32.スティーブの物語 Year Four 雄弁か真実か
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
次の日の朝。ソフィーとフラットマンは風使いのパルトゥーの屋敷の鼻先まで近づいていた。フラットマンの奔らせる馬車は普通の馬車よりも速く駆ける事が可能で、一夜で一国を跨ぐほどのスピードで到着する。更に彼は魔王軍の軍旗を掲げ、万一止められても馬車の貨物庫を見せずに関所を通れる許可書まで所持していた。これはワルベルトの息のかかる商人らは皆、持っていた。これは勿論インチキな代物であったが、現場で偽物か見破る事は不可能であった。
「で、ソフィーちゃん。どう立ち回るかもう一度復習するかい?」フラットマンは手綱を握りながら優しく話しかける。ソフィーは快適ながらも貨物庫に息を潜めていた。万一見つかれば、彼女は再び研究所へ戻る事になった。もしくはその場で処刑される事となった。そんな彼女がパルトゥーの目の前に姿を見せるのはまさに自殺行為であったが、フラットマンには考えがあった。
「うん……私はソフィーじゃなくてパム・ストラス。兄さんであるジョン・ストラスを助けて欲しい、だっけ?」ソフィーは奥歯にモノが挟まった様な言い方をしてみせる。
「いいか? 嘘や作り話はきちんと自分の物語のつもりで滑らかに自信を持って話すんだ。そうすりゃ、信じてくれる。パルトゥーは中々のお人好しだ。大丈夫」
「そう……? うん、わかった」ソフィーは何かを悩む様に首を傾げたが、彼の言葉を飲み込む様に頷く。
「さぁ、つくぞ。挙動不審な行動だけはやめてくれよ? 話は俺が進行する。お願いごとの部分だけ君に任せるよ」フラットマンは屋敷の門前で馬車を止め、衛兵に主との約束があると口にして門を潜った。
屋敷の主、パルトゥーは魔王軍の新たな属性使い部隊の養成所教官を務めていた。クラス4でありながら強者特有の奢りはなく、誰にでも優しく接する評判のいい教育者であった。そんな彼は六魔道団のスネイクスに一目置かれており、デストロイヤーゴーレム主導の神器争奪戦の際に内陸部の防衛に当たる様に命じられていた。
「フラットマンが来たか……あの男は胡散臭いが、持ってくる情報は確かだからな……会わなきゃな」彼は嫌そうな表情を浮かべながら身だしなみを整える。性格上、フラットマンの様な商人は苦手であり、内心軽蔑していた。
しばらくすると応接室にフラットマンと連れの女の子が現れ、ソファに座る。パルトゥーは彼らを歓迎する様に紅茶で持て成し、しばらく彼と世間話混じりの情報交換をする。今回の商談は有益なものなのか、パルトゥーは普段よりも上機嫌でフラットマンと会話をした。
それもその筈でフラットマンはパルトゥーが欲しがっていたククリスで書かれた風使いの教本を手土産に様々な情報を格安で提供したのであった。
「今日はいつもよりも気前がいいな。何か裏があるんじゃないか?」パルトゥーは片眉を上げながら彼の隣に座るソフィーに目をやる。
「実はそうなんだ……俺の知り合いの娘から頼みごとがあってな……いやなに、これは俺からの頼みごとでもある。だから色々と安くしたんだ」
「その頼みごととは?」パルトゥーは彼女の口から直接聞くつもりで前屈みになり集中する。
「あ、えっと……私はパ……」ソフィーは言葉を詰まらせ、何かを考える様に俯く。
「どうしたんだい?」
「あ……緊張しちゃったかな? 相手はあの有名な風使いパルトゥーさんだもんな」フラットマンはおどけ笑いをしながら彼女の背を優しく摩る。
「本当に緊張か? フラットマン、彼女の口を利用して私を騙すつもりではないな?」と、パルトゥーは釘を刺す様に口にする。彼はフラットマンを信用しきってはおらず、『商人は気前のいい時は気を付けろ』という持論があった。
「おいおい、アンタはまだ俺の事を信用していないのか? 俺が騙したり利用する様な真似をしたか?」
「俺が口を滑らせた情報をお前に何度か利用された。上に指摘されていないから目を瞑ってはいるが……お前ら商人連中はどうも好かん」と、すっかり2人を警戒し、軽く敵視する。彼はお人好しで有名であったが、警戒すべき相手を選んでいた。
