40.吸血鬼マリー
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
サンゴイズ港から数キロ離れた山小屋。そこへマーヴはマリーを担いで現れ、彼女をベッドに寝かせた。彼は腹部の大火傷に薬草入りヒールウォーターに付けた治療用布を巻き付け、ヒールウォーターを飲ませる。
「げふっ!! がふっ! がぁ!!」腹部から立ち上る激熱痛は今迄に経験の無い苦しみであり、回復水を飲む事すら困難であった。それもその筈で、彼女の腹部に備わる臓器の殆どが焼け焦げ、機能しておらず臍に至っては焼失していた。
「飲まないと死ぬぞ?」マーヴは彼なりに彼女の身を按じ、無理やりにでも飲ませようとする。
「もういい……手遅れだから……」
「お前らしくないな。スティーブの隣にいたのなら、最後まで足掻いてみろよ」
「あんたこそ、らしくないじゃん……」
「そう見えるかもな」マーヴは彼女の言葉に頷きながらも回復水を彼女の喉へ流し込み、吐き出さない様に口を抑える。
彼はスティーブ達と別れ、ガロンに味方していたが、実際は出鱈目な情報やアドバイスを口添えし、捜索を難航させていた。更に今回も反乱軍から逃げ出した連中を締め上げて聞き出し、更に裏切りそうな連中を始末していた。
「スティーブは死んだのか?」
「……あいつのお陰で少しだけ生きながらえているの……アリアン・ブラックアロー……この名前を覚えておいて……あいつだけは許さない……呪い殺してやる!!」腹からの激痛よりも自分達をコケにする様に嬲ったアリアンに対して激怒し、口血を吐きながら唸り散らした。
「まだ長く生きれそうじゃないか、マリー」
「断末魔の叫びって奴よ……」顔色が青くなり、次第に呼吸も浅くなる。
すると小屋のドアが音も無く開き、同時にマーヴが警戒する様に構える。
「落ち着け、彼女の味方だ」入ってきたのはケビンであった。彼はサンゴイズ港周辺で事の顛末を盗み聞いていたが、マリーが逃亡中と聞いた。そこで彼は鼻を効かせ、ここまで追跡したのであった。
「ケ……ビン」
「酷い傷だな……」と、彼は彼女の火傷具合を確認し、頭を抱える。例え優秀な魔法医でも治すのは困難であった。火傷なのでヴレイズに診せればチャンスがあったが、あいにく彼はここにいなかった。
「どうだ?」マーヴが問うと、彼が首を振る。
「このままだと死ぬな。鼓動も弱まっている。生きているのが不自然なぐらいだ……で、最後の力を使って答えて欲しい、マリー」ケビンは彼女の眼をみながら真剣に問う。
「……?」
「吸血鬼になってでも、この世に残りたいか?」
「どういう意味だ?」事情を知らないマーヴは首を傾げる。
「俺が噛み、君の意思次第でなれる。だが、なったが最期、ロクな事にはならないぞ。化け物になり、血に飢え、子も産めなくなる。それでも成したいことがあるなら、俺が案内するぞ」ケビンは犬歯を牙に変えて見せる。
「……ぐっ……」マリーは最期に左腕を彼の前に掲げた。
「意識をしっかり持てよ? 可能性は五分五分だ」と、告げると彼は彼女の左腕に優しく噛みつき、己の呪いを彼女の血管へ流し込んだ。一気に吸血鬼の呪術がマリーの心臓へ向かって流れ込み、身体の隅々まで広がる。次の瞬間、マリーは目を剥いて絶叫し、ベッドが壊れる勢いでもがき暴れた。ケビンは彼女の胸に手を置いて抑え、彼女に木の棒を噛ませる。
「何が起きているんだよ!」マーヴは怯える様に問うた。
「転化って奴だ。レイチェルの時以来か……あまりいいもんじゃないな」ケビンは苦しそうにため息を吐き、マリーの目が徐々に赤く染まるのを眺めた。
その頃、サンゴイズ港では逃げ出したマリーの捜索、そしてアンチエレメンタルショットキャノンで飛んで逃げたソフィー達の逃げた方角を調べていた。同時に飛び散ったガロンの肉片を回収し、更にスティーブをメディカルボックスで延命処置し、搬送していた。
「結局、時間を喰っちゃったわね……」アリアンは忌々しそうな声を漏らしながら後からやってきたガロンの部下や憲兵隊、港の責任者、更にこの地方を収める地主などに状況説明を繰り返し、少々疲れを見せていた。
