41.地獄の使者
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
サンゴイズ港での逃亡劇から一週間後。マリーとケビンはジェニットのいる武器工房へと向かっていた。マーヴはその場で別れ、フラットマンと情報交換を続けて暗躍するとだけ言い残して去っていった。
ケビンは彼女に吸血鬼の細々とした仕組み、特に自分の呪いを含んだヴァンパイアというものをレクチャーした。普通の吸血鬼とは違い、太陽を恐れる必要が無く、超人的な怪力を出す事が可能であった。
「成る程、じゃあ武器に頼る必要はないかな」マリーはエレメンタルガンを眺めながら口にする。
「いや、痒い所に手を届かせる為にも、何か手に馴染んだ武器を持っておいた方がいい。俺の場合はこの剣だな」
「成る程ね。じゃあ、ジェニットに色々とおねだりしちゃおうかな」はるか先にジェニットの武器工房を捕え、上機嫌に歩む。
その工房では真夜中だというのに灯りが煌々と焚かれ、鉄を打つ音が鳴り響いていた。
2人が「こんばんわ」の挨拶と共に扉を開く。工房内には乱雑に武器、兵器が置かれていた。その一角の一番奥ではジェニットが汗だくになりながら鉄を打っていた。彼女のその物々しさは尋常ではなく、声が掛けづらく、2人はしばらくその場で気まずそうに立ち尽くした。
「こ、こんばんは~」堪らずマリーは彼女の背に挨拶を投げかける。
「ん? あぁそろそろ来ると思ったよ」ジェニットは顔を向けずに口にし、そのまま鉄を打ち続ける。その度に激しく火花が散り、彼女の顔面や身体に振りかかったが、怯まずそのまま打ち続ける。
「こんな夜中にどうしたの?」
「昼は仕事があるからさ。この時間でしか、自分の為に戦えないのよ」
「どういう意味?」
「武器や物資が欲しければ、そこから適当に持って行きなよ。用意しておいたわ」ジェニットは相変わらず鉄を打ち続けながら説明した。彼女の指さす方には武器ケースと大きめのリュック、更に木箱が並んでいた。
「あぁ、ありがとう……その……どうしたの?」マリーはゆっくりと彼女に歩み寄り、肩を叩いた。
するとジェニットはやっと手を止め、汗に塗れた顔を拭き、マリーの方へ向き直った。
「……ベンが……父さんを殺した」
「ベンって、ベンジャミン? え、彼って……」ベンジャミンとは彼女の弟も同然であった。武器兵器の設計や送魔回路の組み立て技術などの腕は彼の方が上であり、ジェニットはライバル視していたが、互いに認め合ってはいた。そんな彼が魔王軍を出て討魔団へ行くと口にし出した時は衝突し、喧嘩別れしていた。そんな彼のいる討魔団がデストロイヤーゴーレムを破壊したという報告を受けたのだった。
「それは、残念だったわね……」
「……いや、正確には父さんは生きているんだけど……ちょっとアタシにも整理が出来ていなくて……でも、あいつはデストロイヤーゴーレムを、父さんの魂を破壊した……いや、こうなる事はわかっていたし……」ジェニットは未だに心の整理がついていない様に混乱した様な口ぶりを覗かせ、頭を抑える。
するとマリーが濡れタオルを用意し、彼女の真っ赤になった肌を拭う。
「少し休みなって……あたしも心の中は滅茶苦茶……互いに休んだ方が良いかもね」
「いや、あたしはやらなきゃ……ベンに会いに行って、色々と決着を付けてやる!」
「決着って?」
「喧嘩の決着……」と、ジェニットはハンマーを手に再び作業を続けようとする。が、マリーがそれを取り上げ、代りに酒瓶を持たせる。
「言ったでしょ? 休みましょ。せめて今夜は」
「……わかったよ。あんたの話も聞かせな……」ジェニットは椅子に腰を下ろし、片手で瓶のキャップを開いて中身を飲み下した。
