152.荒れ狂う大海
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
この戦いの中心であるデストロイヤーゴーレムは未だにミッドオーシャン海上で機能停止し、光も消えて沈黙していた。呼吸音の様に機体内部から風が吐き出される。
そんな中でウィルガルムはひとり、パワードスーツから出て一般生活用スーツに着替え、寛いでいた。彼は勿論この戦いが長期間にわたって続くモノと想定し、食料や日常生活に必要な設備が色々と用意されていた。
「1人だと退屈だと思ったが、意外と休暇の様にリラックスできるな」のびのびとリラックスチェアに座り、読書に耽っていた。接敵時は各種レーダーが働き、神経に直接つながれたセンサーに知らされる為、隙はなかった。今の所、スレイヤーフォートレスとの戦いの後は海洋生物にしかレーダーは感知していなかった。
そんな彼の次の一手は潜水し、大海の監視者不在の海底神殿へ乗り込み、破壊の杖を探索する事であった。が、魔王からの合図が無ければ動く事は許されておらず、今は待機を余儀なくされていた。
更に、この作戦を盤石のモノとする為、デストロイヤーゴーレムの護衛艦の到着を待つ必要もあった。
「さて、我らが魔王が予定通り動くか、それとも……誰が動くか? 退屈だから、そろそろ誰かちょっかいかけて来ないかな?」と、ウィルガルムは楽しみを待つ様に余裕の笑みでレーダーを確認した。魚群レーダーには多数の魚影や大型海洋生物が荒れ狂っている様に確認され、海上は大波が荒れ狂っていた。
「さて、監視者がいないと、この海はどうなるかな?」
時同じくして魔王はじっと執務室で頭を押さえながら集中していた。普段なら夜更け過ぎに自宅へ戻り、風呂に入ってベッドで就寝した。が、今回のこの戦いは彼に取って最重要の戦いである為、夜通しで執務室に籠っていた。
「魔王様、失礼します」慎重なノックの音の後、秘書長のソルツが入室する。そのまま本日の報告と纏められた資料、書類をデスクに置く。と、いってもその量は普段の10分の1であり、殆どは彼女が普段の魔王の判断で思考し、処理していた。その報告の中には捕えたローズも含まれていたが、魔王は適当に相槌していた。
「……ローズはこちらで処理して構いませんね?」
「あぁ。一応、俺様の娘の誘拐を手引きしたからな。それなりの処理で頼む」
「承知しております。で、そちらのご様子は?」
「順調だ。連中もこのままノインを放っておけば世界の均衡が崩れる事は分かっている筈だ」普段見せる表情とは違い、魔王然とした引き締まった表情を見せる魔王。
「海岸沿いの街や村にはクラス4の水使いを待機させ、荒れ狂う波に対処するよう準備は出来ていますが……その点は大丈夫でしょうか?」
「そこは水使いらに踏ん張って貰おう。なんなら戦いの役に立たないメラニーとウルスラを回せ」と、先程の報告の端に出て来た2人の名を口にする。
「は……では、本日は以上で。この書類だけはよろしくお願いします」と、宿題を言い渡す様に本日の書類軽く叩く。
「あぁ、わかっている」再び魔王は己の闇に集中し、目を瞑った。
ソルツが退室すると、他の秘書らがワラッと集まり、本日の業務連絡、指示を仰ぐ。そのままミーティングが始まり、彼女は指揮者の様に各々に的確な指示と連絡を行う。
「って事で、各々抜かりなくヨロシク。勝手に魔王様の執務室をノックしない様にお願いします。では、解散」と、合図をする様に手を叩く。
彼女らのミーティングが終わると同時に暗がりから黒勇隊の隊員が現れる。
「あの、裏切り者の処遇は如何しますか?」
「身内を処罰するのは心苦しいでしょうから、あの女は私が個人的に処理しておきます」さらりと口にし、目を合わせることなく踵を返す。実際、彼女は黒勇隊の事は信用しておらず、今回の件も最初から黒勇隊にやらせるつもりは無かった。
