204.アリアン・ブラックアロー誕生
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
イモホップ港の被害状況を確認し、怪我人などの救助を終えたヴレイズ達は輸送機の前に集合し、報告会を行っていた。ヴレイズは司令官の『死』をキャメロン達へ伝える。
「な・る・ほ・ど・ね」キャメロンは頬杖を突きながら口にする。彼女は今後を考える様に小さく唸り、彼の目を見る。
「俺は取りあえず本部へ戻り、今迄の戦いに関する全てを報告するつもりだ」
「それが懸命ね。で、あたしは……討魔団を抜けようと思う」キャメロンが口にすると、回りの隊員たちが声を揃えて驚きの声を上げる。
「それは本気か?」ヴレイズが問うと、彼女は静かに頷く。
「ボスのいない討魔団に興味は無いし、レイやエディの下で戦う気もない」と、未だに痛む身体を捩じって寝転がる。
「これから、どうする気だ?」
「そうねぇ……あたしはあたしの討魔団を立ち上げようかな。で、何かしらの風が吹いたら……また一緒に戦えるかもね?」と、キャメロンは彼の目を見ながら意味ありげに微笑む。
「そういう事か……」
「で、皆はどうする? このまま本部へ戻る人は?」と、見回す。すると、隊員ら8名は皆、口をそろえて彼女に付いていくと意思表示をした。未だ深く眠るエルも、薄眼を開いて小さく手を上げる。
「じゃあ、戻るのは俺だけでいいか?」と、ヴレイズは仲間の輪から外れた場所でポツンと座るベンジャミンを見る。
彼は未だに呆けた様な目で遠くを眺めていた。
そんな彼の傍へキャメロンは身体を引き摺りながら近寄り、肩を叩く。
「あんたはどうするんだい?」
「僕は……もう戦いたくない、と思っていました……でも、誰も怯まない。ヴレイズさんもキャメロンさんも、エルさんも……みなさん、こんなにボロボロなって……僕はまだまだ子供なんだなぁって思い知りました」と、静かに涙を流す。
「何言ってんの……いつ死ぬかわからない作戦を成功させて、親とまで戦って……あんたはよくやってる。ボロボロになって立ち上がれなくなるのは当然よ。で、そんな自分を情けなく思えるのは、自分に厳しすぎるかな? あんた、何才? まだ12かそこらでしょ? まだまだ甘くてもいいのに……生意気なんだから」と、彼の頭を優しく撫でる。
そこで彼は声を上げて泣き出し、彼女に甘える様に身体を預けた。
「そんなにストイックに戦いたいなら、ウチにくる? 歓迎するよ、ベンジャミン」
「はい……っ!」鼻水を啜りながらも彼は強く答えた。
「いい返事だ……って事で、この輸送機はあたしらが貰うから、そう伝えといてね~」と、キャメロンは図々しい声でヴレイズに向かって手を振った。
「うん……ん?」
神器争奪戦と、後の世で語り継がれる戦いが終わってから数日後。バルバロン国内ウロボ地方北部のホワイティ・バールマン診療所の玄関口でハーヴェイが立っていた。
「行くのか?」コーヒーカップを片手にホワイティが口にする。ディメンズは既に先に旅立っていた。
「彼女の事は頼んだ。ここにいれば、魔王の手は届かないだろう」彼の言う通り、ホワイティは魔王と協力関係にはあったが、親密ではなく、魔法医療技術の提供をすれば不干渉でいてくれるという契約をしていた。その為、この場所に魔王軍がやって来ることはなかった。
「これからどうするつもりだ?」
「決まっている。魔王討伐の為、暗躍する。アリシアを助け、討伐の為に……戦う」ハーヴェイは仮面の下で奥歯を噛みしめ、彼女の事を想いう。
「そうか……君は新たな肉体を手に入れたようだが、既に精神年齢相応のガタつき方をしている。このまま戦い続けたら、じき無理が来るだろう。あまり、突っ走り過ぎない事だ」と、錠剤の入った小瓶を手渡す。
「これは?」
「肉体疲労を無理なく回復させる薬だ。飲んだら眠くなるから、寝る前に飲むと良い」
「助かるよ。そこら辺の薬局に置いてある奴よりは役に立ちそうだ」と、懐に仕舞う。