すると、ソフィーがゆっくりと手を伸ばす。
「パルトゥーさん……手に触れてもいいですか?」彼女は精一杯に微笑み、小さな手を彼の前に差し出す。
「……なんだ? 下手な真似はするなよ」と、彼は彼女の手に触れる。
するとソフィーの手を通って今迄の彼女の物語が16年分流れ込む。それは走馬灯以上に早く流れ込んだが、彼の脳裏に濃く焼き付いた。
「おい、何やっているんだよ!」フラットマンはプラン外の事をされて狼狽し、ソフィーの肩を揺らした。
「誠実な人には、正直に話さないと……」ソフィーが手を離すと、パルトゥーは呆けた顔でしばらくボゥッと虚空を眺める。彼の脳内だけでなく、身体全身を彼女の人生16年分が流れて回転していた。ソフィーは相手の水分を読み取る術だけでなく、相手に自分の情報を流し込むことも出来た。
「ぐっ……今のは……君の人生か……」しばらくして首を振り、彼はソフィーの目を見た。すると一筋涙を流し、彼女の傍らに近づいて跪く。
「? なんだ?」フラットマンは何が起こっているのか理解できず、再び狼狽えた。
「ソフィー……君の様な犠牲者はこの国に数え切れないほどいる。全ては魔王の野望、エゴによるものだ……申し訳ない。俺を始めとする使い手らが弱いから……何も出来ず、自分の手の届くところだけを守る事しか出来ず……」と、深く頭を下げる。
「頭を上げて下さい。私の大切な人を、助けて頂けますか?」
「勿論だ……君たちの勇気ある行動は、何も知らない者らは鼻で笑い、害虫の様に疎ましく思っているが……俺で良ければ力を貸そう」パルトゥーは涙を拭きながら笑顔で応え、ソフィーの頼みを快く引き受け、外出の準備を進める為に応接室から退室する。
「……ソフィー、何を見せたんだ?」フラットマンが問うと、ソフィーも涙を拭いながら応える。
「私の人生を……喜びも苦しみも、絶望も感動も嘘なく見せたの。彼の内面は純粋だったからイケると思った」
「内面? 彼の内面をどうやって探ったんだ?」するとソフィーは蜘蛛の糸の様なか細い水糸をヒラヒラとさせた。
「私だって、頑張らなきゃね。入室してから今迄、色々と見せて貰いました」
「……あとで俺に、あいつの頭ン中の情報を見せてくれるか?」フラットマンは冗談交じりに口にし、彼女を褒める様に頭を撫でた。
パルトゥーの屋敷には丸1日かけてやってきたが、スティーブらのいる森へは半日もかからず戻る事が出来た。パルトゥーは風魔法で2人ごと馬車を風で持ち上げ、彼らの誘導する方角へ高速で飛来する。
到着すると、パルトゥーは直ぐにスティーブの元へ駆け寄り、風で彼の身体撫でまわして診断する。
「成る程、傷もさることながら魔石が壊れて魂が剥離しているな。あと数日続くと魂が肉体を離れ、死ぬ事になるな」
「そんな……」ソフィーは目に涙を溜めるが、首を振って我慢する。
そんな彼らに気付いてマリーが上体を起こす。
「早かったね……助けてくれる人は連れて来られたの?」相変わらず頭は熱にうなされ、両手の骨折は昨夜の出来事で再び皹が入っていた。
「君はマリーだね。よく皆を支えている様だ。どれ、少し楽にしてやろう」と、風の回復魔法を彼女に纏わせ、解熱させて両手の骨折の回復を促す。
「こりゃ凄いな……どうやって説得したんだ?」
「後で話すよ。ルーイは戻ってきたの?」ソフィーが周囲を見回すと、上空から呼ばれたように彼が現れ、無音で着地する。
「周囲を警戒していたが、うまく連れて来られたようだな。例の物はここだ」と、懐から魔石を取り出して差し出す。
「君はルーイか。このチームの中では有能なようだが、もう少し皆と話し合った方がいいぞ。信頼にかかわる」と、彼から魔石を受け取りながら口にする。
「なんなんだ? まるで俺らの事を全部知っているような口ぶりだな」ルーイが訝し気な表情で首を傾げる。
「ゴメン、洗いざらい見せちゃったんだよね」ソフィーは俯きながらボソボソと呟いた。
「洗いざらいって、あんた……」マリーは呆れた様に笑いながらも頭の重さから解放され、目の前の風使いを信用した。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




