161.裏切りのグレイ
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
スカーレットは睡眠修行中にリヴァイアから言われた言葉を何度も心中で思い出しながら未だに悩んでいた。
「クラス4への覚醒は人それぞれよ。幼少期に突然目覚めるのもいれば、果てしない修行の果て、晩年に覚醒する者もいる。ヴレイズの場合は中々イレギュラーで、クラス3.5という無茶と修行の積み重ね、そして実力者との実戦経験ね。彼の修行方法は行き当たりばったりな印象を受けるけど、文献でも見られる方法だったわね。ただ、学院でそのやり方は教えないわ」リヴァイアは淡々と語り、座禅を組みながら聞くスカーレット。
「それは何故ですか?」
「一言で言えば危険だからね。実力者との死闘に魔力循環の暴走。相当な死ぬ覚悟が無ければ出来ないわ。そこまでして修行をする者は……まぁいるけど半数以上は戦死するわね」
「じゃあ私はどうすればクラス4に?」
「今から覚醒するのはほぼ無理ね。今からセンスを磨くのも、座禅を組んで瞑想しても、ワザと魔力暴走をさせても不可能。でも、過去にこんな前例があるわ」
「それは?」
「……とある未覚醒の術者がクラス4の実力者に戦いを挑んだわ。結果は良い戦いは見せたけど、最後は魔力のぶつかり合いになり、クラス3が押し負けたわ。普通ならそのまま属性攻撃に呑まれ、死ぬだけだけど……その時、奇跡が起きたわ」リヴァイアは目をきらりと光らせ、スカーレットの表情をチラリと見る。
「どんな?」前のめりになり座禅を解くが、そこへウォーターウィップが背中に炸裂し、脚を組み直す。
「その戦いは同属性同士の戦いだったの。そう言った戦いは基本、術者の技量が明暗を分けるのだけど、その戦いは魔力の大きさ勝負だったわ。未覚醒者は相手の属性攻撃を全て吸収し、相手の魔力循環方法を無理やり読み解き、土壇場で覚醒したのよ」
「つまり、私の場合は自分以上の雷魔法を喰らえば良いと?!」
「そういう事になるわね。でも、こう言った覚醒例は希よ。と、いうか私が効いたことがあるのはこの1件だけね。少なくとも未熟者は真似してはいけないわ。貴女は特に、ね」と、もう一発ウォーターウィップで背中を叩く。
「あいだぁ゛!!」
「言うんじゃなかったわ。貴女の雑念を感じる。大人しく私の指示に従いなさい、いいわね?」と、スカーレットの目の前に向き直り、目線を合わせる様に腰を曲げる。
「……でも、今の私は……」瞳を揺らし、奥歯を噛みしめる。が、またウォーターウィップが何発も炸裂し、堪らず転がる。「いたいいたいいたい!!!」
「良い事? 土壇場の感情爆発による覚醒とか、今言ったような例は滅多に都合よく起きないわ。今回の戦いに期待しない様に! それに貴女の相手はパトリックでしょう? 精々不覚を取らない様にしなさい!」と、指を鳴らす。すると、スカーレットの記憶を操作し、今言った前例を消し去る。
「ふにゃ……?」
「睡眠修行中でよかった……目が覚めた後に口が滑ったら、こうはいかなかったわ。さて、そろそろ起こそうかしらね」と、リヴァイアはその場で泡となって消え、スカーレットは天へ向かって浮上し、そのまま夢から覚める様に眼を開いた。
ロザリアと六魔道団の3人が激突したのと同時刻。チョスコとマーナミーナの海峡にグレイたちの艦隊が到着する。2人は双眼鏡でチョスコ港を観察する。先に戦いを始めたバドとザックの軍が全滅して綺麗に片付けられており、魔王軍はすっかり兵員補充されて迎撃準備が万全であった。
「あの連中、役に立たなかった様子だな。跡形もないじゃないか」リクターは呆れた様にため息を吐いた。
「……凄まじい魔力が2つ、変わった気配がいくつか……海底から1つに、もうひとつか」と、グレイは双眼鏡から目を離し、魔力の強弱と気配で察知していた。その中から更に敵意や性格まで読み取り、軍艦の航行を制止させる。
「何故止める?」やる気満々のリクターは疑問に思い、グレイを睨む。
「海底の気配から敵意を感じる。この戦いに殴り込みをかける様な気配が……ただ、これはクラス3の雷使いからだな。もう1人は水の賢者だな。魔力も気配も殺されているがこの感じ、会った事がある」と、港の魔力よりも海底の気配に集中していた。
