156.怒涛の炎
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ヴレイズの鬼面は更に険しくなり、歯の間から煙とマグマの様に焼け焦げた血が噴き出す。腹に空いた穴は蒸気と共に傷ひとつ無く完治していた。彼は声を上げ、ただ眼前の憎き相手に向かって拳を振るい、火炎を纏った蹴りを放つ。
「そう簡単には受けやらんぞ!」彼に殴られた傷がやっと皮膚の再生に取り掛かっており、少々焦る様に避け、後退る。
しかし、彼が引くよりもヴレイズは高速で間合いを潰し、簡単に逃げられない様に襲い掛かる。その勢いは普段の纏まって落ち着いた戦いを見せる彼ではなく、獣の様に理性を失った炎嵐であった。彼の放つ炎はブリザルドを包んで焼焦がし、視界を奪った。
「この場でここまで自在に動けるとは称賛に値する。が、これで終わりだ!!」と、ブリザルドはアリシアを斬り裂いた高濃縮真空波を3重に放ち、彼の首、胸、胴を斬り裂いた。真空波はそのまま背後へと通り抜け、血煙を撒き散らした。が、彼の斬り裂かれた個所は斬り離される事なく既に再生し、何事も無かったように再び彼の赤熱拳がブリザルドの顔面を狙う。
「貴様のその再生能力……賢者のレベル、いや……これは一体?!」ギリギリで避け、耳を焦がしながら炎を振り払う様に強風を吹かせる。
それでもヴレイズは怯まず、強引に間合いへ入り込み、ブリザルドの腹に赤熱拳を突き刺す。
「ぐぶぉあ! 貴様!!」腹から立ち上る激熱に耐え兼ね、幾度もヴレイズの身体や顔面を真空波で斬り裂く。手応えがあっても斬った傍から再生が完了する為、無駄な抵抗に終わってしまう。「一体どうなっている!!」
更に刺さった個所へヴレイズはダメ押しにマグマの様なドロリとした火炎を流し込み、ブリザルドの腸を真っ黒に焦がす。勢いよく煙が立ち上り、堪らず激痛の悲鳴を上げた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」口から煙を上げ、血走った目をギョロつかせながら両手をジタバタとさせる。幾度も幾度もヴレイズの赤熱右腕を真空波や圧縮竜巻砲で斬り裂くが、それも無駄に終わり、仕舞には両手で掴んで無理やり引き抜こうとする。その両腕が消し炭へと変わり、上腕まで炎が立ち止まる。
「貴様だけは許さない……」目を灼熱色に染めたヴレイズは歯の間から煙と共に声を絞り出し、更に右腕の温度を上げた。
その頃、アリシアはキャンプを張った島へと何とか流れ着き、テントへ這いつくばっていた。彼女は光の繭で斬り裂かれた身体や顔面をじわじわと治療再生させていたが、それだけでは不十分と判断し、医療キットの仕舞われた鞄へ這い寄る。
「う゛……あ゛……ぅ」前頭葉を深く斬り裂かれ、真っ二つになった目玉は機能を失い、もう片方も失明していた為、光の触手を各方面へと伸ばし、何があるのかを探る。聴力も無いため、それらが回復するまでほぼ何も出来なかったが、回復するまで待てない為、何とか動く左腕を伸ばす。右腕は真空波から急所を庇ったため、ズタズタに斬り裂かれ、見るも無残なひき肉に成り果てていた。
彼女の光の防護魔法は、本来なら肉体を守る為の魔法であったが、ブリザルドの前では無力であった。その為、ギリギリ命に届かない様に急所のみを防御した為、それ以外の肉体内臓の殆どは深く傷を負っていた。故に半死半生であったが、何とか前もって仕掛けた光の蘇生魔法が効き、命を拾う事が出来た。
島に辿り着き1分経つと、喉や肺、消化器官が何とか回復し、ゆっくりと深呼吸を始める。
「ふぅ……くそぉ……この程度で済んでよかったのかな?」自嘲気味に笑いながら痛覚遮断魔法を重ねてかけ、神経が繋がりまともに動くようになった左腕を動かし、ようやく芋虫以上の速さでテントへ這う。鞄からヒールウォーターを引っ張り出し、頭から被りながらも魔法水の中へ光魔法を流し込む。そこでやっと斬り裂かれた頭蓋骨と脳、目玉が再生を始める。同時に聴力も取り戻し、周囲からなる台風の風音を感じ取り、ブリザルドの忌々しい笑顔を思い出す。
「ちくしょう……あの野郎……負けるのは2度目か……やっぱひとりじゃ勝てないな」グレイスタンで初めて対峙し、作戦通りとはいえ大敗を喫した事を思い出し、奥歯を噛みしめる。
次にズタズタに骨まで斬り裂かれ、指も何本か取れた右腕に左手で触れ、具合を確かめる。
「これ、治るかなぁ?」視力も回復し、頭の重症も縫合が終わり、身体の傷を診る。斬り傷の殆どは光の縫合糸で治療し、もう一本のヒールウォーターのボトルを全身にかける。
