18.スティーブの物語 Year Three 暗黒の罠
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
エレメンタルブースターを刺すと共に、スティーブの魔石にクラス4の魔力がチラリと灯る。その瞬間、彼の身体に宿った雷電が神経を駆け巡り、筋肉が膨張と伸縮が行われる。あっという間に彼の身体はクラス4の雷使い並の肉体に変わり、瞳が青白く光る。
「ん? 変わった……?」ホッパーマンが首を傾げた瞬間、横っ面に強烈な拳がめり込む。油断した彼は首が千切れんばかりに吹き飛ばされ、10メートル向こう側の地面に転がった。
するとそこへマリーがグレネードガンのエレメンタル焼夷弾を発射し、ホッパーマンの不時着地点を焼き尽くす。
「ほぅ……エレメンタルブースター使いがまだ残っていたのか……」風の魔障壁を展開したホッパーマンは一瞬でばら撒かれた火炎を鎮火させ、殴られた頬を摩る。が、相手がこれ以上喋る前にスティーブは一瞬で距離を詰め、雷拳を振るう。
「悪いが、おしゃべりに付き合う時間はないんだ!」と、高速剛腕の連打を放つ。
ホッパーマンは目を座らせ、それらの拳を全て捌き切り、真空の刃を奔らせる。その斬撃はスティーブの腹に深く命中したが、薄皮一枚しか斬り裂けなかった。眉を顰めながら突風爆破を炸裂させ、距離を取る。
「なるほど。ブースターに甘えていない。きちんと鍛えているな……偉い」
「ちっ、いちいち観察してくるタイプか。苦手なんだよな」スティーブは咳ばらいをしながらブースターを打ち込んだ胸を2度叩く。すると彼のクラス4の魔力循環が緩やかにストップし、もとの無魔力状態へ戻る。これが彼のブースターストップの合図であった。
「しかも自力で魔力循環を止める事も出来るのか。こんなケースは初めてだ。研究所の連中がサンプルに欲しがりそうだな」ホッパーマンはこっそりとホルスターの中に入れた空間記憶装置のスイッチを入れ、これからの戦闘データの記憶を始めた。
「マリー、頼む」スティーブがアイスをすると、彼女は「待っていました」と、言いたげな顔で彼の肩を踏み台にして跳び上がり、両手のエレメンタルガンを乱射した。
「雑魚に用はない」ホッパーマンが軽く扇ぐと、マリーは突風に呷られバランスを崩す。
「侮らないんじゃなかったっけ?」彼女は空中で錐揉み回転しながらも余裕の笑みを覗かせていた。
それを合図に先ほど炸裂した焼夷弾の中から飛び出た細かい魔法粒子が反応し、ホッパーマン周辺に稲妻の檻が展開した。彼は稲妻に阻まれたが、再び風の魔障壁で振り払う。
「子供だましだな。視界を遮るだけが限界だ」周囲に砂埃が立ち、静電気が蛇の様にうねる。同時に彼の左肩にエレメンタルガンから放たれた火炎礫が突き刺さる。
「ちょっと逸れたな」マリーは着地しながら得意げな顔を覗かせ、立て続けに背負ったグレネードガンを発射させる。
「ぬぐっ……猪口才な……くそ、なんだ、この火炎弾は!?」肩にめり込んだ火炎弾は肉や骨を、黒煙を上げながら焼き尽くす。この弾はジェニットが研究を重ねて作り上げた特性弾であった。弾速は遅いが、当たればどんな属性使いにも深く突き刺さる代物であった。
更にいま放たれた弾は炸裂した瞬間、蜘蛛の糸の様な粘液が飛び出し、ホッパーマンに纏わりつく。
「さぁ、どう料理しようか?」マリーは勝ち誇る様にグレネードガンの弾を選ぶように指の中で転がし、素早く装填して銃口を向ける。彼女はあらゆるグレネードガンの弾とエレメンタルガンを駆使してあらゆるクラス3の属性使いを屠ってきたのだった。
「舐めやがって……!」ホッパーマンは粘液の中でイラつきながら暴れた。この粘液は暴れればそれだけ粘り気が出て標的をその場に止める効果があった。次の瞬間、彼女の放った弾から火炎が放たれ、粘液に引火し、激しく燃え盛る。その炎はただの炎ではなく、要塞の鉄扉も溶かす程の高温の炎であり、生半可な炎使いすらも焼き殺す戦術であった。
ホッパーマンは断末魔の声を上げるが、窒息したのか声が途切れて動かなくなる。
「大したことない奴だ」得意げな表情をするマリーであったが次の瞬間、そよ風が薙ぎ、彼女の右腕が肩口からポロリと墜ちる。「なっ!?」
「あまり上等な使い手と戦ってこなかった様だな」彼女の隣からいつの間にかホッパーマンが現れる。彼は粘液を被る前に風の幻術で離脱し、今迄、演技をしながら潜伏していた。焼かれた左肩は高濃度ヒールジェルで回復させ、既に神経が繋がって筋肉組織が再生を始めていた。
