2.魔王の矢
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
バルバロン国西部ボンカード地方。ここは六魔道団のひとりパトリックが治める領土であった。この領土に詰めている兵たちは皆、海岸沿いの領地へと出向き、復興活動に勤しんでいた。その為、3か月前の激闘で身体を休めようとしていたパトリックは休めず、珍しく書類仕事に勤しんでいた。
「ったく、動ける奴は皆、チョスコにサバティッシュへ出向いてしまったから……こんな雑務まで……」と、自分で直接書類を取りに出向き、執務室へと戻る。
その書類の中には『スティーブ・サンダーブレード一行の討伐』というものがあった。それを睨み付け、溜息を吐く。
「これを私が直接行くのか? 正直……六魔道団の仕事じゃないだろ、これ? っても……」と、頭を抱える。彼がいつも命令を下している兵士たちや雇っている傭兵団の全てが復興活動へと向かわせている為、こういった小さな雑務を命ずるに丁度良い者がいなかった。
すると、そこへ昼にも拘らず一筋の流れ星が飛んで来る。それは緩やかに領主館の屋上へと降り、流れる様にパトリックのいる執務室へノックと共にやって来る。
その流れ星の正体とは、アリアン・ブラックアローであった。
「お仕事中に失礼します」
「ん? これはこれは秘書長補佐殿いらっしゃい。お茶でも淹れましょうか?」と、席を立つパトリック。
それを遮り、懐から書簡を取り出しながら机の上の書類を取り上げるアリアン。
「お構いなく、こちらは魔王様直々の命令でございます」
「ふむ……どれ」パトリックはそれを受け取り、目を走らせる。彼は何も興味なさそうに表情を変えず、読み終わる。「……で?」
「こちらは我々が預かります。彼らの処分は私が行います。よろしいですね?」
「そう言われると、気になるな。この反乱者連中が何だというんだ?」片眉を上げながら問う。
「重要なのはこの一味の中の、ある人物の捕獲です」
「ある人物……?」と、もう一度確かめようとアリアンが取り上げた書類を確かめようと手を伸ばす。が、彼女は素早く懐に仕舞う。
「私の手に渡った瞬間からこの事案は私の物です。追手の兵や使い手も私が手配しますので、手出しは無用です。では」と、一礼して彼女は執務室を去ろうとする。
すると、パトリックが炎で扉を塞ぐ。
「新参者が随分な態度じゃないか。本城の秘書長補佐がナンバー2の様に振る舞って……先日もウルスラの仕事を横から奪ったそうじゃないか? しかも地元の大強盗団を壊滅させたとか……」と、アリアンよりも頭ひとつ大きいパトリックが見下ろしながら言う。
「出しゃばり過ぎだと? 私は飽く迄、魔王様の命で動いています。黒勇隊は他の命で動かせず、ファーストシティの兵たちも海岸沿いの地方へ出向き……六魔道団の貴方達に任せると、ギルドに丸投げしていつまで経っても解決しない……だから、私が来たんです」威圧する様に眉を吊り上げ、背筋をピンと伸ばす。彼女の魔力はパトリックに勝るとも劣らなかった。
彼の言う通り、アリアンは3か月前からいきなり秘書長補佐に任じられ、バルバロンのあらゆる地方へと光速で飛来し、グダグダになっている重要な仕事をあっという間に解決し、去っていくやり手であった。既に『魔王の矢』という二つ名がついており、六魔道団の中でも一目置かれ、パトリックの様なプライドの高い使い手らは面白く思っていなかった。
「……この仕事には誰を使う気だ? また自分で解決する気か? 活躍は下の者にさせないと、組織は成長しないぞ」
「魔王様にもそう言われましたので、私が選んだ使い手を向かわせます。もういいですか?」と、アリアンは冷めた表情で彼の顔を見返し、サングラス越しに睨む。
「わかった……精々、汚点は点けないようにな。アリシア」
「アリアン・ブラックアローです! お間違えない様に!」と、彼女は勢いよく扉を閉め、振り返ることなくまた光速で飛び立った。
「……ふんっ……あんな小娘をナンバー3に置いて、何を考えているんだ? 魔王様は……」と、パトリックは机に戻り、仕事を再開させた。
その頃、廃砦ではケビンとスティーブが激突していた。正確にはスティーブが一方的にぶつかり、ケビンがそれを受け流していた。
「雷魔法の高速循環……中々の練り上がりだが、ロザリアさんはおろかスカーレットにも満たないかな……残念だが」と、唸る。