「ヴレイズの分も残しておきたいけど……ゴメン」と、反省しながら視力の戻った目で右腕を診る。もはや右腕と呼べる代物ではない為、溜息を吐きながら光のベールに包み込み、光量を抑え、その上から包帯を巻く。それはまるでまともな右腕に見えた。
「まぁ、これでいいか……で、他の傷の具合は……ふぅ~」と、気合を入れる様に深呼吸をする。痛覚遮断魔法を解除し、現在の傷の具合を確認する覚悟を決めていた。おそるおそる解除した途端、髪の毛を逆立たせ、喉の奥から悲鳴を上げ、無人島に光の柱を上げた。
「やるんじゃなかった……っ」と、頭を押さえながら涙目で呟き、いそいそと治療を進めた。
「……ん?」何かを感じ取った様にヴレイズはブリザルドから顔を背ける。彼の向く方角にはアリシアのいる島があった。
その隙にブリザルドは腹から彼の赤熱拳を引き抜き、20メートル程間合いを取った。何種類もの風の回復魔法で何とか全身を治療し、荒々しい呼吸を整える。
「なんだ? 急に……」下手に攻撃せず、様子を見る。
次の瞬間、ヴレイズは火の玉となって無人島の方角へと飛び去っていった。
「逃げたか……まぁいい。私の目的は連中ではないからな」と、ブリザルドは凄まじい速度で黒焦げた手を再生させ、グズグズに焼け爛れた内臓を修復させる。そして本来の目的であるデストロイヤーゴーレムへ矛先を向け、圧縮竜巻砲を放つ。轟音と共に大巨人はグラリと揺らぐが、傷ひとつ付かなかった。
「頑丈なだけが取り柄か?」と、圧縮風圧波を放つ構えをとる。
そのお返しと言わんばかりにデストロイヤーゴーレムの副砲から無属性波が放たれる。空気を斬り裂く紫光が彼目掛けて飛ぶが、彼はその光を試すことなくふわりと避ける。
「無属性波がどんな物かは知っている。お遊びはしないぞ」と、圧縮風圧波を連続で放つ。
その攻撃にデストロイヤーゴーレムは効いている素振りは見せなかったが、足元の海面は凄まじく波立ち、その体内は大地震の様に揺らいでいた。
「ブリザルドの野郎! 調子に乗りやがって、仕方がない!」先ほどからやられたい放題のウィルガルムは怒り心頭になり、コンソールを軽く叩いて自動制御モードへ移行させ、自分は神経接続を解除し、コクピットチェアを移動させる。そこから彼は何着もあるパワードスーツの中で真っ黒で無駄な装飾品の無いスーツに乗り込み、急いでコクピットから外へ出る。
「出てきたか、魔王の右腕!」
「その呼び名は嫌いなんだよ」と、漆黒の左腕と両脚を素早く動かし、全身に自分の魔力を行き渡らせる。
「出て来たところで、今の私の相手にはならんぞ!」と、挨拶代わりにしては強大な竜巻砲を放つ。
ウィルガルムはそれを目の前にため息を吐き、左腕を翳す。すると、竜巻砲がウソの様に掻き消える。
「なに?」たとえ魔障壁を使っても凄まじい轟音でぶつかり、どちらかがタダでは済まない筈であった。
「こいつぁ貴重なダーククリスタルを使った世界で初めての闇魔法を扱えるパワードスーツだ。魔王様も俺にしか使用を認めていない」
「とうとう闇魔法を操れるまでになったか、ウィルガルム……」
「俺がお前みたいな連中に対して何の対策も打っていないと思ったか? さ、はじめようか」と、首筋のスイッチを入れるとフルフェイスヘルメットが展開し、彼の大きな頭をすっぽりと隠し、全身が漆黒に包まれる。同時にスーツの周りに黒い霧が立ち込め、ウィルガルムはその霧に乗ってふわりと浮き上がった。
「しばらく痛覚遮断しなきゃまともに動けないなぁ……」アリシアはブツブツとぼやきながら身体の傷の治療を進めていた。
そんな彼女の前に赤々と燃えた流れ星が不時着し、その中からヴレイズが煙を振り払いながら現れる。
「アリシアぁぁぁぁ!! 生きていたんだなぁぁぁぁ!!」
彼は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で彼女に抱き付く。
「うわ、やめてよ!! あたし重症!! 治療中!! ん? ヴレイズもやばいんじゃない??」と、彼の身体の不自然な感触に首を傾げる。彼の身体は熟しきった果実の様にぐちゃりとしており、血を滴らせていた。彼の身体は今にも崩れそうにグラついており、心音も不安を呷るビートを刻んでいた。
「ん? あぁ……確かに、や、ば、い……かも……」と、やっと気が付いたのかその場に倒れ、ぐつぐつと沸騰した血だまりを広げた。
「あんた、あたしよりヤバいじゃん!!」アリシアは自分の治療を中断し、ヴレイズの身体を光の繭に包み込んで診察を始めた。「無茶し過ぎだ、このバカ!!」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




