202.絶望の砲撃
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
デストロイヤーゴーレムの破壊に成功したキャメロン一同は輸送機に揺られながらイモホップ港を目指していた。大作戦を成し遂げた彼らであったが、笑顔の者はおらず、遠い地平線を眺めるだけだった。それもその筈で、この作戦で輸送機計6機中5機が消滅し、キャメロンの兵らは8名程度しか残っていなかった。
その中でも輸送機の助手席でベンジャミンは魂が抜けた様になっていた。育ての父であり、設計者としての師であるウィルガルムを、そして彼の最高傑作たるデストロイヤーゴーレムを諸共消滅させたのである。故に彼の心中は嵐の様に渦巻いており、ただぼぅっと虚空を眺めるだけであった。
その中でヴレイズは未だに危険な状況の続くエルの容態を確認していた。
そんな彼をミランダは注意深く観察し、彼の体内に流れる魔力循環を研究していた。
「そんなジロジロ見ないでくれませんか? 集中できませんよ」彼女には顔も向けずに口にするヴレイズ。彼の施している延命魔法は初めて行っているため、少し集中が途切れば再びエルの心臓が止まる危険性があった。
「それは済まなかった」ミランダは面白くなさそうに鼻を鳴らし、窓の外へ目を移す。
「私の80年近くは何だったのだろうか……」
彼女は目に涙を浮かべながらため息を吐く。ミランダはゴッドブレスマウンテン山頂で80年以上もの間にシルベウスの下で修業を積み、風魔法だけでなく呪術や魔力循環技術、他の属性魔法の知識も自分の物とし、あとはクラス5に目覚めるだけだと自負していた。が、実際はこの戦いで彼女は格下だと思っていたヴレイズの戦いの観察するだけに終始し、今になって己の未熟さを思い知っていた。
「80歳には見えないけど、あんたいくつなの?」包帯だらけになって身動きの取れないキャメロンが退屈しのぎにとミランダの言葉を拾う。
「貴様には!!……いや……」宮殿にいた頃の自分を戒め、言葉を飲み込む。
「貴様には? 何?」
「……私は100年程前に生を受け、生涯風魔法の探求を続けていた。寿命を誤魔化す神通力で身体は若いまま、時間を忘れて修行に励み、いざ下界に降りて来たら……このザマだ。更に、私の半分も生きていない若者に技術を追い越されてしまった。なんだか情けなくなってしまってな」ミランダは晴れ渡った空を眺めながら口にする。
「勉強ばかりで、いざ実戦に出たら机上で学んだことが通じなかったってか……そういう兵隊は腐るほど見てきたし、死んでいった……あんたはまだ運がいい方よ。こう考えたら? その80年間、牢獄にいて、やっと自由の身になれたって。これからは好きに生き、好きに学べるって。生きた学問を学べるってさ」
「なるほど……牢獄にいた、か……牢獄で一番になったと思い上がっていただけか……」と、ミランダはまた涙を流し、弱々しく笑う。
「ま、これからあんたがどう生きるか、ゆっくり決めたら? なんならあたしらと共に戦う? 少なくともあたしは歓迎するよ?」
「考えておこう」
しばらくすると、地平線の向こう側にイモホップ港が見え、その更に奥に小さくスレイヤーフォートレスの頭が覗いた。
「さて、あそこで偉そうにどっしりと構えるボスに作戦報告をしようかね!」と、キャメロンは傷だらけの身体を無理やり起こし、窓を覗き込む。
すると急に視線の先で大爆発が起こり、巨大な火柱が起こる。衝撃波が数キロ先である筈の輸送機にまで届き、激しく機体が揺れる。
「なんだ! いきなり何が起きたぁ!?」乗組員たちは思い思いの不安を口揃え、窓に顔をくっつけた。
「まさか、ウチの飛空艇が?!」キャメロンは眼を向いて仰天する。
「どういう事だ! 外ではどうなっている!!」エルから目を離せないヴレイズは外の様子が気になるが、平常心を保って延命治療を続ける。
「私が見てこよう。港町も大変な事になっている」ミランダは颯爽と輸送機から飛び出し、すぐさまイモホップ港へと飛んで行った。