「アリアン様、で……あのメディカルボックスはどこへ運べば? ヴァイリー博士の研究所ですか?」ガロンの部下が問う。
「いえ、アルバス博士の研究所へお願い。エレメンタルブースターは元は彼の発明であり、ソフィーや彼を捕まえて寄越せと命じて来たのは彼なの。よろしく」
「はっ!」と、スティーブの収められたメディカルボックスは飛空艇へ積み込まれ、北の空へと飛び去っていった。
「さて、今日は残業決定ね……」アリアンは気合を入れる様に栄養剤を飲み下し、腹に力を入れながらその場を飛び立ち、西の空へと光と共に消えていった。
深夜になる頃、ぐったりと眠ったマリーはガバッと上体を起こした。彼女はあれから6時間ほど唸り散らしたが、やがて気を失い、今迄ねむっていた。ケビンはそんな彼女から一度も目を離さずに看病を続けていた。マーヴは壁にもたれ掛ってイビキを掻いていた。
「あたしは!! 何? ん゛! ん?」興奮する様に辺りを見回し、腹を押さえて自分の身体を確認する。ケビンは言葉も無く彼女の目と体温、鼓動を確認する。
「瞳の奥は紅く、体温はトカゲの様に低く、鼓動はゼロ。おめでとう、転化成功だ」
「てんか? え? あたし、吸血鬼になったの?!」今更、自分の身体に起きた事に気付き、初耳の様に首を傾げる。
「これからは自由と不自由の入り交ざった生活になるぞ? 太陽は忌々しく感じるし、食べ物の味は落ちるし、しばらく安眠できなくなるだろうな」
「……安眠? 傷は消えたか……お、腕も生えるんだ。トカゲみたいだな」と、新しく生えて傷ひとつ無い右腕を見て口笛を吹く。
「言っておくがただの吸血鬼じゃないぞ? 俺の呪いは特別だ。血に対する渇きは軽いし、太陽光で消滅する事も無いからな。で……詳しく話してくれるか? あの港で起こった事をよ」彼自身は4人纏めて国外逃亡していると思い、マリーが残っていて内心驚いていた。
マリーは変わった自分の身体に軽くショックを受けながらも、ガロンとの戦いやスティーブ、そしてアリアンについて話した。
「そうか、スティーブは残念だったな」
「えぇ……アリアン……あの女だけは許さない! 見つけ出してぶっ殺してやる!」マリーは生え変わった右拳で力強く握り込む。
「……んぉ? おぉ、マリー! 目覚めたか!」遅れてマーヴも目覚め、安堵した様な顔を覗かせる。
「ぶっ殺すのはいいが、これからどうするんだ? お前と俺、それから……お前、誰?」今更ケビンが問い、呆れた様に笑うマリー。
マーヴは軽く自己紹介をした後、フラットマンから渡された手紙を見せる。そこには現在の魔王軍の大まかな動きと彼らの手助けになりそうな人物の名が書かれていた。フラットマンは密かに彼と通じており、情報のやり取りだけ続けていた。
「この中だとジェニットが信頼できるわ」マリーは見知った名前を目にして指し示す。
「どんな奴だ?」
「魔王軍、ウィルガルムの武器工房の職人よ。丁度いいわ、紹介する」
「ジェニットは最近、荒れているみたいだぞ? 弟分のベンジャミンが出て行って、ウィルガルムも最近は別人の様になったと聞く」マーヴは訝し気に口にし、顎を摩る。
「誰情報よ?」
「フラットマンだ。お前に伝えておけって、昨日な」
「本当に抜け目ないわね、あいつもあんたも……」と、ベッドから起き上がり、自分の身体を確認するように手足の具合を確認し、伸びをする。「前より力強く動ける気がするわ」
「本格的な動き方を教えよう。今は動いていないが、意識をすれば心臓を動かして、今の数倍力強く動く事が出来るぞ。それに……いや、これはまだいいか」と、自分独自で編み出した吸血鬼覚醒術の事は口を噤む。
「それより腹減ったな、マーヴなんかないの?」
「助けられておいていう事はそれだけか?」
「あたしゃあんたの事、まだ許してないからね」
「厳しいなコリャ……」マーヴは頭を掻きながらため息を吐いた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに