168.ランチバトル
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ナイアがグラスに口を付けようとした瞬間、ドミノが目を見開いて伺う。その瞬間、ナイアは手を止め、グラスを灯りに翳す。
「妙な物は入れてないわよね?」訝し気に中の液体とドミノを交互に睨む。
「私は食事に毒を盛る趣味はないわ。貴女と違ってね」と、上品に飲み下す。
「アレは貴女が盛れって言ったんでしょうが」ナイアが片眉をピクピクさせる。
「昔の事をよく覚えているわね」ドミノがここで初めて彼女から目を逸らす。
ナイアは肩を竦めながらもシャンパンを味わい、ゆっくりと飲み下す。彼女は味覚嗅覚で毒を察知する事が可能であり、例え無味無臭でもそれらの毒物には耐性を持っていた。
「あの出来事はよく覚えているわ。貴女からしたら、あそこから狂っていったのでしょうね」
「貴女があの男と距離を縮めた心温まる思い出よね?」
「えぇ、貴女が私をハメてくれたお陰でね!」と、グラスに皹が入る勢いでテーブルに置き、怒りに満ちた目を向ける。
「アレは……もう忘れて食事を楽しみましょう」と、運ばれる前菜に目を向けながらにこやかに口にするドミノ。
「その出来事が霞む程、貴女は私やあの人に散々な事をしてくれたモノね。正直、貴女には参るわ」目の前に置かれた白身魚のサラダには目を向けず、眼前のドミノの表情を伺う。
「昔話はほどほどに、今の食事を楽しみましょう? これからの食事に苦味は必要ないわ」ドミノはナイアの視線に気付きながらも余裕の表情で前菜の繊細な味を楽しむ。
「貴女と出会うってだけで口の中は苦味で一杯よ」と、口直しする様にシャンパンをもう一口口に含んだ。
時同じくして、ディメンズは西研究棟で目ぼしい情報を漁りながらワルベルトから受け取っていた爆弾を支柱に仕掛けていた。これは小型且つカモフラージュ機能があり、更に爆発力は折り紙付きであった。これを4カ所仕掛ければ、たとえ要塞でも爆破解体できる程であった。
「人造人間の別バリエーションに洗脳呪術兵器。呪術を仕組んだ人間を属性魔法爆弾に変える技術か……目ぼしい物はこの程度か?」と、資料を回収して東研究棟への廊下を歩く。研究棟内は何故か研究員の人数が少なく、彼にとっては動きやすかった。
「で、新型人造人間はどこかな? 出来れば起動前に破壊しておきたいな」
ハーヴェイはナイアのいる中央研究棟に潜伏しており、ディメンズから渡された小型爆弾を支柱に仕掛け、機を待っていた。
「ナイア……冷静さを欠くなよ」聞き耳を立てて2人の会話を聞きながらも自分の仕事に集中するハーヴェイ。彼もドミノには散々煮え湯を飲まされた者のひとりである為、彼女の声を聞くだけで腸が煮えくり返る思いであった。彼女がピピス村の存在やアリシアの事を魔王に密告した張本人である為、ナイアと同等かそれ以上に憤っていた。その証拠に爆弾を仕掛ける手が小刻みに震え、今にも殴り込みを掛けたい気持ちで一杯になっていた。
「……冷静さを欠いているのは俺の方か? 俺もまだまだだな」と、自嘲気味に笑う。
メインディッシュが2人の前に置かれる。こんがりとした焼き色の小金鳥のローストであった。
「貴女の目的は何? 魔王と共に新世界を目指すの?」巧みにフォークとナイフを操り、一口食べるナイア。
「あの男の野望に興味は無いわ。興味があるのは……貴女よ」と、彼女の眼を見据える。
「やっぱり……この20年近く、貴女の視線をずっと感じていたわ」
「死を偽装したのは意味が無かったわね」と、一口また一口と料理を食べ進め、赤ワインを飲み干す。「美味しい。ここのシェフの腕も中々ね」
「目的は私って、一生涯をかけて私に嫌がらせをするつもりかしら? 勘弁してくれる?」
「嫌がらせというより、貴女を試しているのよ」フォークとナイフを置くドミノ。
「試す?」ナイアも手を止め、相手の憎き目を睨む。
「私は魔王に、いつも貴女やワルベルトの情報を流してきたけど、そうする事によってあなた達の動きが更に洗練されるでしょ? 心も鍛えられるでしょうし」
「そうやって私の故郷や娘を……っ」ついに余裕がなくなったのか、拳を握り込み、激しく睨み付ける。
「あの出来事で娘は広い世界に解き放たれ、逞しく育っている。それに故郷はあそこじゃなくてココでしょ?」と、笑顔を作る。
次の瞬間、我慢の効かなくなったナイアは勢いよく席を立ち上がる。
