164.立ち上がるスカーレット
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
抜け殻の様に崩れ落ちたスカーレットはそのままパトリックの兵らに捕まっていた。彼女は暴れず、為されるがままに引きずられ、封魔の首輪を嵌められて縛り上げられる。そのまま捕虜運搬用馬車の牢へ放り込まれた。パトリックは彼女を生かすつもりなのか、最低限のヒールウォーターを飲ませ、延命措置を施していた。
「さて、ようやくボディヴァ家を根絶やしに出来るな。私の汚名も返上できる」と、パトリックは一仕事終えた様に伸びをする。眼前では魔王軍と世界王軍が火砲を交え、リヴァイアとエイブラハムが災害を起こす勢いで激突していた。と、いっても2人の戦いのせいで港の戦いは殆ど成立しておらず、災害から身を守るのが必死であり、一握りの属性使いが根性を出しているだけだった。
「私は……何の為に……」牢の中で力なく転がったスカーレットは涙を流し続けた。今まで見て見ぬふりしていたチョスコの国民たちの顔を思い出し、絶望に暮れる。更に、討魔団に入り、チョスコの資料に目を通した時、ニックと話し合った時の事を思い出す。
彼は無理に敵討ちや国を取り戻す事は無い、魔王の討伐に集中し、チョスコ奪還はそれからでも遅くないと語った。
が、スカーレットは一刻も早くパトリックを打倒し、チョスコを魔王から解放したいと焦っていた。
ラスティーに相談をした事もあったが、彼は口を濁しながら話をすり替え、彼女が話を戻そうとするとレイやエディが割って入り有耶無耶になっていた。
つまり、彼らも『ボディヴァ家がチョスコを取り戻した所で迎え入れられない』事を知っており、必死になってスカーレットから復讐心を取り除こうとしていた。
「んぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
今までの点が全て繋がり、スカーレットは牢内で言葉にならない声で唸り散らした。討魔団の仲間たち、ニック、ロザリア、ヴレイズ。彼らの顔を思い出すと心を握り潰される思いになり、頭が内側から割れる様な鈍痛に襲われる。次第に全てが暗黒に包まれ、スカーレットは泥濘の様な闇に包み込まれ、窒息しそうになる。
が、その闇の中で淡い炎が灯り、何者かが近づいて来る。
「…………だ、れ……?」
「やっぱあんた、弱かったみたいね。がっかりだよ。どれだけ身体を鍛えても、心が伴ってないよ」
その者はフレインであった。彼女はスカーレットが覚えているままの姿で闇の中から現れ、腕を組んで鼻息を荒げていた。
「ふれ……いん?」
「ま、あたしもヴェリディクトに屈した様なモノだけどさ……あたしだってまだまだ諦めていないよ? ヴレイズを信じて、いずれ奴を屈服させて見せる!」
「……」
「あんたはどうなの? このまま弱いままなの? それとも、あたしと喧嘩できる程度には強い? ん?」フレインは彼女が覚えている限りの頼もしい笑みを覗かせ、手を差し伸べた。
「わ、たし……は……」弱々しく震えた手を伸ばし、炎の様に熱い手を掴んだ。
「マリオン、ちょっといいか?」ラスティーは診療室へ足を運んでいた。本日だけで3度目であり、セラピーをしつこく頼んでは断られていた。
「あんたもしつこいねぇ? あんたのセラピーは平均で3時間掛かるから、この戦いがひと段落するまで出来ないって言っているでしょうが!」マリオンはうんざりした様にため息を吐きながらヒールウォーターの調合を行っていた。
「そういう事じゃなくてさ……さっきつい居眠りをしたんだが……夢の中で俺の父さんが鮮明に出て来たんだが……あれはお前の仕業か?」ラスティーは涙目を隠すためにサングラスをかけていた。
「それはエレンの仕掛けた呪術ね。精神が暗黒のどん底に落ちた時、その者の一番頼りになる人物が現れ、心強い言葉をかけてくれるのよ。あなたの場合、父親って事ね」マリオンは彼に背を向けたまま答えたが、しつこい視線に耐えかねて振り向く。
