10.スティーブの物語 Year Two 約束と裏切りと拳
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
次の目的地に移動中、スティーブはマリーに歩み寄り、苦言を呈していた。
「あのボビー軍曹って何だよ……折角、捕縛出来たのにさぁ……仇がどうのって、終わってからやれよ……」と、苦そうな表情を向ける。彼は仕事中なるべく死者を出さない主義であった。例えギルドからの命令でも、とりあえずは捕縛して摘まみ出していた。ターゲットが野生生物であった場合は仕方なく狩っていた。それ程、彼は目の前で人が死ぬのに抵抗があった。
「あの使い手連中は小手先が器用でさ。封魔の錠がないと、隙を見て逃げられちゃうんだよね。確実に捕縛するには……錠がないと」
「お前が忘れたヤツか」彼が呆れた様にため息を吐くと、彼女は唇を噛んで震える。
「ゴメン……酒やめようかな……」と、項垂れる。
「……じゃあ、次の2人も確実に捕縛できないじゃないか。どうするんだ?」
「……そう言われればそうね」2人は先を歩くボビー軍曹の背中を見て不安そうに首を傾げた。
次の目的地は町外れの古い工場跡地であった。ここは以前、ボディヴァ家が所有する製糸工場であったが、魔王軍が来てボディヴァ家ごと取り潰され、工場も取り壊されるのを待つばかりであった。
「ここにさっきみたいな奴が2人もいるのか……確かか?」マーヴが問うと、ボビー軍曹は腕を組みながら頷く。
「もちろんだ。黒勇隊からの情報は正確だ。辿り着いたのは昨夜。片方は怪我をしていて、そう簡単には動けない。もう片方は14歳の少女だ」
「って事は、簡単に済みそうだ……ってか、水使いだろ? 回復魔法とかで一晩で傷を……?」スティーブが疑問に思い、訊ねる。
「いいや、脱走者3名とも水使いではあるが、回復魔法は使えない」
「水使いなら、みんな回復魔法を使えると思ったのか?」マーヴが揶揄う様に肘で小突く。
「そうなのか……で、突入するか? それとも、さっきのヤツ同様、炙り出すか?」スティーブはボビーが下手な真似をしないように伺いながら口にする。
「怪我人でも少女でも、相手は特殊な使い手でしょ。油断すべきではないわ」と、マリーは素早くグレネードガンにガス弾を装填し、窓へ向かって構える。
すると、スティーブが彼女の腕を掴んで降ろさせる。
「なにするの?」
「相手は怪我人と女の子だろ? 保護するって言えば、大人しく出てくるんじゃないか?それに保護は間違いじゃないだろ? 捕縛よりスムーズだろ」と、スティーブはゆっくりと廃工場へ歩み寄り、錆びついたドアを優しく叩く。
「え~っと……何ていえばいいんだ?」
「とっとと出てこい、をやさしく言えばいいだろ」と、マーヴもドアを叩く。
「あー……ギルドから派遣されてきました。怪我人がいると聞きましたが……」と、口にした瞬間、ドアが勢いよく開き、鼻をぶつける。「あ゛いでぇ!!」
「助けて下さい!! どんどん顔色が悪くなっていて!!」
出て来たのはローブを身に纏った小柄な少女だった。
「おやおや……思ったよりも普通に少女だったな」マーヴはにぃっと笑ったが、その顔を怖がったのか少女は後退った。
「おいおい、怖がらせるなよマーヴ。大丈夫か? 俺はスティーブ。君は?」
「ソフィー……です。あ、貴方達は助けに来てくれたのですか?」と、余裕の無い表情を見せる。
「はい、保護しに来ました。怪我人を見せてもらえますか? 取り敢えず、手持ちの応急処置キットでどうにか出来るかやってみましょう」彼女を怯えさせない様に優しく語り掛ける。
「あ、ありがとうございます!! こちらです!!」と、ソフィーは彼に言われるがままに廃工場内へ招き入れ、奥のソファに座らせた仲間の元まで案内する。
その者は研究所を脱出した時に受けたエレメンタルガンの一撃を腹部に受けており、今は布を押し当てているだけであった。
「ソフィー……こいつらは何だ? 不用意に信用なんかするな……」その男は警戒しながら上体を起こし、水糸を片腕から伸ばした。
「落ち着いて! 診療所へ連れて行くから、まずは傷を見せてくれ。このキットでマシにはなるからさ!」と、スティーブは相手を安心させるようにやさしく笑い掛ける。
