151.メンタル・ダメージ
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
「誰?」ドミノと目が合ったアリシアは猫の様な警戒心で背後へ飛び退き、身構える。根拠は無かったが、悪夢の元凶が彼女であると本能で理解できた。
「初めまして。私は貴女のお母さんの最愛の人、ドミノよ」彼女は胸を聳やかし、警戒するアリシアを見下ろす。
「最愛の、人?」訝し気に彼女の顔を覗き込み、冷や汗を拭い、震えを我慢する。ドミノは友好的な雰囲気を醸し出していたが、アリシアには舌なめずりをする狡猾な大型肉食動物に見えた。アリシアは腹の内でどう出るか考えたが、連日の悪夢のせいか冷静な判断が出来ず、余裕もなく、理性が半分しか働いていなかった。
故に、アリシアは目の前の敵に躊躇なく高濃度の光の矢を放った。
「あら酷い」その矢はドミノの額に命中したが、彼女は蜃気楼か幻の如く消え、そのまま夜の闇に消えた。
「そんな! 確かに気配は……」狙いがハズレ、囮に引っかかったショックを露わにし、弓に2本目の矢を番える。
「私の世界でここまで抗うなんて、中々の精神力ね」
いつの間にかアリシアの背後に回り込んだドミノがねっとりと絡みつく。両腕で彼女の首や胸、腹を撫で回し、耳に熱い息を吹きかける。
「な……ぐ……うっ……」振りほどこうともがくが、まるで泥濘に全身浸かった様に重く、身じろぐ事も出来なかった。冷や汗がどっと噴き出て、震えを我慢できず、膝が今にも折れそうになる。
「中々の修羅場を潜ってきたみたいね。あら、貴女も蛇の腹踊りを経験しているの? 流石はナイアの娘ね、タフで頑固で、仲間想い……」と、手が下半身へと回り込み、鋭い指を蜘蛛の様に躍らせる。
「なんのつもり……? 何故、あたしにこんな事を……?」
「私はね……貴女と彼女と家族になりたいの……その為に、貴女の力を貸して?」ドミノはクスクスと笑いながら更にアリシアの急所に手を這わせ、彼女の反応を楽しむ。
「ぐっ……や、やめ、て……」ついに膝が折れ、そのままドミノに成されるがまま地面に転がされる。
「さぁ、私に身を委ねて……」
「で、どうなったの?」話を聞いていたマリオンはカルテに奔らせるペンを止め、喉を鳴らす。
「そのまま朝がきて、あたしは気持ち悪い汗ぐっしょりで目覚めた。結局、夢だったみたいだけど……ある意味では夢では無かったのかも」ハンカチで目元を拭いながら口にするアリシア。
「そのドミノって女の目的は? 玩んだだけ?」
「結果だけ見れば、あたしを精神的に弱らせようとしたのかも。現に、痩せたり、目が霞んだり、幻覚を見たりするし」と、目から止めどなく流れる涙を拭う。
「少し診せて」マリオンは彼女の頭に手を置き、水分を読み取ろうとする。そこでアリシアの負の感情が流れ込み、まるで鉄砲水に襲われるような感覚に襲われ、頭から追い出される。「あ、危なかった……」
「ゴメン。だからエレンには診せたくなかったんだよね」
「だろうな。エレンに対する恨みの念が見えた」マリオンは鋭い目つきで彼女を睨む。目からは血涙がうっすらと滲んでいた。
「……ゴメン、それについては自分を許せないでいる」
アリシアは2年前、ウィルガルムの襲撃で半死人状態にされ、エレンから匙を投げられたことに対し心の片隅で小さな怨みの念を飼っていた。シルベウス曰く、誰でも心の中にそういった念を飼う事になると諭されたが、それでも彼女はこの念を抱いた自分自身を許せないでいた。故に彼女はエレンに心の中を覗かれない様に努め、今の今までセラピーを受けるのを拒んでいた。
「あんたはそうやって自分を追い詰めている。で、その性格を読まれて負の感情を流し込まれ、更に弱らせに来たんだろう。そのドミノって女は間違いなく敵だ。それもかなり高度の水使いだね。メモリーウォーターという水魔法の応用で夢操作をすることが出来る」
