13.スティーブの物語 Year Two 船の行方
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ!
スティーブは体力も根性も振り絞り果たし、身動きできずその場に大の字になって倒れる。肺が裂ける程に呼吸を繰り返し、軽く走馬灯を見始めていた。両脚の先は爪が剥がれ、足裏は筋肉が剥き出しになり、真っ赤な靴下を履いているようになっていた。
「さぁ! あと少しだよ! 立って!」ソフィーは彼の腕を掴んで勢いよく引っ張る。
「……ま゛、ま゛っでくれ……」身体は引き千切れそうに痛み、とても立ち上がれそうになかった。
が、彼女の必死の訴えが心臓を強く動かし、不思議と力が沸いた。彼女に肩を貸して貰い、ヨロヨロと立ち上がりながら貨物船へと向かう。
この港町では既に一戦交えた後なのか、あちこちから火の手が上がっており、ところどころに魔王軍兵が転がって目を回していた。
「急ごう! はやく!!」ソフィーははやる気持ちを抑えられずに彼を力強く引っ張る。
「いでぃ、いでぃ、いでぃ……もう少しゆっくり……」真っ赤な足跡を作りながら彼女の歩幅に合わせて歩くスティーブ。無理が祟り、白目を剥いて吐血し、その場に崩れ落ちる。
「お願い立って!! もう目の前なんだよ!!」彼女が指さす先には、彼らが乗る予定の船が今まさに出港しようと怒りを上げて帆を張り、出港の鐘を鳴らしていた。
「わかっている……わかっているが……」涙ながらに再び立ち上がろうとするが、胃の奥から熱さを感じると同時に再び吐血し、己の作った血だまりにダイブした。
それを見てソフィーはようやく彼が瀕死である事を理解した。
「ご、ごめんなさい……そんな……どうすれば……」
「おいていけ……ひとりで……いくんだ……」と、囁くように口にする。
「そんな……1人でなんて無理だよぉ……」ソフィーは涙声で訴え、彼を揺さぶる。
すると、貨物船がゆっくりと港を離れ始める。
「あっ……船が……!」
「まだ間に合う……行け……行け!!」スティーブは最後の力を振り絞り、ソフィーの背を押した。
ソフィーは先ほどの力強さは何処へやら、弱々しくトボトボと船の方へと向かう。が、独りでは心細く、今にも死にそうな彼を置いていく事に心が締め付けられて堪らなくなり、その場で声を上げて泣き始める。膝を折って蹲り、過呼吸を起こす程に大泣きし、その声が港の通りへと響いた。
ついに貨物船は湾へと航行を進め、泳いでも追いつけない場所まで行ってしまう。
が、それと同時に貨物船上空が紅色の雲が広がり、稲妻の様な熱線が奔る。同時に火の粉の雨が降り注ぎ始める。
「……? ……きれい」ソフィーは眼前の光景を目にし、無邪気な感想を述べた。
次の瞬間、貨物船が爆炎に包まれ始めた。帆に着火して穴が空き、マストが折れ、甲板がボロボロに砕け散る。1人の空飛ぶ炎使いが必死になって火の粉の雨を魔障壁の傘で防ごうと頑張っていたが、努力虚しく船が傾く。
「スティーブ! スティーブ!!」倒れ伏した彼を揺り動かし、眼前で起きる悲劇を伝えようとする。
「はやく、行けって……」彼は事態を把握しておらず、意識は朦朧としていた。
「間に合っていたら死んでいたかも……」
「え?」彼はそこでやっと顔を上げ、霞んだ瞳で炎の嵐を目撃する。
すると、同時に沈みかけていた貨物船が一気に赤熱化して爆散した。2人はポカンと口を開いて目を真ん丸にした。
「の、乗れなくて良かったのか……」彼は複雑な思いで釈然としないまま再びその場に倒れ伏した。
「ら、ラッキーだったかな?」と、ソフィーは小さくため息を吐きながら彼を物陰へと引き摺った。
しばらく港町は凄まじい激突音や火炎旋風、瓦礫の雨が降り注いだ。上空では炎使い同士が殴り合っており、それをソフィーが黙って見上げていた。
「すごい……」
その隣でスティーブは足先の痛みに呻きながら苦しそうに咳込み、彼も上空の戦いを見物した。