「ま、その通りだ。信じてくれよ」と、マーヴも付き合う様に笑顔を見せる。
するとそこへボビー軍曹がツカツカと割って入り、エレメンタルガンを構えて使い手の男に向かって引き金を引く。あっという間に3発撃ち込み、スティーブらが反応する前に事は終わってしまう。
「お、おい!! テメェ何て事をしやがる!!」流石のスティーブも激怒し、彼に掴みかかった。
「捕縛は1人でいい。それに、安全に捕縛するなら少女の方が都合いいし、怪我人は邪魔だ。どうせ研究所に連れて行っても死体にされる。ここで殺しても問題ない」と、冷たく言い放ち、手早く手錠を取り出してソフィーを後ろ手に拘束する。
「いやだ!! あそこへは戻りたくない!! よくも騙したな!!!」彼女は声を上げて泣き叫び、その場でもがいた。
「うるさい娘だ」と、ボビーは彼女の腹を殴り付けて気絶させる。
「お前、やり過ぎだぞ!!」マーヴも前に出て彼の肩を掴むが、ボビーが彼の額にエレメンタルガンを押し付ける。
「これが仕事だ! 情けで台無しにするなら報酬はナシだぞ。この程度の働きで10000ゼルだ。ハンターには大金だろ? 違うか?」と、彼を見下す様な顔を見せながらソフィーをまるで物の様に引き摺る。
「テメェ……」スティーブの目の前にはカッと目を開いて絶望の顔で死んだ使い手が転がり、耳にはソフィーの嘆きの声が張り付いていた。
「何だ? これは魔王軍の、自分よりもっと上からの司令なのだ。逆らえば、魔王軍に逆らうって事になるぞ」ボビー軍曹はスティーブの声色から敵意を感じ取り、釘を刺す様に口にした。
「結局、サンシャインシティでも……バルバロンだとどこでも同じって事か……強い奴には逆らえないってか」スティーブは乾いた笑いを零し、指の中でエレメンタルブースターを転がす。
次の瞬間、彼は胸に押し当てて魔力を全開放し、憎きボビーの顔面を打ち抜いていた。彼の顔面は殴られた事すらも認識できないまま顎が砕けて吹き飛び、廃工場の壁に激突した。
その音を聞いてマリーが慌てた顔で入ってくる。
「万一を考えて外で待っていたけど、どういう事?! この顔面が潰れたヤツはボビー軍曹? 使い手にやられたの?」と、目の前で起きた事を整理しようと落ち着く。
「スティーブ……気持ちはわかるが、これは……まぁ妥当か……でも、どうするよ」マーヴも胸のすく思い出だったが、眼前で起きた事は魔王軍を敵に回す行為に同じであった。
「悪い、つい……力加減が出来なくて……まさか、死ぬなんて……本当に、悪かった」スティーブは初めて人を殴り殺した時の感触をその腕に思い出し、吐き気を催していた。
「だめだ、やっぱり私も一緒に中へ行くべきだった……説明してくれる?」マリーは一応スティーブに向かってエレメンタルガンを向けた。
スティーブとマーヴは、たった今起きた事を彼女に説明し、観念した様にその場に座り込んだ。マーヴはその場で腕を組み、参った様にため息を吐く。
「つまり、この娘を助ける為に、魔王軍に喧嘩を売ったわけね……」
「どうしよう……何も考えずにやっちゃった……でも、あまりにも頭に来たんだもん……」スティーブは反省しながら弱った顔を見せ、これからどうするかを悩んだ。1年前にエレメンタルブースターを初めて使った時と同じような気分になっていた。
「俺も頭に来たが、まさかここまでとはな。絶命以上のなにものでもないぞこりゃ」マーヴは壁に張り付いたボビー軍曹を見ながら口笛を吹く。
「……成る程……で、あいつを殴り飛ばして、これからどうする気? あたしの事も張り倒して逃げる?」マリーはエレメンタルガンを肩で担ぎ、何かを考える様に唸る。
「いや……あんたの事は傷つけるつもりは……でも、この子をどうかしようって言うなら、やり過ぎない程度には抵抗する!!」スティーブはエレメンタルブースターを片手に身構える。
「そう……じゃあ、あたしの答えを」と、鋭い目を向けた瞬間、エレメンタルガンをボビー軍曹の死体へ向けて3発ほど撃ち込む。それを見て2人は仰天して目を剥いた。
「……はぁ?!」
「あたしも共犯になってあげる」と、彼女は立ち上る煙を吹き消し、ニヤリと笑った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




