21.スティーブの物語 Year Three つきまとう悪夢
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
次の日の朝、スティーブは松葉杖をつきながらマーヴたちのいるキャンプへと向かう。彼らはモリーの話も文句もまともに聞かない為、彼に行く様にと頼んだのであった。彼らは連日、酒と肉を食べ、ゲラゲラと笑いながら砦前での戦いの自慢話をしていた。
「マーヴはいるか?」スティーブは呆れた様に頭を押さえながら問う。彼は言われるままにキャンプの奥へと案内され、そこで肉を貪るマーヴと対峙する。
「よぉ、スティーブ! 作戦は上手くいったんだろ? だったらいいじゃねぇか!」
「よくねぇよ……」
先日の作戦の時、マーヴらはモリーの策を聞かず、合図も待たずに砦へ突撃し、喧嘩を売ったのであった。そこから考えなしに数時間にわたって戦い続け、意味の無い負傷者を出したのだった。彼らの言い分では、砦の兵らと戦ったから足止めは出来たと口にする。しかし、実際は砦前でマーヴらと戦った隊と本部へ向かった隊と分けられていた。つまり、何の足止めになっておらず、モリーらは傷ついた身体で森の中に息を潜め、長い道のりを生きた心地せぬまま撤退したのであった。スティーブとアリシアもこの追手には苦労し、九死に一生を得て何とかキャンプに辿り着いたのである。
「だが、皆生還した! 隊が半分に分けられて戦力が削がれたからだ! 俺たちのお陰だろ? それに、俺たちも無傷じゃない! 仲間が何人もやられた!!」
「喧嘩を売るのと足止めをするのは違うんだよ!! いい加減、モリーさんの策に耳を貸せ!! もう次はないんだぞ!!」正直な話、モリー達はマーヴたちの隊と作戦行動を取りたくはなかったが、人数と戦力は多い方が良い為、彼らに頼らざるをえなかった。
「次はない? 何様だお前らは! 俺らがいないと、まともに魔王軍と戦えないくせによ!」と、マーヴはスティーブを軽く小突いて笑う。
「痛ぇ! くそ……」今のスティーブに冗談は通じず、激しく彼を睨み付けて踵を返した。
「お前、変わったな……チョスコにいた頃の方がマシだったぜ?」
「お前が変わらなさすぎなんだ……」と、スティーブはモリーらのいるキャンプへと戻っていった。
その日の夜。アリシアは自分用の小さなテントで装備を整え、ひとり茶を一杯淹れていた。反乱軍らには気さくな笑顔を見せて夕飯や狩りの手伝いをしたが、ひとりの時は参った様な顔色を覗かせ、目を瞑ってため息を吐いた。
「明日には出ないとな……」と、茶を飲み干して火を消し、寝袋に包まる。ここ数日はまともに眠っておらず疲れ切っていた。直ぐに意識が落ち、寝息を立て始める。
そんな彼女の闇の中で女性の悲鳴が鼓膜を引き裂き、心に突き刺さる。その声は母であるナイアの声であった。血飛沫が顔に付着し、嗅いだ事のある異臭が鼻を突く。ナイアは闇の中、鎖で吊るされていた。素っ裸で全身ズタズタに斬り裂かれ、細い針が全身に突き刺さっていた。
そんな彼女の周りを練り歩く一人の女性が電流ロッドをナイアに押し当て、クスクスと笑う。彼女はここ数ヵ月アリシアの夢に出続けるドミノという女であった。彼女は決まった様にナイアを楽しそうに拷問していた。
「やめて……やめてよ!!」アリシアは涙を浮かべ、闇の中でもがく。両手足は思うように動かず、前進も後退もできず、目を瞑る事も耳を塞ぐ事も出来なかった。
ドミノはナイアの腹に電流ロッドで殴りつけ、悲鳴を絞り出す。彼女の股間からは夥しい血が噴き出る。アリシアに見せ付ける様に幾度も殴りつけ、電流を流し、ついには腸が地面へ飛び散る。
「かあ……さん……」
「雌豚が生意気に耐えるからよ。これはあんたには必要ないものよね?」ドミノは地面に落ちた肉片を踏み付けると、アリシアへ顔を向けた。
「何であんたなんか生まれて来たのかしらね? こんな雌豚の空っぽの腹から……」
「いや!! やめてよ!! 母さんをこれ以上、苦しめないで!!」
アリシアは泣きじゃくり、ナイアを助けようと何とか前進する。するとドミノはアリシアに掴みかかり、ぐいっとナイアへ近づける。
「ほら、よく見なさい。強情な雌豚の姿を……」
「あ……り、し……あ……」白目を剥き、引き攣った表情を向け、ナイアはゴボゴボと血を吐いた。
「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」アリシアは闇の中で絶叫し、うまく呼吸できずに泡を吹いた。
「アリアンさん! おい、しっかりしろ!!」異変に気が付いたスティーブは彼女を寝袋から出し、揺さぶった。彼女は汗だくで錯乱し、彼の腕に爪を立て、仕舞には噛みついて唸り散らす。
「……ぐっ……ん……? 夢……また、この夢……」顔面が涙と血塗れになり、震えた手で拭う。
「正気に戻ったか? 良かった」噛まれた傷を押さえながらも水を用意し、彼女に手渡す。
「ごめんなさい……」アリシアは一気にそれを飲み下し、頭を押さえて首を振る。
「大丈夫じゃなさそうだな。どんな悪夢なのか話してくれないか? 話したら楽になるかも」
「……大丈夫。もう、平気だから……」アリシアは悪夢の余韻を噛み殺し、何とか笑顔を作る。
「でも、」
「大丈夫だから……」彼女は念を押し、スティーブの傷を診る。自分が付けた傷痕、噛み痕を治療する。そこから彼女は一言も口にせず、テントへ入った。
「アリアンさん……」無力な自分を不甲斐なく思いながら自分のテントへ戻る。その道中、まだ起きていたソフィーが顔を出し、何が起こったのかを問うた。スティーブは悩み事を打ち明ける様に先ほど起こった事を話し、深い溜息を吐いた。
「……あの人の心は疲労と苦しみだらけ……仲間への想いのお陰でギリギリ立っているけど……何かの拍子で折れちゃうかも。私なら折れているわ」
「何で何も話してくれないんだ……」
「私たちの事は仲間と認めていないみたい」
「悲しいな……くそっ……一緒に戦ったんだから、心ぐらい開いてくれてもいいじゃないか」スティーブは苦しそうに顔を歪め、両拳を握り込む。
「……余り仲間を増やしたくないみたいよ。アリシ、いやアリアンさんの心は真っ二つに分かれそうになっていたわ。暖かい心と冷酷な理性の二つに……」
「ふたつ?」
「あんな心は初めて見た……私なら耐えられない……」ソフィーは思い出し、涙を滲ませる。
「暖かい心と、冷酷な理性……か。てか、相変わらず一瞬触れただけで、どこまでも見えるんだな」スティーブは感心する様に口にし、彼女の肩に触れる。
「まだ自在に操れてはいないけどね……それより、私は回復魔法を使えるようになって、みんなを助けたい……」ソフィーの悩みは上手く自分の水魔法に回復魔法を練り込めない事であった。
「あぁ、互いに頑張ろうな」と、2人は拳を合わせ、テントへと戻った。
夜が明けると、アリシアは荷物を纏め、モリーのテントへ最後のあいさつに向かう。彼女はこれからの事を伝え、ラスティーやワルベルトとのパイプ役になると約束し、反乱軍キャンプを後にした。柔らかな笑顔のまま去ったが次の瞬間、地蔵の様な仏頂面に影を落とす。
「……もうこの国を出たいけど、もうひと仕事してからかな……」彼女は目立つたない様に光の透明化魔法で姿を消し、高速で空を駆けた。
その後、モリーは反乱軍キャンプを他所へ移すと宣言し、今後の行動内容を皆に説明する。
デストロイヤーゴーレム建造阻止の為の破壊工作。魔力エネルギー供給を止める為に送魔所への襲撃。そして各地砦へのゲリラ的襲撃。今回得た情報で次々にバルバロン全域に襲撃地点をマークし、順番に攻撃すると宣言した。
「各々、大変になるけど戦いはこれから! 気合を入れて行くわよ!!」モリーは力強く拳を天へ掲げ、スティーブ達はそれに応える様に鬨の声を上げた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




