12.スティーブの物語 Year Two 港へ急げ!
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
朝飯前にチョスコ首都へ辿り着いたスティーブ達は路地裏へと隠れながら目的地へ向かう。彼らはフラットマンが隠れ家にしているアパートへと向かっていた。
「そこにいるのは確かか?」マーヴが心配そうに問う。
「1か月前にギルドに顔を出して、暇があれば来いってここの住所を置いていったんだ。間違いない!」と、自信満々で歩を進めるスティーブ。
「その武器商人に主導権だけは握られないようにね」マリーは警戒する様に眼をキョロキョロさせ、腰のホルスターに挿したエレメンタルガンをいつでも抜ける様に用意する。
「……大丈夫かな……?」ソフィーは心配そうに3人の顔色を伺い、小さくため息を吐く。
しばらくしてスティーブが記憶する住所のアパートに辿りつき、裏口から入り込み、3階の一室のドアを激しくノックする。少し間を置き、フラットマンがにやけ面で顔を出す。
「来ると思ったぜ。まぁ入れよ」彼はあっさりと4人を招き入れ、ドアに鍵を掛けた。
「流石、耳が早いな」スティーブは部屋を見回しながら口笛を吹く。室内には鞄がいくつも置かれ、あらゆる武器が乱雑に置かれていた。
「お前、いい時に指名手配されたな。昨日今日と、ボディヴァ家の反乱軍が暴れているから、お前の事は誰も注目していないぞ」と、今朝張りだされた4人の手配書を取り出して手渡す。そこには『スティーブ2000ゼル』『マーヴ1500ゼル』『マリー3000ゼル』『ソフィー5000ゼル』と、記されていた。
「そりゃラッキーだな! ……なのか?」スティーブは手配書を受け取り、眉を顰める。
「俺、安いな! もっと高くていいだろ?!」マーヴは納得いかない様に自分の手配書をくしゃくしゃに丸める。
「3000……魔王軍の裏切り者でもこの程度か」と、自分の似顔絵を人差し指で弾く。
「5000ゼル……なんで私が一番高いの?」ソフィーはいまいちわかっていない様子で首を傾げた。
「状況整理だ」フラットマンは手を叩き、チョスコ全土の地図を床に広げる。
現在、4人は早々に賞金首に躍り出てはいるものの、ボディヴァ家反乱軍のお陰で注目されていなかった。逃げるには最高のタイミングではあったが、国外へ逃げる手段が無かった。
「で、提案なんだが……俺と組んでいる別の反乱軍と合流する気はないか? モリー・ストルーっていう女傑がリーダーなんだが……」フラットマンが口にした瞬間、マリーがエレメンタルガンを向ける。「おっとぉ?」
「あんたが主導権を握ろうとするんじゃないよ。情報だけ渡せばいいのよ」凄みを効かせるように睨み付け、トリガーに指をかける。
「情報が欲しければ、それなりの誠意を見せてくれないとな? つまりは金なんだが……」
すると、スティーブが一歩前へ出てフラットマンの眼を見る。。
「俺、この1年でどれだけあんたに稼がせてやったと思う?」
「そこまで馬鹿じゃないんだな、お前」フラットマンは感心する様に口笛を吹く。
スティーブが今迄請け負っていたギルドハンターの仕事の殆どはフラットマンから回されていたモノであった。それによってギルドからは一定の報酬を受け取ってはいたが、フラットマンはその結果によって多額の金や情報、人脈を手に入れていた。
「別にその稼ぎの半分を寄越せとは言わない。ただ、俺達……この子だけでも国外へ逃がせるような情報をくれって言ってるんだ……」
「……あるにはある……が、半々の賭けになるぞ? 確実に逃げられるわけじゃない。しくじれば全滅は必至だ。だから、別の反乱軍へ紹介しようとしたんだ」
「その賭けっていうのは何だ?」マーヴが問うと、フラットマンはため息交じりに地図上のチョスコ港を指さす。
「今日の正午あたりか? 国外へ向かう貨物船が出るんだが、その船はボディヴァ家の反乱軍300人弱が乗って逃亡する予定になっている。それに相乗りさせて貰うんだ」
「良い手じゃない? どこが半々なの?」マリーが首を傾げながら問う。
「まず、いつ出港するかわからない。下手をすれば出港する5分前かもしれない。もうひとつは、魔王軍の追手に沈められるかもしれない。もしかしたら、やる気を出したパトリックが沈めに来るかもしれない。中々危険な賭けだろ? だが、この船を逃せば……国外逃亡への機会はしばらく巡ってこないかもな」