「……チョスコ港からはパトリックとエイブラハムだな。俺たち2人なら十分か……だが、この不気味な気配は何だ? 人ではないな……で、開戦するか?」リクターは配下の兵へいつでも命令出来る様に身構えていた。
「いや、あの不気味な気配の正体を探る必要がある。恐らく、バドとザックの軍を全滅させた連中だろう」と、グレイは徐々に魔力を上げて行き、脚に蒼炎を纏う。
「どうするつもりだ?」
「まず、俺が単身で行ってくる。合図をしたら、進軍し攻撃を開始しろ」
「合図って何だよ?」
「空を見ればわかる」と、グレイは止める間もなく蒼炎を脚から引き出して空へ飛び上がり、チョスコ港へと勢いよく飛んでいった。
「なるほど、偵察か……? じゃあ俺は……待機するか……」と、リクターはその場で胡坐を掻き、詰まらなさそうに頬杖をついた。
「んむ?」上空から飛来する蒼炎を目撃し、ぼんやりと首を傾げるエイブラハム。周囲の魔王軍兵らは警戒して武器を構えたが、パトリックが腕の動きひとつで警戒を解除させる。グレイからは全く殺気も物々しさも無かったからであった。
「始めまして、六魔道団の……グレイ・ドゥ・サンサだ」着地して早々に丁寧にお辞儀して礼を取る。
「ご丁寧に戦いの挨拶かの?」長い顎髭を弄りながらグレイの目の奥を見つめるエイブラハム。彼はこの時、相手の魔力を読み取り、どの様な腹づもりでここに来たのか大方読んでいた。
「サンサ族の生き残りか……エルーゾ国では大層暴れたそうだな」パトリックはヴレイズに殴られた事を思い出し、不愉快そうに鼻を鳴らす。
「戦いの挨拶、まぁそうなるかもしれないが……もう一方の提案はどうかな?」グレイは半年ぶりに微笑み、手の中に蒼炎を揺らめかせる。
「もう一方とは?」パトリックは片手にした本を閉じ、長椅子から上体を起こす。
「俺はエルーゾ国で死んだ身のつもりだった。世界王に見出されたが、所詮あいつは手駒が欲しかっただけに過ぎない。まぁ、俺は駒のまま戦死するなり野垂れ死んでも構わないと思っていた。が、あの世界王の怪しさは魔王以上だ。何を考えているかわからないし、あの全てを身しかしたような笑顔が気に入らん。お前らも気付いているんじゃないか? この単調に軍を投入してくる頭の悪さ……ただの時間稼ぎにしか思えないだろ?」グレイはふたりの顔を見ながらつらつらと話す。
「ふむ、それは感じていた。それに、魔王は世界王から目を離すなとは仰っていたが、その世界王が何をするつもりかまでは見通せないでいたのぉ」エイブラハムは思う事がある様に唸る。
「で、お前の提案とは?」パトリックは紅茶を淹れ直しながら問う。
「世界王の邪魔をしに行かないか? その方が楽しそうだ」
「ふむ……」エイブラハムはグレイの言葉に魅力を感じる様に唸る。
「それは我々も感じていた。世界王の動きは怪しい。こちらに向けていた砲塔が明後日の方を向いたというのも理解できないしな。それに、私のも興味がある。世界王が何を企んでいるのか……魔王様のご助力にも繋がるし、第一、この国は侵略されずに済むしな」と、パトリックは新たなカップに紅茶を注ぎ、グレイに手渡した。
「乗る、って事でいいな?」熱々の紅茶を一気に飲み干し、カップを蒼炎で消し炭にする。
「だが、お前さんらが乗って来たあの軍艦、もう1人の使い手、それに海底に潜むお嬢ちゃんらはどうする?」と、エイブラハムはチョスコ港を指さす。
「大したことはない。手こずるのはリヴァイアぐらいなものだろう」
「……大した事ないか……では、お前の提案に乗る条件を言わせて貰おう。ククリス軍はお前が何とかしろ。お願いするなり、沈めるなり……」パトリックは腰を上げ、グレイの目の奥を睨んだ。
「良いだろう。世界王の軍に未練はないし、そう言うのは得意だ」と、グレイは回れ右をし、ここに来て初めて殺気の籠った蒼炎を噴き上がらせて再び上空へ舞い上がった。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