「2人ともクラス4だな……凄い戦いだ……」上空の2人は自分の戦いのレベルとは比べ物にならない激戦を長時間続けており、憧れの眼差しを向けていた。
しばらくしてその戦いは決着が付かないまま片方が吹き飛び、もう片方が逃げて幕を閉じた。
2人が乗る筈だった貨物船は跡形もなくなり、残っているのは燃えカスとなった木片が浮かぶばかりであった。
「……これからどうしよう……」ソフィーは再び泣きそうな声で震わせ、彼を潤んだ瞳で見た。
「マーヴたちと合流して、その反乱軍を頼るしかない……かな? でも悪いが、一歩も動けないんだ……助けを呼んでくれるか?」
「う、うん……」実際、2人とも賞金首であり、気軽に助けを頼める身分ではなかった。更に彼女はいろんな意味で世間知らずであり誰に声を掛けていいのかわからなかった。
しかし、その場に留まっている訳にもいかず、勇気を出して通りへと出て周囲を見回す。港町には多くの反乱軍鎮圧部隊が駆けつけており、反乱軍の生き残りを探し回っていた。更に魔王軍本隊も来ており、今回の戦いで倒壊した瓦礫の除去作業を開始していた。
「どうしよう……わかんないや……」ソフィーは流れて行く人々の中でおどおどと立ち尽くし、涙ながらに鼻を啜る。
すると、背後から何者かが彼女の肩をムンズと掴んだ。彼女は小さく呻きながらも振り返る。
「間に合わなかったのか……残念だ」
その者は遅れてやって来たマーヴであった。彼は万が一に備えてこの港町にやって来ていた。さらに遅れてマリーとフラットマンが馬車に乗ってやって来る。彼女から事の顛末を聞かされ、3人とも違ったリアクションを見せた。
「間に合わなかった……けど船は沈められた……か……不幸中の幸いって奴ね」マリーは彼女を慰める様に頭を撫でて優しく抱きしめる。
「これでスティーブも俺たちと行動を共にする事になるんだな。で、あいつはどこだ?」マーヴは心なしか嬉しそうに口にし、辺りを見回す。
「パトリックが動き、互角以上だったか……ヴレイズとフレイン……噂通りの使い手の様だな」船の事や2人の事よりも、炎使いに興味があるのか、周囲の噂話に聞き耳を立てるフラットマン。
その後、彼らは満身創痍のスティーブをこっそりと馬車の荷台へと積み込み、早々と港町を後にした。フラットマンは気前よく無料で治療セットを渡し、慣れた様にマリーが彼の脚を手当てしてヒールウォーターを飲ませる。
「頑張ったね……こんなになるまで奔った人は見た事が無いよ」励ます様にマリーが優しく笑いかける。
「でも間に合わなかった……船は沈んだが……間に合わなかったんだ……俺のせいで」自分の不甲斐なさに押し潰されるスティーブ。
「間に合わなかったお陰でお前らは今も生きているんじゃないか!」マーヴは事実を述べて励まそうとするが、マリーが後頭部を叩く。「いで! 何すんだよ」
「そういう話じゃないんだよ、バカ」呆れた様にマリーはため息を吐きながらも、啜り泣くソフィーの頭を撫で続けながらもスティーブの呼吸と脈を確認する。
「で、お3方……いや、4人か。どうしますか? このまま反乱軍のストルーに紹介しましょうか?」馬車の手綱を操作しながらフラットマンが口にする。
「あんたの言うなりになるのは面白くないけど……それしかなさそうかな?」マリーが面白くなさそうに口にした。
「いや、待て……」すると、スティーブが目を覚まして上体を苦しそうに起こす。
「何か問題でも?」
「その反乱軍も、ボディヴァ反乱軍と同じ末路なんじゃないか?」彼は意外と冷静な事を口にし、フラットマンの後頭部を睨む。
「おや鋭い、と言いたいトコロだが……あの不器用な貴族崩れとは違い、モリー・ストルーは反乱軍にしては狡猾且つ器用に立ち回っていてね。そう簡単に殲滅されるような事はない。それに、入るか入らないかは自分で判断すればいいだろ? もし入らないなら、俺の用心棒になればいい」と、彼は横顔を見せてニヤリと笑った。
「誰がお前の用心棒なんか……」と、4人はこのまま1週間かけてストルー反乱軍の根城のあるビーボルブ国へ入国した。
如何でしたか?
次回もお楽しみに!