マリーは一緒にいる筈のケビンのいる方へ顔を向けたが、彼は既にその場にいなかった。ただ大剣と荷だけを置き、外へと出ていた。
「気が利くね、あいつ」と、マリーも椅子に腰掛け、以前の様な味のしなくなった酒を飲み下した。
ところ変わってバルバロン城の地下。ここには魔王の都合の悪い真実を知った者が監禁されていた。その中にはローズがおり、魔王の娘ローリーを誘拐した罪で未だに拷問されていた。彼女は拷問室の真ん中に素っ裸で吊るされ、血と汚れに塗れていた。が、全く弱味を見せず、残った片目は死んでおらず、怯む表情も見せなかった。むしろ隙を見せたら喉笛に噛みつく様な殺気も滲ませており、彼女を進んで拷問しようとする拷問官はいなかった。
するとそこへハイヒールの踵の音が響き、重いドアが開く。
「あら、元気そうね。ローズ?」そこに現れたのはアリアンであった。
「……ん? あ、アリシア? あんたなの?」自分の目が信じられないのか首を振る。
「今はアリアン・ブラックアローよ。今のあんたがローズ・シェーバーである様にね」と、吊るされた彼女の周りを練り歩く。
「魔王に屈したの?」未だに信じられず、唖然とした表情で問う。
「そうね、屈したのかも。今はここで秘書長補佐をやらせて貰っているわ」
「何かの作戦? 城に潜入中とか?」
「いいえ。最近は巷で魔王の矢と呼ばれているわ」と、アリアンは不敵に笑って見せる。
ローズはしばらく黙りこくり、彼女を静かに睨み付け観念した様にため息を吐く。
「で……何をしに来たのよ……」
「貴女をここから出すのよ」
「え?」
するとアリアンは1枚の書類を取り出し、彼女の眼前へ見せつける。そこにはローズ・シェーバーの移送指示が記されていた。
「貴方はこれから送魔施設で死ぬまで働いて貰うわ。あ、働いて貰うって言うより搾り取らせて貰う、の間違いかな? 貴女なら意味がわかるわね?」
「そういう事……まさか、アタシがそう言う目に遭うなんてね……」観念した様に俯き、深い溜息を吐くローズ。が、顔を上げてアリアンの目を睨み付ける。「あんた、本当に魔王に負けたの? アタシはあんたの強さを知っているつもりだった……本当に、あんたは……」
「そう、負けたのよ。あとは他の連中に任せるわ。まぁ、これから私が徐々に潰すんだけどね」と、アリアンはクスクスと笑いながら犬の様に唸るローズに歩み寄り、耳元まで顔を近づける。
「ラスティーによろしくね。あとは任せたよ」
アリアンは真顔でボソリと呟き、直ぐに彼女から顔を離し、笑顔と共に拷問室から出て行く。
「あいつ……どういう事?」ローズは首を傾げながらも身体から奔る傷に喘ぎ、これから自分の向かう送魔施設の事を考える。そこでチューブを繋がれ、延々と肉体が枯れるまで魔力を吸い尽される事になるのだった。だが、最後のアリアンの言葉が引っかかり、複雑な心境になっていた。
「どっちにしろ地獄行きか……」ローズは重たそうに呟き、力尽きる様に項垂れた。
アリアンが執務室へ向かうと、そこには秘書長のソルツが待っていた。彼女は笑顔で迎え入れ、ソファに座る様に促す。
「ここ最近は良く働いてくれるわね。報告書も丁寧だし、各地での貴女の評判はいいわ。でも、小さな強盗騒ぎにまで首を突っ込むのは良くないわよ。あまり仕事を詰め過ぎると、自身を追い詰める事になるわ」
「はい、そこは大丈夫です」アリアンは小さく頷き、微笑む。
「そこで貴女には補佐を付ける事にするわ。中々に優秀な補佐をね」
「秘書長補佐の私に補佐ですか? そうすると、その人の肩書はどうなるのです?」
「そこまでは知らないけど、とりあえずよろしくね」ソルツはそう言うと、その補佐のデータの記された書類をアリアンに手渡した。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




