいね」アリアンはワザとらしくお辞儀し、ニンマリと笑顔を残しながら退室した。
「……すまない……」彼女が去った後にやっと喉の奥から出た言葉がこの一言であった。
黒勇隊本部から出た頃にやっとカーラが追いつき、よろよろと不時着する。二日酔いの頭痛に苦しんだ割には早く着いた方であった。
「すいません、万全ならもっと早いんですけど……」
「いえ、別に今日は休んでもいいけど?」アリアンは小首を傾げ、彼女を心配する様に口にする。
「いえ、大丈夫です。次はどこへ?」
「エレメンタル研究所へ向かうわ。強化兵士計画の進捗を確認しに行くのよ」
「了解です。あの、お急ぎでなければ……ゆっくり飛んでくれますか?」
「……悪いけど、急いでいるの。1日にこなさなきゃならない仕事がまだまだあるんだから」と、アリアンは遠慮なく再び光の矢の如く飛んで行った。
「容赦ないね……頭痛っ……うっぷ」と、吐き気を堪えながらアリアンの後を追う様に飛んだ。
そんな彼女を尻目にアリアンは何か違和感を覚えた様に首を傾げた。
「彼女の頭痛、二日酔いだけじゃなさそうね……診て上げようかな」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




