176.もうひとりの預言者
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
「ひと段落したら、一緒にグレーボンのカジノに行かないか?」ディメンズは少しハーヴェイに近づき、彼の鉄仮面の間から見える目を覗き込む。
ハーヴェイはは呆れた様なため息を吐き、彼から目を背けた。
「言うと思った……私利私欲で使う事は許されていないし、使うつもりもない。そもそも、お前の為に金儲けをするつもりは絶対にない!」と、軽蔑の眼差しを向ける。
「じゃあ、その預言の力はどういう時に使うんだよ? ナイアを助けたのは、お前の意志じゃないのか?」
「……俺はアリシアとナイアを守るとエリックに誓ったんだ。それと魔王討伐の為だ。それ以外で使うつもりはない」
「……その割には、なぁ……」と、診療室のドアを見る。彼はハーヴェイを責める気は無かったが、その預言の力に対しての悪態を飲み込んだ。
「本来のナイアは、死ぬかドミノの着せ替え人形になる未来だった……ヘリウスが言うには、決まった未来は多少曲げる事は出来るが、結果は大して変わらないらしい。俺が介入した事でマシになったのか、もっと酷い事になるか……」ハーヴェイは重たく唸った。
「預言の力ってのは難しいんだな」
「それに、俺のは不完全らしい」
「不完全って言うのは? たまにハズれるのか?」
「いや、見える情報が少ないんだ。本来ならもっと色々な情景が思い浮かぶはずらしいが、俺のは……結果だけがぼんやりと見えるだけだ」
実際に彼の預言の力は夢を見る様に儚く、絵に霧がかかっている様に不鮮明であった。ナイアの未来も悲劇が流動して見えたため、彼には具体的な救い方が分からなかった。
「神器と呼ばれる預言の石板も大したことないって事か? いや、お前が大した事ないのかな?」ディメンズは彼を揶揄う様に口にしたが、ハーヴェイは思い悩む様な唸り声を漏らす。
「いや、ヘリウスが言うには……俺の石板の砕き方が悪かったらしい」
「砕き方?」
4年前、ハーヴェイはナイアの得た情報を元に世界の影や魔王に先んじて予言の石板を探しにダークビルの森へ向かった。
そこで世界の影の刺客と死闘を演じ、情報通り彼は預言者の石板の前へ辿り着く。
そこへ魔王が現れ、圧倒的力を行使し石板を横取りした。が、魔王は石板の正しい使い方が分からず、そこへ隙を突いたハーヴェイが石板を破壊したのだった。それにより、魔王はハーヴェイの肉体を闇魔法で跡形もなく破壊したが、魂は焼き尽くされる前にヘリウスに救われ、ある意味一命を取り止めたのであった。
石板の正しい使い方は、砕いて石板に宿った力を取り出しその身に宿す事だった。予言の力は砕いたハーヴェイの魂に移ったのであった。
しかし、問題があった。ハーヴェイの砕き方が歪であったため、正しく力を取り除けなかったのである。彼に移った力は預言の力の4割程度であり、中途半端なものであった。
「じゃあ、残りの石板は? まだダークビルの森に残っているんじゃないのか?」ディメンズは我慢できずに煙草を吹かし、窓の外へ煙を吹く。
「真っ先に探しに行ったが、破片は何処にも落ちていなかった」彼は冥界からこの地上へ戻って来た時の最初の仕事は破片の回収であった。石板を砕いた場所はおろかダークビルの森を隈なく探したが、破片ひとつ落ちておらず内心焦っていた。
「魔王が回収したのか?」
「いや、魔王軍が確保したという情報は聞いていない。他の誰かが持ち去ったのだと思う」実際、世間や魔王軍内では魔王が予言の石板を破壊した事になっていた。
「持ち去ったって事は、石板の破片の力を知っている者がいるって事だな。誰だか目星はついているのか?」
「……魔王軍でも世界の影でもないな。もし予言の力を持っていたら、今頃相当に悪用されている事だろう」と、腰を上げる。
「……あまり大物の手には渡って欲しくないもんだな」と、ホワイティの気配に気が付き、ディメンズは急いで煙草を揉み消し、窓の外へ捨てた。
