166.雷神覚醒
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
太陽の様に眩く巨大だった大雷球が徐々に萎んでいき、チョスコ上空に凄まじい魔力が渦巻く。更に雷雲までもが吸収されていき、曇天が晴天へと変わる。
「ほぅ?」エイブラハムは目をパッチリと開き、感心する様に頷く。
「バカな」パトリックは勢いよく起き上り、眼前で起きている事が信じられない様に眼を疑う。
「あいつ……」徐々に身体を回復させ、ゆっくりと起き上るリヴァイア。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
スカーレットはエイブラハム最大級の攻撃魔法を全て呑み込み、全身に溢れんばかりに稲妻を巡らせた。萎んだ筋肉は蘇った様に膨らみ、ボロボロだった髪は艶を取り戻す。傷は感知しなかったが、潰れた右目には青白い雷球が灯る。肉体は外にも内にも稲妻が駆け巡り、スカーレットの一動作で轟音が鳴り響いた。
「我が名はスカーレット・ボディヴァ!! 誰が何と言おうと、この国を取り戻す!!」
彼女の剛とした声に周囲にいた魔王軍は怯み、エイブラハムは感心し、パトリックは忌々しそうに表情を歪めた。リヴァイアは不敵に微笑み、胸を聳やかしながら腕を組んだ。
スカーレットは地面を抉る様に蹴って跳び立ち、すぐさまパトリックに殴りかかる。
「うぉ!」思ったより早かったのか、彼は狼狽しながら後退し、彼女の拳と蹴りを躱す。稲妻が奔り、稲妻が空を噛み砕くような音を鳴らす。スカーレットの動きは満身創痍ながらも普段とは比べ物にならず、ヴレイズやロザリアに勝るとも劣らなかった。
「パトリックぅぅぅぅぅぅ!!!」目を血走らせ、彼女は次々に稲妻攻撃を繰り出す。その攻撃は加速していき、徐々にパトリックの衣服を掠めて焦がす程であった。
「貴様、調子に乗るな!!」と、彼は身を守る様に爆炎魔法を繰り出す。が、それら全ては彼女の稲妻攻撃の余波で絡め取られ、意味を成さなかった。それに狼狽してか、パトリックは後退に徹し、彼女の頭上を取る様に空へ飛び上がる。
「生意気な小娘が……だが、これでどうだ!」両手を広げると無数の火の粉が舞い散る。それら全てに爆炎呪術が仕込まれており、接触すると必殺の爆発が起こる代物であった。
スカーレットはその攻撃に目もくれず、彼を追う様に飛び上がる。火の粉が身体に付着した瞬間、連鎖する様に勢いよく爆ぜ、花火の様な轟音が鳴り響いた。が、それを掻い潜り、煙に掴まれながらも彼女は上昇を続け、ついにパトリックの眼前まで迫る。
「恐ろしい執念だ。だが、これで仕舞だ!!」と、彼は彼女の顔面に拳を叩き込み、今迄で一番巨大な大爆発を起こした。それはチョスコ上空を真っ赤に染め、衝撃波で港の建物を押し潰す程であり、魔王軍の半数が強風で吹き飛ばされた。
「……っ……こいつ……っ!」
爆炎が晴れると、そこには拳がめり込むも殆どダメージを受けていないスカーレットが怒りの眼差しをギンッと向けていた。今の彼女にはどんな爆炎魔法も無効化され、怒りに油を注ぐだけであった。それ程に彼女の雷の防護魔法は強力であった。
彼女は勢いよく彼の腕を掴み、力任せに捩じ上げる。まるで雑巾でも絞る様に両手で彼の利き腕を捻り、やがて引き千切る。
「ぐっ! 貴様ぁ!!!」パトリックは慌てて逃げに徹し、足元を爆破させながら身を隠す。更に炎の分身を作り出し、彼女の周りに配置する。
すると、スカーレットは光る右目を向けた。その目は爆炎や土煙、分身などに惑わされず、パトリックを真っ直ぐに見つけ出し、すぐさま間合いを詰める。
「お前だけは、逃がさない!!」
「しつこいヤツだ! お望みなら本気で相手をしてやろう!!」右腕を千切られながらも彼は虚勢を張る様に声を荒げ、熱線を放つ。
スカーレットはそれを真正面から電魔障壁で受け止め、凄まじい火花を上げる。今の彼女には爆炎よりも熱線が有効とわかったのか、彼は執拗に熱線で攻めた。
