149.因縁の相手
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ドミノ・ハーパーはナイア以上に謎を持って暗躍する女であった。20年以上前、まだ何者でもなかったナイアと知り合い、彼女に世の中で生きて行く術を教えた。その間に彼女の出生や目的などを聞き、復讐の術とその情報収集に手っ取り早い手段として取引相手であった世界の影を紹介する。
そこでナイアは更に情報を聞き出すための能力やどんな責め苦にも耐える精神力、体力を鍛える。そんな彼女に女の色気を利用する術を教えたのがドミノであった。
そこからドミノは彼女と組んで情報を調達しては世界の影の元で転がし、国々に混乱を招いていた。
彼女はナイアを最高のパートナーであると認め、ある種の恋愛感情を覚える。が、ナイアは仕事の途上、エリック・ヴァンガードと出会い、そこからドミノとの関係が崩れ始めた。
その事にドミノは激しく嫉妬し、エリックやその仲間たちの旅を幾度も邪魔をし、敵対する後の魔王であるエクリスらに肩入れする。更には世界の影にエリックが組織の将来を脅かす危険人物であると告げた。
それにより、世界の影の当時の首領はエリックの事を良く知るナイアに彼らの情報を寄越す様に迫る。ナイアはその頃にはエリックと視線を幾度も乗り越え、互いに恋愛感情を育んでいる最中であった。その為、ナイアは命がけで組織の命令を断り、数ヵ月に渡って拷問を受ける事となった。拷問官はドミノであった。
彼女はあらゆる手を尽くしてナイアを苦しめ、一生消えない傷をつけ、更には幾度も心肺停止にまで追い込んでは蘇生させた。それ程に彼女はナイアを愛し、その思いが100倍の憎しみとなって爪を思う存分振るった。
数か月にわたる拷問の果て、ナイアは心神喪失状態でゴミの様に扱われている所をエリック達に救われ、その身体や心をエリックと天才魔法医であるホワイティに救われる事となる。その後、怒り心頭のエリック達は世界の影本部へ殴り込み、多大な損害と首領の命を獲る事で決着をつけた。
ドミノはエリックらの怒りの牙を、死を偽造しながら逃れ、行方を眩ませた。ナイアが回復し、エリックと子供を儲けた事を知り、彼女は更なる憎しみを募らせ、ナイア周辺の情報収集を行いながらも次のビジネス相手である魔王とのパイプを太く、更に本数を増やしていた。
その間、ナイアはエリックが魔王に殺された事を知り、悲しむ間もなく行動を開始する。
なんと、彼女は憎き世界の影へ再び入る事を選んだのであった。その理由は、情報を集めるにはうってつけの組織である事に変わりはなく、魔王軍と敵対していた。カリスマ性を持った首領はおらず、優れた人員も不足していた為、組織はナイアをしぶしぶと受け入れた。その際、とある取引をし、彼女は大切なモノを失う事となった。
そこから更にナイアは魔王軍へ接触し、得意の情報調達スキルを売り込んだ。当時の魔王はナイアの正体までは見通せておらず、すんなりと軍へ招き入れた。ここで15年間、ナイアは世界の影と魔王軍の間で2重、はたまた3重スパイを演じる事となった。
それを知ったドミノは影ながらナイア、世界の影、暗躍するワルベルト達を探り、更にはククリスにまで手を伸ばした。得た情報を利用して彼女は自分独自の組織を作り上げ、密かに世界中で暗躍させ始め、第二の世界の影の様な存在になりつつあった。
そして3年ほど前、ついにドミノは再びナイアに向かって牙を剥き、手始めに第二の故郷であるピピス村を魔王軍に襲うよう仕向けた。同時にナイアの正体が魔王にばれ、彼女はバルバロン全土では活動出来ない程に指名手配されることになる。更に、世界の影の方にもバラし、ナイアは方々から追われる事となる。その上、ドミノは世界中から収集した情報の全てを魔王へ提供し、魔王軍は更にスムーズに作戦を進める様になった。
彼女はナイアへの愛憎で動いており、今まさに最後のメインディッシュを喰らおうと、舌なめずりをし、ヴァイリーの前で彼女の到着を待っていた。
「君は何故、そこまでナイアに拘るんだ?」好奇心からヴァイリーが顕微鏡から目を剥がしながら問う。彼は感情こそが人類の進化を促すと考え始めており、興味をそそった。
「……愛と言う感情に呪われた……と、でもいうべきかしら?」ドミノは用意させたカクテルを味わながら話した。
「また愛か……エリックもナイアも、そしてあの魔王もそれに狂わされた。そしてバルバロンの支配していった国々にも、そう言った感情の毒に蝕まれた者が多かった。成る程、それ程のモノなら、戦闘データに組み込んでみようか……」と、ヴァイリーは何かを思い付いたようにドミノが片手に持つカクテルを取り上げる。
「あら、何をするの?」
「君の唾液と血液を少し寄付して貰いたい。そこから『愛憎』という成分を研究し、データに付け加えようと思う」と、手早く彼女の腕から採血する。
「壊れても責任は持たないわよ? それに、私のはそこまで単純ではないわ」
「それは結構。今日はやはり眠れそうにないな」と、採取したサンプルをデータウォーターの中へ入れ、データ読み取り機へ入れる。
「残念。仕事が終わったら相手をして貰おうと思ったのに」と、ドミノは詰まらなさそうに彼の研究室を後にした。
ヴァイリーはもう彼女に興味がないのか、得たデータの分析を始め、興奮しながら目を充血させながらブツブツと何かを呟いた。
ドミノは研究員らの目を慣れた様にすり抜け、立ち入り禁止フロアのエレメンタルガードや警報器すら騙しながら奥へと向かい、起動実験予定のサンプルが眠る大型のカプセルの前に立つ。
「異世界転生者と寝て、その情報を得ようと思ったのだけど……まぁ、それは諸々終わってからでいいわ。貴方が私の感情で持ってコイツを味付けするのなら、私も色々と利用させて貰うわね」と、手の中に隠し持っていた水滴をカプセルへ垂らす。その水は生きている様に隙間へと潜り込んだ。
「さぁ、ナイア……私の愛はエリック異常だって事をわからせてあげる……」
破壊の杖争奪戦初日の深夜。聖地ククリスでは厳戒態勢と言わんばかりに手練れの属性使いが集結し、遅れてガイゼルとエミリーも到着する。彼らは皆、ミッドオーシャンの戦いやデストロイヤーゴーレムの同行を観察していた。
中でも実質的にククリスの主導権を握るシャルル・ポンドは冷静に執務室に座り、1日の最後の仕事を淡々とこなしていた。そこへ慌てた様にガイゼルとエミリーが揃ってノックする。
「入り給え」シャルルは何も知らないのか全てを知っているのか、落ち着き払った口調で返事をした。
慌てて入室した2人はリヴァイアから聞かされた全てをなるべく耳障りに鳴らない程度の口調で説明した。
「あぁ、知っている」と、軽く答えながら書類に判を押す。
「では、何故避難をしないのですか?」ガイゼルは首を傾げながら問うた。
「あいつは私を殺す気がないからだ。あいつは私に認めさせたいのだ。自分が世界王の器である事……一人前の王であることを。殺すならそれからだ」
「一体、どういう状況なんですか? 複雑というか、色々な場所で戦いが起こっていて……私はどうすればいいのか……」エミリーはぐちゃぐちゃになった頭の中を整理したそうに頭を掻く。
そんな彼女を窘める様にガイゼルは大きな手で彼女の背中を優しく叩く。
「賢者がそんな顔をするんじゃない。落ち着け」
「すいません……こんな事態、初めてで」
「それはワシも同じ事だ。で、コレからどうするんです? 撃たれないにしても、あの大砲はこちらを向いているそうですが?」
「こちらを向いているが、狙いはそこまで正確ではない。いや、ここではないどこかを正確に狙っているのかもな。まぁ、その時が来たら少なくとも、私はここから少しずれた砦の指令室にでも移動する」と、シャルルは2人には目も向けずに答える。
「では、我々は万が一に備えてこの城を……」エミリーが言いかけると、シャルルが初めて彼女に目を合わせた。
「いや、好きにし給え。自分がどうしたいか、どうすべきか。城を守るのはガーディアンだけで十分だ。自分にしか出来ない使命を全うせよ」と、口にすると2人に部屋を出て行くように追い払った。
「……どうしますか? ガイゼル殿」エミリーは彼の表情を伺う様に問う。
「己の心が何を言っているのか……それに正直になれと言われた気がした。ワシはもう心に決めている」彼は眼を血走らせ、魔力を滾らせた。
そんな彼の魔力を感じ取ったシャルルは室内で静かに微笑んだ。
「さぁナイアにラスティー……駒は少ないが、私も参加するぞ」と、書類に判を押した。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