ところ変わってマーナミーナ国、ホーリーレギオンズ基地。この港に備え付けられた巨大砲台は未だにククリス方面を向いており、発射を今かと待っている様に怪しく光っていた。
この基地の指令室には総司令であり、世界王であるクリスが踏ん反りかえっていた。
彼の前には今迄の作戦報告書が束になって積まれていた。ホーリーレギオン艦隊の壊滅と行方不明となった属性使い達など、彼の作戦は悉く失敗している様に見えていた。故にホーリーレギオンの兵たちの士気は低下しており、これ以上チョスコへ軍艦を向かわせる気力は無かった。
しかし、クリスの顔色は曇ることなく、欠伸混じりに巨大大砲の向く先を眺めるだけであった。
そんな彼の元へノックと共に兵のひとりが姿を見せるが、それを押しのけてリヴァイアのドッペルウォーターが現れる。
「何が目的だ、世界王! 返答次第では、本人が直接ここへやって来るぞ!」鬼面を張り付けた彼女の分身はツカツカと彼に近寄る。
「いや、来ないだろうな……君の仕事は他にあるだろう? 海底神殿の防衛とか、討魔団の援護、討魔団本部の防衛なんかもいいんじゃないか? やる事が山の様にあるなぁ?」彼は手をヒラヒラさせながら口にする。
「討魔団本部の防衛? どういう意味だ!!」
「さてね? 私が言いたいのは、例え本人の分身であっても時間は慈しむべきであり、不用意に意味を問いたださない方が良いという事だ。本人が何を選択するかはわからないが……こんな所で分身の一体を無駄遣いするべきではないな」と、クリスは意味ありげに笑う。
「……何を企んでいるのかは知らないが、好きにはさせないぞ、クリス! なら、あの大砲は何だ? 明らかにククリスの方角を差している!」と、窓の外を指さす。
「あの大砲が我が偉大なる国を狙っていると? 何をバカな事を……それに、どんな大きく精密な大砲を使っても、数千キロ先のククリスへ砲弾を撃ちこむ事など出来ないだろ?」
「だが、ホーリーレギオンに採用されている装備や兵器は魔王軍の技術を使ていると聞く。更に、無属性エネルギーを使えば、高速で長射程の砲撃が可能だ」
「らしいな。だが、アレがソレとは限らないなぁ~」
「では、聞こう……あの大砲の使用目的は何だ?」ドッペルウォーターは本人の様な迫力で彼を睨み付ける。
「勿論、魔王軍を迎撃する為だ。あの方角を向いているのは、整備中だからであって、ただの偶然だよ」クリスはドッペルウォーターの透明な目を涼し気な眼差しで眺める。
「偶然……ねぇ?」と、疑いの目を向けながら彼女は指令室を後にした。
が、彼女は全く納得しておらず、海へ戻る前に上空へと跳び上がり、自分の身体を巨大な水槍へ姿を変える。
「悪いけど、可能性の芽を摘むのが私の役割なのよ」と、巨大大砲目掛けて高速で飛来する。
「そう動くのは分かっていたよ」
クリスは指令室の窓を開き、フレイムエレメンタルガンを彼女目掛けて発射する。熱線に乗って火炎球が放たれ、槍と化したドッペルウォーターに命中し、一撃で消滅させた。
「君がそう動くのはわかっていた。本体がこれを知る頃には、大砲を撃った後だ」フレイムエレメンタルガンから立ち上る煙を吹き消し、指令机に仕舞う。
同時にホーリーレギオンズのアーマーを着こんだ兵士が入室し、敬礼する。
「ハーヴェイの足取りを掴みました」
「やっと現れたか」今迄で一番の邪悪な笑顔を滲ませる。「どこにいる?」
「ヴァイリーの研究都市爆破からホワイティの診療所です」
「よし、そのまま追跡を続行しろ。決して巻かれるな」
「了解しました」と、兵士はまた敬礼して退室する。
それと同時にクリスは笑い声を上げ、ガッツポーズをした。
「やったぞ! やっとだ!! 予言の力を持つ残りを見つけたぞ!! これで私は、真の世界王となるのだ!!」クリスは更に笑い声を張り上げ、港中に響かせた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