「どうしたのかしら?」座ったまま余裕の笑みを覗かせるドミノ。
憎き相手の笑みを目の前にして、ナイアは奥歯を噛みしめ、吐き気を我慢する。
「……食事を、続けましょう」と、気を取り直して席に座る。
「よ~く我慢できました」嬉しそうにドミノは食事を再開させ、ワインを楽しむ。
そのまま2人は互いの腹の内を探り合いながら食事を続け、目の前にデザートが置かれる。上品なケーキの上にシャーベットの乗っかった代物であった。
「目的は私の成長とか言っていたけど、それでどうしたいの?」
「私の目的はひとつよ……貴女と私。2人で静かに暮らしましょう」
それを聞き、ナイアは器官にシャーベットを入れてしまい咽てしまい、胸を苦しそうに叩く。
「な゛、なんですって?」
「私は昔から貴女しか見えていないの。顔も生き方も性格も私好み。エリックとか言う邪魔者に貴女が夢中になった時は嫉妬心で煮えくり返ったけど、今やあいつもいない。仕事も世界も、魔王も忘れて2人で……ね?」と、ドミノはデザートそっちのけで口にする。
「薄々勘付いてはいたけど、まさかここまでとは……」ナイアは頭を抱え、呆れた様に首を振る。
「私、何かおかしい事言った?」
「……私にあれだけの事をしておいて、よくそんな事を言えるわね?」ナイアは今までのドミノの仕打ちを再び脳裏に奔らせ、目を血走らせる。
「全て、愛、故よ」
「愛を理由にすれば、何でも許されると思っているの?」彼女に数か月にわたって拷問された事を思い出し、身震いする。
「愛に勝るモノはないでしょう? それに、貴女も愛故に色々と褒められた事をしていないでしょう?」
「全て貴女のせいにしたいトコロだけど、まぁそれは確かに……でも、全部貴女のせいよ」ナイアの諜報技術の殆どはドミノから教わったモノであった。中には信頼を利用する卑劣な手もあり、彼女らはそれを躊躇なく使い、情報を得ていた。
「それに、貴女の娘はどう思ったかしらね。自分の母親の生き方を。魔王と戦うという口実に、貴女が今までどれだけの事をしたのか……ねぇ?」
「それは、どういう意味?」身構えていない方角から飛んできた話題に狼狽するナイア。
「私、貴女の娘に会ったのよね。で、色々と貴女のやってきた事を教えてあげたのよ。あんな事やこんな事……」と、目の前で溶けるデザートには手を出さず、微笑む。
ついにナイアは我慢が出来ず、テーブルを脇にひっくり返してドミノの胸倉を掴む。
「こんの女狐……余計な真似を……っ!!」ナイアは噛みしめた奥歯をカタカタギリギリと鳴らし、憎きドミノの瞳の奥を睨み付ける。
「知りたい? あの娘が貴方の事をどんな風に思ったのか……?」と、小瓶を彼女の眼の前にチラつかせる。それにはアリシアの涙が入っていた。
「……あんたに十八番よね……水使いの技を姑息に使いこなして……」
「これを飲めば、娘の貴女に対する評価がわかるわよ~? さっきの料理や酒に盛らなかったのを感謝するのね」と、小瓶を指の中で踊らせる。
すると、ナイアはそれをかすめ取り、ドミノの胸を突き飛ばす。
「私はアリシアを信じている。あの子は理解しているし、そんなに弱くない」ナイアは躊躇なく小瓶の蓋を開け、娘の涙を飲み下した。
次の瞬間、ドミノの水魔法が彼女の身体に浸透し、涙に込められたアリシアの混濁とした思いがナイアの脳裏に映し出される。その内容は涙と叫び、助けを求める様な娘の声が千の声量でナイアに襲い掛かった。
「んぐっ……ぅ……」ナイアは涙を一筋流して目を閉じる。
「そんな躊躇なく一気に飲むモノじゃないと思うけど……?」このひと口でナイアの心を崩し、隙を作って捕獲しようと企んでいたドミノは呆れながら腰を上げ、彼女に近づいた。
すると、ナイアは目をカッと開いて憎き彼女の頬を思い切り張った。
「いっだぁ!!!」痛みと共に凄まじい破裂音が耳を劈き、仰天しながら頬を抑える。
「愛を知らないあんたにはわからないでしょうね。これは私に取って毒でも劇薬でもないわ。ありがとう。久々にアリシアの腹の中を覗いた気がする。今度会ったら、茶化し無しで話し合わなきゃね」
「なに? え、なに?!」期待していたリアクションではなかったのか、ドミノは思い切り狼狽していた。
「私達親子を、そして仲間たちを茶化し続けて来たお前だけは許さない! ここで因縁を終わらせてやる!!」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




