171.悪夢と光の共鳴
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ディメンズの放った一矢はファイアクリスタルの欠片が使われた熱貫通矢であったが、普通のとは少し違った。対象の鎧や魔障壁だけでなく鉄壁などを貫通し、確実にターゲットの内臓に突き刺さり、爆発を起こす代物であった。ドラゴンに放った賢者殺しの矢とは違い、要塞などに隠れたターゲットを狙撃するように彼が作った特別な矢であった。
そんな代物を彼は眼前の人造人間に躊躇なく放った。目にも止まらぬ速さで空を貫き、ディメンズの前髪が揺れる前に矢はエリックを象った人造人間に向かって飛ぶ。
「データにn」相手が口を開いた瞬間、矢が顔面で炸裂し、どんな鉄塊でも溶かす熱線が矢先から飛び出る。凄まじい衝撃波と煙が相手の姿を隠す。
「やったか?」ディメンズは目を凝らして眼前に集中する。この矢は試し撃ちはしたが、実戦で撃ったことは無く、着弾音が分からず、更に予想よりも凄まじい轟音の為、相手の様子を探る事が出来なかった。
しばらくして煙が晴れ、人造人間の影が姿を見せる。
「なに……?」彼は自分の目を疑う様に瞬きを繰り返しながらも次の矢を装填する。
人造人間はしたり顔で炸裂した矢を注意深く分析する様に眺めていた。
「こんな矢は初めてだな。魔王軍の兵器にもこんな強力な矢はない。まぁ、新兵器の殆どはエレメンタル兵器や無属性ばかりで、矢なんて誰も使っていない」と、矢を放り投げる。
「俺はボウガンが好きなんだよ」彼は弓よりも手に馴染むボウガンを好み、エレメンタルガンは性に合わず使わなかった。
「そう言うアンタのこだわり、俺は好きだな。ただ言わせて貰うが、今の矢は暗殺向きであり、正面切って撃つべきモノではない。矢を向けられていると分かれば、速さなんて関係ない」
「けっ! 本当にあいつに似てやがる……だが、センスはどうかな?」と、上空に向かってボウガンを投げる。
「ん?」人造人間はボウガンを一瞬だけ目で追い、すぐに目を戻す。すでにそこにはディメンズはいなかった。
「ここだ」
彼の声が四方八方から響く。人造人間は響く声の方へ気を配るが、彼の気配は何処にもなく、首を傾げる。
「気配を消すのが上手いな。データ通りだ」次の瞬間、上空から無数の矢が降り注いだ。それは彼の風魔法で上空にあらかじめ固定された矢だった。
人造人間は雨あられと振り注ぐ矢を拳の一振りで薙ぎ払い、吹き飛ばす。更に回し蹴りを放って衝撃波を放ち、矢の雨が止むまでその場で拳を振るい続けた。
「手で直接撃たない矢なんて、雨と同じだ」人造人間は詰まらなさそうにため息を吐く。
「目と注意力を逸らすだけなら十分だ」いつの間にか懐に潜り込んだディメンズがハンドボウガンで相手の胸目掛けて撃ち込む。矢は今度こそ突き刺さり、人造人間の表情を歪める。
「ちっ! 確かに油断したが……急所は外させて貰ったぞ。痛ぇなチクショウ」と、刺さった矢を忌々しそうに引き抜く。
「痛覚があるのか?」意外そうにディメンズは口にしながら距離を取る。
「痛覚があった方が楽しいだろ? それによって増幅する感情もある。緊張感も生まれるし、多くを学べる」
「ただの人造人間ではないと思ったが、変わっているな」
「エリックと呼んでくれよ」
「断る、エリックの名を騙るな!」ディメンズが手を伸ばした瞬間、上空から落ちて来たボウガンを手に取り、引き金を引く。
「ボウガンを撃つだけが脳なのか?」呆れた様に眼前まで迫った矢を叩き落とす。
「まぁな、よく言われる」と、口にした瞬間、人造人間の足元の矢が大爆発を起こし、地面が崩壊し、落下する。人造人間は建物の壁面を殴りつけて腕を突き刺し、その場で止まる。
「やるな……厄介な相手だ」人造人間はニヤリと笑い、ディメンズのいる場へと戻る。が、すでにその場にはいなかった。