イモホップ港はスレイヤーフォートレスの大爆発に巻き込まれ、火の雨が降り大変な騒ぎとなっていた。
その事態を見ていたベンジャミンは眉を顰めながらも冷や汗を掻き、奥歯を鳴らした。
「あれが完成していたのか……」
バルバロン城内の執務室に戻った魔王はネクタイを緩めながら椅子に深々と背を預けた。
「あぁ~~~~~~~~~疲れたっ!! ソルツ! ソルツゥゥゥゥゥゥ!!!」と、秘書長を呼びつけるベルを喧しく鳴らす。
しばらくすると慌ただしいハイヒールの音と共にソルツが現れる。彼女は地下深くの拷問室から出たばかりで、シャワーで染みついた悪臭を拭っている真っ最中であり、ベルの音で早々に切り上げ、ほんの数秒で執務室に参上した。
「如何いたしましたか?」眼鏡を上げながら余裕を装い、おしぼりを手渡す。
「ん……夕刊とブラックコーヒーと、甘いケーキを頼む。うんと甘いのね」と、顔におしぼりを乗せ、力を抜きながら唸る。
「承りました」
「それと、例の光使いをヘッドハンティングしてきた。今は医務室を貸している。落ち着いたら何か着る物を用意して、城内の案内を頼む」
「確かエヴァーブルーの娘を……我々に降ったのですか……母親が聞いたら泣くでしょうね」と、薄ら笑いを覗かせる。
「ナイアが泣こうが喚こうがどうでもいい。取り敢えず、優秀な光使いをやっと手に入れた。重要なのはそこだ」
「はい。で、コレが本日最後の仕事です」と、彼女はついでに持参した報告書を彼の机に乗せる。
「はいはい……ローズの処遇?」と、1枚の報告書を手に取り、目を顰める。
「一応、地下深くの牢獄で拷問を始めていますが、どのぐらいの期間続けるのか、と」
「俺様の娘の誘拐に加担した裏切り者だ。内部の見せしめとして、生かさず殺さず嬲ってやれ。肉体が崩壊すればヒールタンクへ入れ、正気を失ったら耳にヒールウォーターを流し込んででも生かし、とことん苦しめろ。で、その拷問を事細かに記録し、黒勇隊本部へ送ってやれ」魔王は黒勇隊の半数以上が反乱を企てているという事に気付いていた。その見せ占めには丁度いいと、あえてローズの拷問を見せ占めにしようと考えた。
「承りました」
「ん~他は面倒なものばかりだな……用は済んだし、泳がせておいた連中を悉く踏みつぶしてやるか。手始めに、イモホップ港に停泊している討魔団の戦艦だ。アレは元々我々の飛空艇だ。新兵器でとっととやってしまえ」
「承りました」と、ソルツは魔王の命令を淡々と記憶し、頷く。
「で、コレが重要なんだが……ケーキはアーモンドたっぷりのチョコレートケーキで頼む」
「魔王様、もうすぐ夕飯ですので……」
「やだ!! 今日はもう疲れた!! 夕飯前にデザートを食べたい!!」おしぼりを落とし、頬を膨らませた顔を向ける。
「だめです!!」
「……夕食後のデザートに、チーズケーキも付けろ!! 魔王様の命令だ!!」
「……承りました」ソルツは小さなため息を吐き、丁寧にお辞儀をして執務室を後にした。
バルバロン国ファーストシティの南に位置する港には、360度回頭する超巨大な大砲が設置されていた。それはまさに、ホーリーレギオン基地に置かれた大砲の元となった兵器を改良した代物であった。これは無属性ではなく、稲妻を纏った砲弾を超高速で放つ大砲であった。魔王の命令ひとつで発射準備がすぐさま完了し、この基地の責任者の無慈悲なボタンひとつで発射される。因みに狙いはスレイヤーフォートレスが停泊した数日前から付けられていた。
発射された砲弾は数秒間飛んだ後、スレイヤーフォートレスの装甲を紙の様に貫通し、内部から凄まじい勢いで爆散する。破片がイモホップ港へ弾丸の様に降り注ぎ、火の雨が降り、そこら中、阿鼻叫喚となった。
少し遅れてミランダがやって来て、一瞬で火災を風魔法を消し止め、生存者を探すために瓦礫を退かし、ここにいる筈のラスティー達を探したが、その場に残るのは炭化した死体がバラバラに消し飛ぶ様だけであった。
如何でしたか?
次回もお楽しみに