「このまま貫いてやろう!」と、熱線を連射し、彼女の疲弊を待つ。
次の瞬間、彼の左胸に黒い穴が空き、そこから稲妻が茨を奔らせる。
「なに?!」彼は焦げた血を吐きながら膝を震わせる。彼が熱線を連射する間を縫ってスカーレットが電磁砲を放ったのであった。彼女の雷眼は魔力の流れを察知する事が出来る為、この様な数百秒分の一の神業が可能であった。放たれた電磁砲は彼の右肺に食い込み、電流が下半身へ向かって駆け巡り、腰に作用して足の動きを止めた。
「ぐぶっ……き、貴様! 待て、待て!!」その場に力なく片膝をついたパトリックは命乞いする様に左手を向けた。
「これで……終わりだ!!」と、スカーレットは右拳を握り込み、勢いよく間合いを詰めて拳を振るった。が、次の瞬間、激しく吐血し、彼の顔面を外して一回転してその場に倒れた。彼女は白目を剥き、その場で痙攣を繰り返し、真っ赤な泡を吐き続けた。
「……間に合ったか……クラス4の魔力制御と循環を忘れたせいで、身体に負担がかかったか……しかし恐ろしい小娘だった」と、彼女には目も向けずに千切れた右腕を拾い、慎重にくっつけ、炎の回復魔法で縫合する。
彼の目も灼眼という雷眼と似た目を持っており、魔力循環や体温、筋肉の熱量などを見る事が出来、スカーレットが限界であった事は最初から知っていたのであった。
「さて、こいつはここで……ごぶっ!」肺に穴が空き、ぐちゃぐちゃに掻きまわされていたことを思い出し、激しく喀血する。が、まともに動く左腕に魔力を込め、爆炎魔法を彼女へ向かって放つ。
が、次の瞬間、水の魔障壁がスカーレットを包み込み、そのまま海へと攫ってしまう。
「なに?」
「よく頑張ってくれた。潰す事は出来なかったが、まぁよくやった」と、リヴァイアはセリフだけを残して自分も海の中へと逃げ込んだ。
「あの女ぁ!」と、逃げた方へ向かって熱線を連射するパトリック。
それを止める様に上空からエイブラハムが飛来する。
「止めておけ、どうやらまだまだ楽しめそうじゃぞ?」
「どういう意味……なるほど」と、うんざりする様にため息を吐く。海からは隙を見て世界王の軍艦が上陸し、リクターがやっと拳が震えると息巻いていた。更に内陸側からザックとバドが迫っていた。
「結局はここで戦うしかないみたいじゃの~」エイブラハムはまだまだ余裕なのか、腕に今まで以上の魔力を込め、上空の雷雲に稲妻を放つ。すると、チョスコ港上空を一面覆う様に雷雲が広がり、雨の様に落雷が降り注いだ。
「楽しそうだな、エイブラハム……私はもう休みたいのだが」
すぐさま海底へ逃げ込んだリヴァイアは自分とスカーレットの治療を始めていた。自分の傷は直ぐ回復させる事が出来たが、スカーレットの疲労具合が半端ではなく、傷の治りも遅かった。
「まさか催眠学習の中でぼやいた世迷い事を覚えていた? いや、ただの偶然が。それにしても、大したモノね。ヴレイズと戦っているだけあるわね」
「……ぱ、パトリックは?」か細い声で問う。
「今は何も考えず、治療に専念しなさい。右眼球は跡形もなくなっているから、諦めて貰うけどいいわよね? 雷眼で補えるんだから」
「国……は……私は……国を……取り戻す……」スカーレットは手を伸ばし、戦場であるチョスコ湾を睨む。
それを見てリヴァイアは強制的に彼女を眠らせ、身体の治療に専念した。
「貴女はよくやったわ。今は休みなさい。さて、次は……」と、リヴァイアはマーナミーナ国の方へ目を向け、少しずつ西へと向かった。
「さて、いい具合にチョスコ港は混乱しているな。ここから俺はどうするか……」ザックとバドを見送ったグレイは何かを企む様な顔でチョスコ首都の方へ顔を向けていた。
「この国を乗っ取るのも悪くないが、それではエルーゾの時と変わらないか……それにしても、自分の国を取り戻す、か……実力も中々だったが、戻ってこないかな、あの女」と、グレイはスカーレットの事を思い出し、悩ましそうに唸った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




