36.サンゴイズ港の戦い 後編
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ケビンは短刀を己の心臓に突き立て、吸血鬼本来の戦闘力を引き出す。身体から元仲間へ向けるには悍ましい程の殺気を滲ませ、瞳を真っ赤に染めて襲い掛かる。
アリアンはそれを全てサングラス越しに見切り、神弓から光の矢を放つ。いつものケビンなら攻撃を避けず、ものともせずに襲い掛かった。が、容易に彼女の攻撃を喰らう訳にはいかず、真っ赤な視界ではあったが常人離れした動体視力で全て避けた。
2人の攻防戦は凄まじく、周囲の大木をなぎ倒し、山肌を抉り、天が裂ける程の斬撃と豪矢が飛び交う。互いの薄皮を削り合うが、負傷にまでは至らず一進一退の互角の戦いであった。
ひとしきりの激突の後、2人揃って間合いをとる。
「流石、数百年のキャリアをもつ吸血鬼ね。こんなに手こずるのは久々だわ」彼女の攻撃は全てかすりでもすれば行動不能にできる光の呪術が施されていた。
「俺の方も、こんなにやり辛い相手は過去にも中々いない……流石、アリシアさんだ」心臓の傷が完全回復し、底上げされた戦闘力が平常になり、赤みがかった瞳が戻る。
「まだ続ける? やろうと思えば何日でも続けられそうね」アリアンはハッタリか真実か、余裕そうな笑みを滲ませる。
「何故だ?」
「何が?」アリアンは小首を傾げながらも次の攻撃の態勢になる。
「ヴレイズ、ラスティー、エレン、ロザリア……他にもたくさんの仲間がいただろうが……彼ら全員を裏切り、敵に回しても心が痛まないのか? あんたはそこまで冷たい人じゃない筈だ!」
「……そういう情は全部、青空にでも捨てたわ。もし貴方の望むアリシアに会いたいのなら、天を仰いで日光にでも手を振るのね」と、上空を指さす。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。さ、続けましょうか? おセンチな吸血鬼さん!」アリアンは再び間合いを詰める様に前進し、ケビンの眼前へ迫る。
「わかった、もうあんたはアリシアじゃないんだな。魔王の手下アリアン、覚悟しろ!!」ケビンは再び胸に短刀を突き刺し、彼女の容赦ない攻撃に応えた。
「スティーブ、大丈夫だよね?」コンテナ内でソフィーは心配そうに口にする。施設内では幾度も地響きが轟き、埃がパラパラと舞っていた。
「安心しな。あいつはあたしと一緒。絶対に死なないわ」マリーは自信満々の横顔を覗かせる。
「どうして、そう言い切れるの?」
「簡単よ。あたしと彼には信念がある。皆を守って、魔王に抗う。そういう信念があれば、どんな事をされても死なないわ。それにあんたが一番知っているでしょ?」
「……うん、そうだね」ソフィーは無理やり納得する様に頷き、落ち着こうと深呼吸を繰り返す。
すると、送魔装置の操作を完了させたルーイが戻って来て大砲の座標を計算するコンソールを叩く。
「順調?」マリーが彼の仕事を覗き見る。
「あぁ、予定通り時間を稼げれば何とかなる」冷や汗をダラダラと掻きながらも呼吸を乱さず、慣れた手つきでコンソールを叩き続ける。
「随分とそれを弄るのに慣れているのね、ルーイ」
「ワルベルトさんの下で仕事をすると、よく弄る機会があってね。なんならちょっとした飛空艇の操縦もできるぜ?」
「じゃあ、飛空艇を奪って逃げればいいじゃない!」
「そいつをやると、撃墜されて終わりだ。この国から許可なく離れるのはそれだけ至難の業であり、それを今まさにやっているんだよ」ルーイは滑らかに口にし、レバーを使って巨大大砲の角度をゆっくりと操作する。すると施設全体に地響きが鳴り響き、アンチエレメンタルショットキャノン砲が動き始める。
「もう直ぐだ。あとはコンテナ内で落下位置の調整と計算を済ませるだけだ」
「なんだかよく分からないけど、頼んだよ……」マリーは戦闘が繰り広げられている方角を見据えながら、緊張する様に指先を震わせた。
「ガハッ!!」血達磨になったスティーブは壁がひしゃげる程に叩き付けられ、尻からずり落ちる。エレメンタルブースターの力は持続していたが、ガロンの魔力、剛力、技術の前には歯が立たなかった。