「お前よりも大事な相手がいるんでな」ディメンズは高速でその場を離れ、ヴァイリーの足取りを追った。
その頃、ハーヴェイはナイアの介抱をしながらもドミノを見張り、研究都市の現状を把握していた。研究員たちは避難し、警備の兵士らがナイアらを探して大通りを奔り回っていた。
「ここも危ないか。離れるぞ」と、彼がナイアの肩を貸そうと屈む。
「アリシア……ごめんね……巻き込んで……ぜんぶ、あたしのせい……」今迄の自信に満ちた彼女は何処へやら、抜け殻の様になり涙を止めどなく流し、後悔の念をブツブツと呟いていた。
「ナイア、いつものお前はどうした?」と、精神安定作用のある錠剤を取り出して飲ませようとする。が、彼女は首を振り、飲もうとはしなかった。
「もういや……もう……たたかいたくない……」
「おい……ナイア!!」
「完全に心を蝕んだ様ね……ザマァないわ」
手足を縛られ、芋虫の様になったドミノは愉快そうに笑う。
「貴様……ナイアに何を飲ませたんだ!!」ハーヴェイは彼女の胸倉を掴み上げ、目線まで引き寄せる。
「ちょっと味付けをした娘の涙よ。最高の悪夢を見せて搾り取った究極の負の味がする逸品。それをナイアが味わったらどうなるか……」
「そんなモノを……アリシアの……?」ハーヴェイはドミノから手を離し、引き攣った表情を覗かせる。
「いたっ! 全く……何で自分から飲んだのかしらね? 本当に馬鹿な女」
「母親だから……だろ。その気持ちはわかる……」彼はナイアの心情を把握し、居た堪れない様な目で苦しむナイアを見た。
「さて、これからどうするのかしら? ここから無事に逃げおおせる事が出来て?」
「それについては問題ない」と、ハーヴェイは懐からバッジの様なモノを取り出し、ドミノの胸に付ける。すると、彼女の姿が徐々に半透明になる。
「な、なにこれ?!」
「こいつは地上の人間を生きて冥界へ移動させる為の装置だ。お前は厄介だからな。冥界の牢獄で大人しくしていろ。ナイアが回復したら、呼び戻してやる」
「ちょっと、待ちなさいよ! 何よ、冥界って!! それにナイアは一生抜け殻のまm」と、言い終える前にドミノの姿が跡形もなく消え失せる。
「さて、うるさいのは片付けた。あとはヴァイリーの確保と新兵器の破壊か……どちらか片方はディメンズがやってくれているといいが……それと、ナイアをどうするか……また、ホワイティの奴に任せるか。あいつまだ魔法医を続けているか?」と、ナイアに肩を貸そうと屈む。
「嫌っ!! もうどこにも行きたくない! ひとりにして!! 触らないで!!」ナイアは涙ながらに怒鳴り、顔を隠してまた鳴き声を殺して転がる。
「参ったな……どうするか……」
「エリック……たすけて……」
ところ変わってアリシア達がいる無人島。ここでは2人が戦いの傷を癒し、食事の真っ最中であった。ワルベルトが用意した食料はそのまま食べる事ができたが、ヴレイズが鍋にそれらを入れて煮込み、アリシアが味付けをして2人揃って舌鼓を打っていた。
「ん……?」アリシアが突然箸を置き、何かの気配に気が付いたように後方へ目を向ける。
「どうした? 誰かいるのか?」大きな肉を頬張りながらヴレイズが首を傾げる。
「いや、気のせいかな……母さんの声が聞こえた気がした……」と、胸に手を置き、呼吸し辛そうに深呼吸をする。
「大丈夫か? 具合が悪そうだが?」青ざめる彼女を見て椀を置き、様子を診る。
「わ、私は大丈夫なんだけど……あれ、おかしいな? あれ?」目から止めどなく涙が流れ、口を押え、ヴレイズの胸に顔をうずめる。
「どうしたんだよ、急に……」
「ゴメン……わからないんだけど……本当にゴメン……」と、アリシアはヴレイズに抱きつき、涙声を殺して泣き続けた。彼女の脳裏にはドミノに見せられた悪夢が再び流れ、更に母親の苦悶の声が木霊していた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