「当たり前だろ? 私を誰だと思っている?」と、手を上げておどけて見せる。
すると、ナイアを車椅子に乗せたヴァン(エリック型人造人間)が横切る。
「おぉ、ヴァン。散歩へ連れて行くのか?」ホワイティが気さくに話しかける。ディメンズは最後まで人造人間に馴れないまま別れたが、彼は直ぐに慣れて良き助手として接していた。
「いい天気なので、日光浴に」と、ハーヴェイに会釈してそのまま出かける。
「いい判断だ。太陽光は身体に良い」
「……あいつに任せるのはどうかと思うが……元がエリックの人格だ。エリックを信じるよ」と、ハーヴェイは苦笑しながら診療所を後にした。
ヴァンはナイアを木漏れ日の下へと連れて行く。彼は今日の新聞の内容を優しく読み聞かせていた。彼女はぼんやりとした目で俯いたままだった。
すると、太陽の光が不規則にチラつき、影の落ちたナイアの顔を照らす。彼女の瞳に一瞬輝きが戻り、顔を見上げ、片手を弱々しく上げる。
「アリシア……いる……の?」彼女は小さく呟き、またカクリと顔を落とした。
バルバロンの首都、ファーストシティに朝が来る。郊外にある小さな一軒家で黒髪の女性が目を覚ます。朝は決まってシャワーを浴び、ショートヘア―をウィンドクリスタル搭載のドライヤーで乾かす。肩にタオルをかけ、後頭部を吹きながら目玉焼きとベーコンをフライパンで焼き、トーストを更に乗せ、新聞を読みながらコーヒーを淹れる。砂糖もミルクも入っていないそれを一口飲みながらトーストにバターを塗り、そのまま淡々と朝食を摂る。
しばらくして下着姿のまま窓ガラスの向こう側を眺め、鳥の飛ぶ方向や獣らの足音、鳴き声に耳を傾け、安堵する様に微笑む。
そのまま彼女はワイシャツに袖を通し、ズボンを履き、黒いジャケットの袖を通して滑らかな動きでネクタイを締める。その佇まいはさながら魔王の様であった。年齢にそぐわない萎びた手先を隠す様に真っ黒な手袋を嵌め、サングラスを掛ける。
家を出ると、彼女は軽快な足取りでバルバロン城へと向かい、そのまま正面の城門を潜る。城兵や中で働く者らに会釈をしながら自分の仕事部屋へと進む。中に入ると、デスクの上には書類が山と積まれていた。これが本日の彼女の午前中のノルマであった。
ため息を吐く事も無く彼女は椅子に座り、淡々と書類を片付けて行き、ものの1時間で終わらせ、軽く伸びをする。
そこへ秘書長ソルツが現れ、本日のミーティングを軽く済ませ、親し気に世間話をした後に彼女と同時に退室し、魔王のいる執務室へと足を運ぶ。
「ここには慣れましたか?」ソルツは彼女の仕上げた書類を満足そうに読みながら問う。
「城内はすでにあたしの庭って感じですね。これから各地を仕切る領主や六魔道団の方々に挨拶をしてこようかと。この国内に蔓延るゴミの掃除も兼ねて……」と、手袋をキュッと嵌め直す。
「それは良いですね。その度に、魔王様や私へ報告を忘れぬように」
「わかっております」と、執務室のドアをノックする。返事と共にドアを開け、朝の挨拶と共に頭を下げる。「おはようございます、魔王様」
「おはよう、アリシア・エヴァーブルー」
「いえ、今のあたしの名は……アリアン・ブラックアローです」
「そうだったな、失礼。仕事には慣れてきたようだな……この国に蔓延るゴミを掃除したいとか言っていたが……具体的にはどんなゴミだ?」魔王は朝のコーヒーに砂糖とミルクを入れて良くかき混ぜ、一口飲む。
「……魔王様に仇なす……所謂、勇者気取りのゴミ共の始末を……」サングラスの向こう側は殺気を我慢した様な鋭い目をしていた。
「それは勇者の時代の終わりと共にいなくなった筈だが?」
「いえ、討魔団なんて連中に感化され、燻っていた火が再び各地で狼煙を上げつつあると報告を受けています……その者どもを、悉く……屠ってまいります」と、アリシアだった者は静かに語った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