「そういう事か……精神のどん底……?」ラスティーは深い溜息を吐く前に煙草を咥え、震えた手で火を点ける。
「あんた、今日の作戦が始まってから生きた心地がしていないみたいだしね。こんな大規模作戦も始めてみたいだし」と、マリオンは立ち上がり、ラスティーの鼻先まで近づき、煙草を毟り取る。「ここで吸うな」
「ご、ごめん、なさい……うっ」相当に余裕が無いのか、その場で崩れ落ちそうになり、彼女が身体を支える。
「……1時間だけね。それと、2時間寝なさい。言っておくけど貴方の『居眠り』は睡眠じゃなくて気絶よ」と、口にする間にラスティーは素早く長椅子に寝そべり、サングラスを外して胸の内を語り始めていた。「相当に疲れているのね……」
その頃、グレイはチョスコの内陸側へ静かに飛び、ある者らを探していた。その者は戦いから一時離脱していたザックとバドであった。2人は森の中に身を隠し、戦いの傷を癒していた。
「見つけたぞ」2人の魔力を感じ取り、彼らの眼前に降り立つ。
「援軍に来たのか?」バドは見つかったのは想定外だったが、いつでも戦いに戻れるように準備をしていた。
「ん? お前がここにいるって事は、港はどうなっているんだ?」ザックも治療を終え、立ち上がる。
「賢者に元賢者、嵐に雷に砲火。中々の混乱具合だ。そんな中へ殴り込めば、雪辱を晴らすのは難しくないんじゃないか?」グレイは何か企む様にニヤリと笑った。
それを聞き、バドは雷光を纏って港方面へ飛んで行った。
「俺達を炊き付けて、お前は何を企む?」飛び立つ前にザックはグレイに一瞥をくれる。
「俺は昔から変わらない」
チョスコ港での賢者と元賢者の激突が更に激化し、ついに両陣営が戦闘不能となり、範囲外へ避難していた。世界王軍の軍艦は航行不能となり、艦の機能をフル稼働させて転覆しない様にするだけで精いっぱいであった。魔王軍は迎撃兵器を置いて港を離れ、天災が止むまで退却した。
「もはや戦っているのは我々だけの様だな」リヴァイアは海面から巨大な水龍を何本も生やし、その中央で魔力を全開にしながら鎮座していた。
「わしかお主か……いや楽しくなってきたのぉ」エイブラハムは雷雲の中に身を隠し、雷龍が如き落雷魔法をわが身の様に操り、海面を薙ぎ払う。
「そろそろ決着をつけましょう……」水龍は激流砲を何発も放ち、それが雷砲と衝突し、水蒸気爆発が次々に起きる。
「そうさな、遊びも飽きた。そろそろ、本格的な戦いを始めようかのぉ~」と、両手を広げる。次の瞬間、雷雲が消し飛び、嵐が止んで曇りなき晴天が広がる。合わせた様にリヴァイアも荒れ狂う海をぴたりと穏やかにさせる。
次の瞬間、2人はその場から消え失せ、チョスコ湾を中心に幾度も衝撃波が吹き荒れる。2人の姿はパトリックの目でしかとらえる事が出来ず、その他の者らにはただ凄まじい爆音、爆撃が始まった様にしか見えなかった。チョスコ港には雷球が飛び散って跳ね回り、岩を砕く水球が雨の様に降り注ぐ。
「凄まじい戦いだ。参加したいが、服に皺が出来てしまうから、遠慮しておこうかな」
すると、彼の脚元に黒焦げになった魔王軍兵が転がる。
「ん?」殺気を感じ取り、振り向くとそこにはボロボロのスカーレットが立っていた。
「もう祖国が私を求めていなくてもいい……もうこの戦いの目的も、どうでもいい……ただ、私は! お前を倒しに来た! それだけだ!!」
彼女はパトリックが椅子から腰を上げる前に襲い掛かり、頬に拳を入れた。彼はそのまま吹き飛ばされたが、火球に身を委ねて衝撃を逃がし、炎の自己回復魔法で傷を瞬時に癒した。
「丁度いい。お前程度が相手なら、服を汚さない程度に遊べそうだ」パトリックはネクタイをキュッと締め直し、魔力を淡く漲らせた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