しかし、彼は立ち上がり続け、生きた瞳を彼に向け続ける。
「バカに頑丈な奴だな。本来なら殺さず生け捕りだが……こうなると難しいな」彼はアリアンからは彼とソフィーを生け捕りにする様に命じられていたが、それを無視して彼は手違いを装って殺そうと拳を唸らせていた。
「どうした……こいよ、デカブツ……」千切れた左腕を上げてファイティングポーズをとり、笑って見せる。が、次の瞬間ふたたび巨拳が炸裂し、背後の壁と押し潰される。耳から濃い色の血がドロリと溢れ、目玉がでんぐり返る。前のめりに倒れそうになるが、彼はまた踏み止まり、不自然に揺れ動きながらも再び態勢を整える。白目のままガロンを睨み付ける。
「まったく、クラス4の使い手でもここまで頑丈ではないぞ?」ガロンは再び巨拳を見舞う。彼の突きはただの攻撃ではなく、ボルカディ流の突きであり魔力、技術、大地からの力も含めた絶大な破壊力をもつ拳であった。普通ならアーマーベアどころか突撃象すらも一撃で仕留める事も可能であった。
そんな拳が再びスティーブの顔面にめり込む。額に無数の皹が入り、脳を著しく損傷させ、彼の意識が彼方へ吹き飛ばされそうになる。一般的に言う脳挫傷であり、死んでもおかしくない致命傷である筈であったが、スティーブはまだ踏み止まる。右拳をギュッと握りしめ、全身のあらゆる穴から血が噴き出た。
「なぜだ、何故倒れない! 何故死なない! 何故心臓が動いている?! 不自然過ぎる!」もう幾度も彼を殴りつけたが、未だに死なず砕け散らず、立ち続ける彼を不気味に思う。それどころかプライドすら傷つき、苛立ちを覚えた。
「ぜ……たいに……ここは、とおさ……ない」前後にフラフラと揺れ動きながらも決して倒れないスティーブ。顎は砕け、歯も殆ど残っておらず、舌もズタズタになっていた。
「これで終わりだ!!」
次の一撃が彼の顔面に突き刺さる。その衝撃で右目が破裂して飛び、後頭部の骨も砕ける。ついに彼の足元が消え失せ、膝が砕けて顔面から倒れ込み、血の泉を作り出す。彼の身体には未だに稲妻が燻り、ピクピクと痙攣を繰り返していた。
「やっとくたばったか? いや、まだ心臓が動いているのか?」ガロンは忌々しそうに口にし、彼を幾度も踏みつける。
すると、スティーブの懐から使い古されたエレメンタルブースターが転がり落ちる。反射的に彼は腕を伸ばしてそれを取ろうとする。
「こいつが無ければ何もできない雑魚が……いや、無くても何も出来なかったな!」ガロンはブースターを踏みにじった。
その瞬間、スティーブの身体から雷魔法がフッと消え失せ、ついに動かなくなる。
「時間をかけさせやがって……結局、殺す事にはなったが……ソフィーを生け捕りに出来ればそれでいいだろう」と、ガロンは最後にスティーブの脇腹を蹴飛ばし、大型大砲のコンテナ格納エリアへと足音を鳴らしながら向かった。
スティーブの身体は最早人の形をしたひき肉の様な状態であった。筋肉は潰れ、骨も砕け、頭蓋骨も粉砕して内臓は破裂し掻き混ざっていた。だが、彼の体内は雷魔法による電力と磁力が帯びており、ギリギリ人体を動かせるだけの形を保っていた。トドメに頭を粉砕されたが、彼の意志と魂が肉体の死を許さず、体内のエレメンタルクリスタルが本能的に魔力を迸らせ、ギリギリ破裂を免れた心臓が再び動き出す。脳は崩れてシェイクされていたが、それすらも磁力で形を保ち、血液は魔力循環で補っていた。彼は学ばずして本能だけで雷の回復魔法のひとつである自己蘇生と生命維持をやってのけ、右腕だけを微かに動かした。ズボンのホルスターからフラットマンから渡された新型エレメンタルブースターを取り出す。
それは成功率数百分の一という勝ち目のないギャンブルであり、使うのをためらっていた。だが、彼はもう躊躇する思考もなしにそれを胸に突き刺す。
次の瞬間、彼の身体が蒼白く輝き、周囲の瓦礫をふわりと浮かび上がらせた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