「誰に満たないってぇ?」額に血管を浮き上がらせ、激高しながら襲い掛かる。
彼の攻撃は稲妻を撒き散らし、辺りのモノを焼け焦がした。目にも止まらぬ高速でケビンの周りを奔り回っていた。
「ん~ 俺から言わせれば3流の使い手かな? それに、道具に頼っている様じゃ……」と、口にした瞬間、彼の頬に拳がめり込む。
「頼って、悪いかぁ!!!」スティーブは殺気に満ちた眼光を向ける。が、彼の右拳はケビンの芯には一切届いておらず、揺れてすらいなかった。
「頼ってこの程度かって言ってんだよ……」ケビンは呆れながら口にする。彼は腕を組んだまま一歩も動いておらず、かすり傷もなかった。
「確かに、お前の強さはわかった……だが、そんな強いお前をほいほいと仲間の内に入れて、壊滅させる訳にはいかないんでな……」スティーブは片膝をつき、呼吸を荒げる。すると胸を抑えて吐血し、震えた両手を地面につく。
「まずい! 時間切れだ!」と、マリーと呼ばれた女が大型エレメンタルガンを担ぎながら見張り塔から素早く降り、ケビンに銃口を向けながらスティーブを揺さぶる。
「時間切れ?」ケビンは首を傾げながら問う。
「今回は36秒か……50秒いかなくなってきたな……」マリーは両眉を下げながら奥歯を噛みしめる。
すると、ケビンの項に透明な糸の様なモノが近づき、ツンと触れる。
「ん? 冷たいな」と、彼は直ぐに気付いて手で払いのける。
「大丈夫、この人は魔王の手先じゃないよ!」
廃砦の瓦礫の影から小柄な女性がひょこっと現れる。
「ほ、本当か……?」ゴボゴボと吐血し、口血を拭ってふらりと立ち上がる。
「だから言っているじゃないか。ってか、守っているのはその子か……」
「ソフィーといいます。私は、水使いで……人の水分を読み取って心を読む能力があるんです」と、小さく口にする。
「へぇ~ エレンさんの他にもいたんだぁ~」
「エレン? なんなんだ? ロザリアとかスカーレットとかエレンとか! 討魔団にはそんなに凄い人材が揃っているっていうのかよ?」スティーブはいきり立ちながら彼に詰め寄った。
「そんなもんじゃないぞ? そんな所にお前らを連れて行くと思うと……ま、ラスティーの命令だから仕方ないか」と、またため息を吐くケビン。
「何なんだよ!! 俺たちの事を値踏みしやがって! そんな事を言うなら俺たちだけでこの国から抜けてやるよ!! ふざけやがって!!」スティーブは彼に背を向け、マリーとソフィーを呼ぶ。
「あっそう……で、お前らはどうやってこの国から逃げるんだよ? プランはあるのか?」
「……くっ……」スティーブは面白くなさそうに奥歯を噛みしめ、舌打ちをする。
「……スティーブ……私達だけじゃ逃げられないと悟ってお願いしたんじゃなかったの?」ソフィーは諭す様に問う。
「そうだよ、魔王軍を本気で怒らせて、半数以上をやられたの、忘れたのかよ」マリーも釘を刺す様に口にし、横腹を小突く。
すると、スティーブはぎこちなく回れ右をし、ケビンの目の前まで近づく。
「……確かに俺たちは弱い。が、弱いなりに頑張っているんだ……手を貸してくれ」
「頭が冷えるには早いな。ちょっと事情を聞かせてくれよ。あと、飯にしないか?」と、ケビンはまだスティーブには目を向けず、廃砦へ気安く入ろうとする。
すると、背後から何かを感じ取り、すぐさまバック天をして睨みを利かす。
「隠れているのはわかっているぞ? 何者だ?」
「ぅえ? 刺客か!?」マリーはすぐさまエレメンタルガンを構える。
「当然だな……戦闘準備っぐ……」と、先程使った金属筒を胸に刺そうとする。が、それを拒否する様に腕が痙攣し、取り落とす。
マリーがそれに気付き、2人の前に立ちながら金属筒を拾い上げ、2人の盾になる。
「あんたは彼女を守りながら砦に入りな。ここはあたしとそいつでやるからさ」と、親指を立てる。
「悪い……」と、彼はソフィーを守りながら廃砦へと入って行く。
ケビンは口笛を吹きながらニヤリと笑う。
「あんたがここのリーダーか?」
「お目が高いねぇ。残念ながらあたしはリーダーって柄じゃないよ」マリーはエレメンタルガンをケビンが睨む向こう側へと向ける。
「そうか。だが、あんたの手出しも無用かな?」ケビンは正面から漂う殺気を受け止めながら静かに笑った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