「くっ……成る程。風の蜃気楼による幻術か……侮った、けど……見たよね?」マリーは落ちた片腕を拾いながらスティーブの背後まで飛び退き、急いで治療キットを取り出す。
「あぁ、十分だ」スティーブは得意げに笑い、再びブースターを胸に刺した。
「術はまだまだあるが……お前は正面から打倒してやろう」ホッパーマンは左肩を回して首の骨を鳴らし、魔力循環を高めて筋肉を隆起させた。
「いい仲間を持っているな。反乱者」スティングは仁王立ちのまま副隊長と互角に戦うスティーブ達を見て嬉しそうに呟く。
「そう言うアンタらは、何の為に戦っているの? 魔王の為? 国の為?」モリーはいつでも殴り合える魔力を蓄えながらも問いかける。
「……今や大儀は魔王様に、このバルバロンにある。それはククリスにも、討魔団にも無いモノだ。お前らこそ、魔王様を倒したその先を見据えているのか?」スティングは鼻で笑いながら問い返す。
「さぁね? それは魔王を倒してから考えるさ!!」モリーは拳を振るい、スティングの横っ面にめり込ませる。
「その程度の考えの拳の重さはこの程度か……この程度の戦士は勇者の時代の頃、飽きる程に殺してきた!!」スティングは身体に炎を揺らめかせ、腕を組んだまま回転蹴りを放った。それが彼女の胸に命中し、施設壁まで吹き飛ばされ片膝をつく。
「くっ! 流石、黒勇隊隊長を務めるだけあるわ……」血唾を飛ばし、目をギラつかせて立ち上がった。
「ほぅ、私の回し蹴りを喰らって立っているとは……楽しめそうだ」彼は組んでいた腕を解いて両腕に火炎を纏い、初めて構えた。
「私の回し蹴り、か。道理で値踏みするような蹴りだったわけだ。出来ればここで潰したいけど……時間稼ぎしか出来なさそうだな。悔しいけど」胸骨に皹が入った痛みを感じ取り、溜息を飲み込みながら構える。
その頃、アリシアは情報を粗方漁り終えていた。反乱軍や討魔団への有益な情報を沢山収集でき、今回の作戦は成功の様にも思えていた。が、上手く行きすぎており、罠の可能性が脳裏に過る。だが、あらゆる可能性を考え尽してもここからストルー反乱軍や侵入者であるアリシア自身を嵌める様な気配は微塵も感じ取れなかった。
「(警戒し過ぎかな?)」アリシアは声を出さずに笑い、ついでに最後の部屋の前に立つ。そこは風の気配で探り当てた隠し部屋であり、本棚を操作して動かす扉で阻まれていた。彼女は背表紙を舐める様に観察し、1冊の本を傾ける。すると音も無く本棚が動き、真っ暗な部屋が現れる。
そこへ足を踏み入れた瞬間、足先が凍るような冷たさが襲う。
「(まずい!!)」と、言う間に彼女の身体を闇が蝕み、眼球が真っ黒に染まる。
「ナイアではないな……その娘、か」
彼女の眼の前にはスーツを身に纏った魔王が現れる。彼はこの部屋に住み着く意志のひとつであり、魔王本体とは繋がっていなかった。
「ま、魔王……っ!!」幻影に向かて光を放とうとするが、指先からは光はおろか魔力を込める事すらできなかった。彼女の肉体は直立したままであり、意識は闇の中へ捕らわれていた。
「ここはお前の母親であるナイアを捕える為の部屋だ。あの女なら見つけ出し、侵入すると思ったが、まさかお前が来るとは……」
「母さんを捕まえる為の罠にかかったのか……くっ! 力が……」体中闇の鎖で雁字搦めになり、身動きが取れなかった。
「ナイアの娘か……この場で魂を闇で揉み潰してやってもいいが、クラス4か。ふむ、心が衰弱しているな。迷いを感じるぞ? それに呪術で蝕まれているな? 毎日の様に悪夢を見ているな?」アリシアを診断する様に口にし、彼女の周りを練り歩く。
「精神分析でもするつもり? 殺すなら殺したら?」鋭い目つきで言い放ち、虚勢を張る。
「殺さないさ……ここまで出来上がっているなら、後は簡単だ……俺様の仲間になれ」鼻先まで近づく魔王。
「誰がなるか!!」
「お前は人類にウンザリしているだろ? 他人の物を容赦なく奪い、相手の生活の事も考えずに土地を蹂躙する。世界を回って、お前の心は憎しみで蝕まれている。お前のクラス4に目覚めた切っ掛けは『怒り』だな? そうだろ?」
「だから何だ!!」
「そんなお前だからこそ、俺様の仲間になるに相応しい……お前はそんな世界にウンザリしながらも、それでも手を差し伸べようとしている。人類を見損ないながらもだ。俺様と同じだ……」
「同じ……?」
「どれ、俺様の心を少し見せてやろう」と、魔王は彼女の後頭部へ手を触れ、更に漆黒の闇を送り込んだ。
「やめろ……やめろ!!」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