「なぜそれを早く言わない!! 直ぐ出発するぞ!!」
スティーブは慌てた様に立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「おいおい! ここから港町まで馬を使っても1時間はかかるぞ? もう遅いと思うがな」フラットマンは諦めている様に両腕を上げて眉を上げ下げする。
「だが……間に合うかも……」と、口にした瞬間、遥か遠くから爆発音が轟いた。それは港町方面ではなく、内陸方面であった。
「アヴェン砦での戦いは佳境かな? もう遅いと思うぞ?」フラットマンはこのチョスコで起こっている事は全て把握しているのか、地図を見ながら口にした。
「だが……諦めきれねぇよ……ブースターを使って全速力で走れば……っ!!」
「彼女を連れてか? 万一成功しても、彼女は無事には済まないぞ。それに、お前の身体で何秒もつんだ?」
「くっ……」と、周囲の物を見回す。大きなトランクがいくつも転がっており、そのうちの一つを開いて中身を取り出す。
「何のつもりだ?」
「このトランクに彼女を入れて、俺が担いでダッシュする!! 今の俺なら1分は走れるし、1分あれば……っ」スティーブは自信ありげに力説し、地図を叩く。
「……無茶な……1分でどこまで行けるんだ? それに平坦な道でもないし、船は……」フラットマンが口にすると、マリーがエレメンタルガンを額に押し付ける。
「やってみなきゃわかんないでしょ? 行動に移せなきゃ、アンタの言いなりになるだけ、でしょ?」
「無茶苦茶な……そこまで言うなら、好きにしろ。上手くいかなくても、俺に文句を言うなよ!」と、フラットマンは面白くなさそうな顔を見せた。
スティーブとソフィーはアパートから出て駆け足で首都の出入り口である大手門へ向かう。マリーとマーヴは着いていけないので、しばらく身を隠し、フラットマンの誘いに乗るかどうかを見極めると言った。
「準備は良いか?」今更冷静になって無謀な賭けだと思い直しかけ、後悔に腸を喰らわれ始めるスティーブは、自信なさげに口にした。
「私はいつでも」と、彼女はトランクを水魔法で満たし、中で縮こまる。こうする事によって多少の衝撃は水魔法で吸収できるため、安全は確保できた。
ソフィーは事の無謀さを理解できていないのか、彼の事を信頼しきっており、何も疑わない顔で彼を見た。その表情が彼を勇気づけ、走ろうという気がまた沸々と湧き上がる。
「よぉぉぉぉぉし!!! やるぞぉぉぉぉぉ!!!」
トランクが閉まると同時にスティーブは担ぎ上げ、勢いよくブースターを胸に突き刺す。同時に地面が燃え上がる程に駆け出し、そのまま10数キロの道のりを走った。彼の雷魔法任せの俊足で真っ直ぐ突き進む。彼の駆ける大地は黒く焦げ跡が残り、周囲に突風が巻き起こって木々を丸坊主に変え、葉っぱが吹き荒れた。
トランクの中は当然凄まじく揺れ、ソフィーはゴツンゴツンと頭をぶつけたが、彼を信じて小さく丸まり、港到着まで全身の痛みに耐えた。
30秒が経過する頃、彼の筋肉がビクンと痙攣し、速度が落ちる。目は充血して視界が真っ赤になり、鼻血が噴き出す。靴は脱げて脚の裏はボロボロになり爪が吹き飛ぶ。それでもスティーブは脚を止めなかった。
50秒が過ぎると、トランクを落としそうになるが、両手でがっしりと掴んで奥歯を食いしばった。全身を駆け巡る稲妻の力は流石に弱まり、力が抜けそうにるが、それでも彼は脚を止めなかった。
60秒が過ぎた途端、全身を巡っていた雷魔法がついにピタリと止み、スティーブの速力がみるみる弱まり、ついには止まる。トランクだけは落とすまいと踏ん張ったが、ついに力尽きて地面にそっと置き、そのままスティーブは苦しそうに呼吸をしながら倒れ伏した。
トランクが開くと、中からたんこぶだらけになったソフィーが転がり出てくる。多量の水を吐きながらも無事なようで咳き込みながらヨロヨロと立ち上がる。
「つ、ついた……の?」
「……わ、わからない……ついたか? どうだ……?」身じろぐ事も出来ずに突っ伏したスティーブは片腕だけパタパタと動かしながら問うた。
「……ん? わ! すごい!! 真ん前! 真ん前!!」ソフィーははしゃぐ様に指を差しながら彼の頭を叩いた。目の前にはチョスコ港町の看板が出ており、潮風が彼らを出迎えた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに