20.スティーブの物語 Year Three 撤退作戦
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
「捕獲だと?! 冗談じゃねぇぞ!!」スティーブはスティングの拘束を何とか振りほどき、距離を取った。まだブースターを使用してから数秒しか経っていない為、余裕があった。
「それに、お前は反乱軍の重要なポストにいるのだろう? 色々と聞き出す価値がある」スティングは全身から炎を揺らめかせ、腰を落として静かに構える。彼はモリーと戦った時よりも筋肉を盛り上がらせ、瞳に焔を灯した。黒勇隊の隊長を任せられるだけあって、彼はクラス4のインファイターと正面から戦えるだけの実力を有していた。故にモリーの雷速の攻撃を寄せ付けず、スティーブのクラス4並の攻撃を防ぐことも出来た。
「時間を稼いで、逃げに徹するか……」と、雷速で彼の周囲を駆け回り、攪乱する。
「子供だましだな」スティングは彼の行動パターンを見切り、移動先へと火炎高速移動をする。同時に拳に火炎を取り込み、凄まじい魔力の籠った拳を放つ。
「ぬわっ!!」スティーブは冷や汗ひとつでそれを避け、バック天をしながら距離を取る。
「ふむ、いいぞ」
「あ、あぶねぇ……」真っ黒に焦げて抉れた大地を目の前にし、実力の差を思い知る。このまま戦えば間違いなく捕まるか死ぬ事になるのは明白であった。
「本気を出したら殺してしまうか……炎は絞るか」と、滲み出た火炎を消す。
「くそ……舐めやがって……」内心、もっと侮って欲しいと願いながら稲妻を迸しらせ、拳を放つ。が、片手で止められて間合いの内へ引き寄せられ、同時に腹に強烈な一発がめり込む。「ぐぉう!!」
「意外と脆い」スティングは一瞬で5発もの拳を放ち、スティーブの立派な逆三角形の上半身をベコベコに凹ませ、血反吐に沈める。彼の肋骨は一本残らず粉砕し、内臓に突き刺さった。
「ぐばっ!! げほっ、ぐはっ!!」堪らず膝を付き、止めどなく吐血する。激痛で呼吸も乱れ、クラス4の魔力循環がストップする。
「もう終わりか。少しやり過ぎたか?」
「くそ……だが……」彼の欲しがった相手の侮りを伺い、再びブースターを胸に刺し、無理やり魔力循環を高速化させる。身体の激痛を無視し、足元を蹴り上げて勢いよく砂埃を上げる。スティーブはすぐにモリーの後を追う様に撤退路を駆ける。
が、その先には既にスティングが回り込んでおり、彼の蹴り足が出迎えた。
「がはっ!!」腹部に丸太の様な脚が突き刺さり、破裂した内臓が叩き潰される。彼の鍛え上げた筋肉は一流の格闘技を防ぐことは出来ず、無力に無様に転がった。
「子供だましが……このままでは殺して仕舞そうだ。とっとと気絶させるか」と、スティーブの首に足の脛を当て、頸動脈を潰す。
「あ……が、が……」首が閉まり、意識が蕩ける。このまま闇へ引き摺り込まれそうになるが、スティーブは必死になってもがき続けた。
すると、施設の窓が勢いよく割れ、中からアリシアが光の矢となって飛び出す。彼女は姿を見られずとも出入り口を封鎖され、施設内を駆け回って退路を探し、結局手頃な窓から逃げ出したのだった。
一瞬で事態を察知し、2人の元へ高速で飛来し、スティングの顔面に光球を叩きつける。
「ぬぐぁ!! なに?!」不意を突かれたように顔を押さえたが、両目からは夥しい血を流し、眼球がどろりと流れ落ちる。強烈な光熱魔法によって失明どころか眼球が焼け落ちていた。堪らずその場で転がり、泡を吹く。
「立てる?」アリシアはスティーブの耳元で囁く。
「……ぐ……あ……」彼女の頼もしい声に応えようと身体を動かしたが、無視できない激痛に蝕まれ、下半身に力が入らなかった。
「仕方ないな」と、彼女は彼の大柄の身体をひょいと担ぎ上げ、高速でその場を後にした。その場に凄まじい閃光を残し、森の中へと逃げ去った。
先に撤退したマリーは茂みに隠れていた。目と鼻の先では砦の兵士らが辺りを警戒しながら歩き、上空では兵員輸送機が3機、施設へ向かって飛んで行った。