「……はっ……」隊員は目を伏せながら敬礼した。彼はローズ直属の部下でもあった。
「あの女は簡単には殺させも逃がしもしないわ」
「はぁ?! 海岸沿いの港町や村の防衛?! 今回の戦いには参加できないの?!」メラニーは一線引いた内陸部の街のレストランで朝食を摂りながら部下の報告を聞き、憤っていた。共にしていたウルスラは朝食を凍らせカップに皹を入れていた。
「私は作戦通り、手を迎え撃って言い訳ね?」その場に同席していたスネイクスは二度、三度と繰り返し今後の魔王の指示を聞き、自分のポジションを確認する。彼女はデストロイヤーゴーレムの護衛艦を無事出港できる様にソロモンと共に討魔団迎撃の任に就く事になった。
「ふざけないでよ!! 汚名返上のチャンスをくれてもいいじゃない!!」メラニーは憤って部下の胸倉を掴み上げる。
「し、しかしこれは魔王様の命令で……」
「魔王様の……ぐっ」メラニーは今回の自分の失態を不甲斐なく思い、唇を噛む。
「……くそ!!」ウルスラも同じく憤り、拳を震わせる。
そんな彼女らをみて、スネイクスが溜め息を吐く。
「港町の防衛とは言っても、どこのって指示を受けてはいないでしょ? じゃあ、討魔団の連中が狙いそうな個所、特に奪われた港町の奪還をすればいいんじゃない?」と、口にした瞬間、2人が彼女の方へ顔を向ける。
「「それだ!!」」
内心、追い詰められた2人はスネイクスの案に声を揃える。
「ま、命令の範囲内で動けば問題ないでしょ?」と、スネイクスは冷え切ったコーヒーを飲み、ウルスラを一睨みした。
大海の監視者ノインがいなくなってから丸一日が経過し、ミッドオーシャンに変化がみられる。海は帆船を飲み込む程に大きく荒れ、台風が発生し、深海からの超巨大生物が何頭も海面から顔を出していた。中には海神様と恐れられるギガ・シャークが何匹もヒレを覗かせていた。
この現象は未だかつてない大海の監視者不在の為、海の生き物らが混乱している為であった。天候の荒れも海のバランスを保っていたノインがいなくなったせいで均衡が崩れたせいであり、このままノインがいなければ、更に海は荒れる一方で、大陸を飲み込む程に荒れる事は必定であった。
これを感じ取り、マーナミーナ・チョスコ海峡へ向かっていたリヴァイアは少し焦るように先を急ぐ。
そんな彼女の共をするスカーレットは未だに水のカプセルの中で眠りにつき、催眠学習の真っ最中であった。時折身体が稲妻で発光した。
「はぁい、おはようヴァイリー。よく寝られなかったみたいね」ヴァイリーの研究棟を我が家の様に歩き回るドミノが彼の背後から歩み寄る。彼は一晩中最新型の人造人間の調整を行っていた。
「あぁ、君のお陰で起動実験は1日遅れる事になった」
「あら、それはごめんなさい」
「いいや、礼を言う。これでコイツは更なる高みへ登る事になるだろう」と、コンソールをカタカタと叩く。
「気になっていたのだけど、この人造人間と、貴方の目標である人類の進化って何の関係があるの?」ドミノは興味の眼差しで問う。ここら辺は彼の謎となっていた。
「……くくく……それはコイツの起動実験の時にわかるさ。まぁ、その時には、君は興味を失っているだろうがね」と、彼女の方へ目をチラリと向ける。
「まぁね……その時、私はナイアと語らっているでしょうね……」と、懐から小瓶を取り出し、麗しそうにそれを見つめた。
「それは?」
「彼女の娘の涙よ……これをご馳走しようと思って」ドミノは麗しの瞳とは裏腹に口元をぐにゃりと曲げて本音の笑い声を我慢し、肩を揺らした。
「互いに楽しめそうだな」
「そうね……起動実験が、いえ、彼女らが来るのが楽しみねぇ」と、2人は顔を合わせて笑った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