「だろうね。でも、精神攻撃に呪術の類は使っていない。もし使っていたら、あたしの光魔法で解呪出来る筈。母さんの知り合いという話は事実みたいだけど、いったい何故あたしを襲ったのか……?」アリシアは不思議そうに首を傾げ、頭を掻きながら唸った。
「その日から悪夢は見ているの?」
「最近やっと収まったかな……母さんが……いや……」口にするにも悍ましいその光景を思い出しただけでまた涙が溢れ、呼吸を乱して肩を揺らす。
「相当きついみたいね。もう無理に話さなくていい」と、マリオンは抗鬱作用のある薬膳茶を差し出した。
その頃、ナイアらを乗せた輸送機が旧ボスコピア上空へ入る。そこから潜伏できる森の中へと入り、潜入した仲間の合図を待つ予定であった。
「一睡もしなかったが、いつ寝ているんだ?」ハーヴェイは窓の外を眺めるナイアに話しかける。彼の隣ではディメンズが寝息を立てず静かに眠っていた。
「人前では寝ない様にしているの。例え、仲間の前でも。貴方こそ、寝ないの?」
「寝なくても脳に負担のかからない肉体を貰ったんだ。俺が寝るのは、再び死ぬ時だ」と、鉄仮面の内側で不敵に笑う。
「便利だ事……」
「……お前の身体はもうボロボロの筈だ。せめて睡眠を取らなきゃ、まともに動けない筈だが?」ハーヴェイは瞳に雷魔法を蓄え、ナイアの体内に流れる電気信号、神経の流れを観察する。彼女は薬や精神力で肉体を無理やり動かし、生命力を削っていた。
「タフなのが私のウリなのは知っているでしょ? 放っておいて」
「相手はあのヴァイリーとドミノだ。お前の弱点は簡単に見抜かれるだろう。そこに付け込まれて、折られるんじゃないぞ?」
「誰にモノを言っているの? 世界の影の拷問を3回も経験したこの私が? 舐めないで」
「わかった……ヴァイリーは俺とコイツが抑えておく。お前はドミノと決着をつけ、ヴァイリーにトドメを刺すんだな」
「えぇ……あんた達も、ヘマだけはしないでよ?」と、彼女は彼の胸を小突き、不敵に微笑んで見せた。
「わかっている。俺の役目はお前を守る事だ」
その頃、トコロ変わってゴッドブレスマウンテン。ここではゆっくりと時間が流れていたが、普段とは違いシルベウスは難しそうに唸り、溜息を連発していた。
「どうした? 早く私の肉体を再構築しろ!!」デストロイヤーゴーレムとの戦いで肉体を完全破壊されたノインが催促する様に前のめりになる。
「いや、魔王の事だ、何かある。しばらく様子をみよう。この下界での戦いがひと段落した後でも遅くはないだろう」
「そんな悠長な事を言ってられるか! 私が大海から不在となったらどうなるか分かっているのか? 海の治安が乱れ、潮は荒れ、バランスが崩れる事になるんだぞ?! そうなった後に戻ったらどれだけ面倒くさいか分かっているのかシルベウス!!」
「面倒くさいとかそう言うレベルの問題では無い!! ここで安易に想像の珠を使ったら、取り返しのつかない事が起きる気がするんだ。この下界での戦いは、我々に関係の無い戦いではないだろう」と、真面目な顔をしながらもやはりクリームパンは手放さず、一口で頬張る。
「その通りだ! 私の神殿には破壊の杖がある! 連中がそれを狙っているのだ! 守りはリヴァイアに任せているが、私もすぐ戻りたいんだ」ノインは一歩も引かず、彼の目を激しく睨み付ける。
「だが、気付かないか? 何か不気味な気配がするのを……いや、気のせいかもしれないが、こればかりは勘だな。誰かの視線を感じるんだ」と、シルベウスは視線を感じる方へは目を向け、忌々しそうに歯を食いしばった。
その目の先には気配も魔力も押し殺した魔王がジッと機会を伺っていた。
が、更にその遥か向こう側のマーナミーナ国のホーリーレギオン基地から巨大砲台が座標狂わさずに向いていた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