「くそ……マーヴたちは何をやっているのよ……」参った様に小声を上げ、忌々しそうに空を見る。
そこへモリーもやって来て身を隠す。
「大方、砦の兵力の一部だけを相手取って大喧嘩と洒落込んでいるのでしょうね。あいつらは、足止めと喧嘩の区別もついていない……」
「そこまで馬鹿じゃないと思うけど……ゆっくり戻るしかないわね」
「その腕……早く診せなきゃね」マリーの切断された腕を指さし、溜息を吐く。
「そうね。腐る前に早くしなきゃ……」
と、2人は周囲の様子を探りながら恐る恐ると匍匐前進しながら隠れ家へと戻った。
その頃、アリシアは深い森の中へ身を隠し、スティーブの傷の手当てを行っていた。服を脱がして怪我の具合を診て、鞄の中からヒールウォーターを取り出し、光の雫を垂らす。が、魔法水内では鈍く光り、淀んだ匂いを漂わせる。
「ん? 上手くいかないな……」と、もう一度、光の雫を垂らす。何度も行うが、思うようにいかず、苛立つように頭を掻く。
「ど、どうした……んですか?」スティーブは弱々しく口にする。彼の容態は思わしくなく、顔色も悪く、鼓動も弱くなっていた。大量に出血しており、多臓器不全を起こして死にかけていた。故に、アリシアは高度なヒールウォーターと光魔法の合成を行わなければならなかった。が、情報部施設内での出来事により精神が不安定になり、上手くいかなかった。
「なんで……なんでよっ! くっ!」結局、アリシアはそのままのヒールウォーターを彼に飲ませ、内臓の回復を図った。「どう?」
「……時間がかかりそうですね……」スティーブは辛そうに応え、石の枕に頭を預けて横になる。
「ごめん……まだまだ未熟だな、あたし……」
「十分凄いですよ。あのままだと俺、捕まっていました……」
アリシアは手を光らせ、彼の頭に当てる。痛みを和らげ、安眠させる魔法をかけ、彼を何とか眠らせる。
「……ここで無理に動かしたら死んじゃうな……ヒールウォーターも足りない……」と、アリシアは眠った彼に透明化の魔法をかけて姿を消す。何かを決めた様に立ち上がり、彼女は砦の方へと静かに向かった。
それから3日後。
反乱軍キャンプへスティーブに肩を貸したアリシアが戻ってくる。彼は全身包帯だらけでぐったりとし、彼女に肩を貸して貰って何とかヨロヨロと歩いていた。アリシアは3日3晩眠っておらず、目の下を黒くさせていたが、何とか意識を保っていた。
そんな2人を待っていた様に涙を溜めながらソフィーが駆け寄り、急いでスティーブを医療テントへと運ぶ。そこではマリーが横になり、くっつきたての右腕の指先をナイフで小突いていた。
「やっと戻ったか……生きていてよかったな……」
「……アリアンさんが……助けてくれた……」ベッドでグッタリと横になり、魔法医の診察を受ける。彼の傷は完治していなかったが、命は繋がっていた。アリシアが砦からありったけの医療道具とヒールウォーターを盗み、己の持つ治療技術でなんとか応急処置を施したのだった。
アリシアは疲れ切ったその足でモリーのいるテントへ向かい、任務報告を行った。施設で得た情報の全てを一晩かけて紙に起こし、資料を纏める。
「その身体で大丈夫なの?」モリーは流石に彼女に休息を促したが、アリシアは疲れ目で筆を走らせる。
「大丈夫。眠れないのは馴れているから……」
「眠るとかじゃなくて、休息よ。貴女、あれからずっと彼に付きっきりだったんでしょ?」
「大丈夫」アリシアはさらっと答えて筆記を続けた。
そんな彼女の元へソフィーが現れる。彼女は今の今までスティーブの看病を行い、その合間にアリシアへ礼を言いに来た。
「アリ……アンさん。本当に大丈夫ですか?」手を伸ばした瞬間、アリシアは彼女の手を払い除け、疲れ目で睨み付ける。
「触らないでくれる?」
「ご、ごめんなさ……そんなつもりじゃ……」
「……ゴメン。今は余裕がなくて……」と、アリシアは書きかけていた報告書を破って丸め捨て、頭を抱えてため息を吐いた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




