146.ナイアの目的
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
日が落ちたイモホップ港に一筋の光が飛来する。
「ただいま! ラスティーはいる?」アリシアは眉を怒らせながらきょろきょろと見回す。彼女は急な誘拐作戦に参加させられ、その策にラスティーが一枚噛んでいたことを知り、怒りを感じていた。
その途上、ヴレイズやケビンなどに声を掛けられて足を止めたが、やんわりと引き剥がしてラスティーの元へと向かう。
「なんか機嫌が悪いな?」ヴレイズは首を傾げ、彼女の後姿を眺める。
「作戦の途中、別行動をしたらしが……それと関係がありそうだな」と、ケビンは即席ハンバーガーをヴレイズに手渡し、齧りつく。
「あぁ、ラスティーのせいか。要するに……」察した様に頷き、ケビンから受け取ったバーガーを齧り、顔を顰めた。
「んまいか? ブルーパイナップルとピクルスのバーガー」
「相変わらずだな、お前の味覚……」
そんな彼らを尻目に、アリシアはラスティーのいるテントへ入り、世界地図の乗る卓を思い切り叩いた。
「おぉ、おかえり」ラスティーは紅茶の入ったカップを片手に挨拶をする。
「アレは一体どういう事?! 前もって説明してくれなかったから混乱したわ!」彼女は久々に苛立ち、睨み付ける。
「それに関しては済まなかった。まさか今日だったとは思わなくてな……無茶ぶりが過ぎるぞ、あのオヤジめ……」と、ラスティーは珍しく素直に謝罪する。
「黒勇隊に襲われた挙句、ファーストシティーで魔王の娘を誘拐する事になるなんて! 普通なら数か月かけて準備をする作戦でしょうが!」
「あちらは半年かけて準備していた。作戦にアリシアの名前を使わなかったのは細心の注意を払った結果だろう」
「でも、作戦の途中で急に……狩りを中断したことの無いあたしが! で、ドッグ破壊作戦は上手くいったの?」鼻息を荒くし、目を血走らせながら問う。
「あぁ。アクシデントはあったがな」
「アクシデント?! 何があったの?」と、彼に鼻先まで近づく。
ラスティーはロザリアとリヴァイアからの報告、更にデストロイヤーゴーレム破壊作戦の進捗状況、更にこれからの作戦まで滑らかに口にした。煙草を咥えて火を点け、灯りへ向かって煙を吹く。
「で、そちらの即席作戦は上手くいったのか?」
「とりあえず、ローリーはローワンに引き渡した。で、約束して欲しいんだけどいい?」
「何だ?」
「ローズはあたし達を助けるためにあの場に残ったの。彼女を仲間に迎え入れて上げて欲しい」
「あぁ、以前勧誘した事があった。やっとその気になったのか」
「頼んだよ。で、次の作戦は……いつ?」片眉を上げ、彼の瞳の中を覗く。
「上手くいけば3日後だが……その誘拐作戦が早まったのが気になるな……」と、ラスティーはバッテンだらけの世界地図を眺めながらため息を吐いた。
バルバロン西部の港町へローリーを乗せた馬車が到着し、流れる様に宿へと入る。ローワンは彼女を丁重に2階部屋へと送り届け、一礼して去る。代わる様にスーツを着た女性が入室する。
「貴女、アリシアさんのお母様ね? 雰囲気がよく似ているわ」やつれた顔で微笑む。
「顔と性格は父親似。貴方こそ、父親によく似ているわね。で、早速だけど貴女には国外へ出て貰うわ。貴女の頭の中のお父様は消えたかしら?」と、彼女の眼の奥を覗き込み、ルージュの唇で微笑む。
「えぇ、お陰でスッキリしました」
「私にはそういう技術は無いからよかったわ。貴方の弟さんの時は苦労したわ」と、鞄の中から書類を取り出し、一枚一枚めくって検める。
「……貴女、この戦いに参加するなって、方々から言われていませんか?」
ローリーは何かを見透かした様な目で彼女を眺めた。
「まぁ、不吉な助言って感じで気持ち悪いけど……なぜ?」彼女の問いに対して身震いを我慢しながら答える。
「私の父上が貴女を狙っています。この戦いで目立つような事をすれば、貴女を優先して襲うでしょう……殺されたくなければ、」と、口にするとナイアは彼女の口に手を置いた。
「安心なさい。私、魔王の爪を躱すのは得意なの」彼女は得意げに微笑み、用意された鞄をローリーに手渡す。
「これは?」ずっしりとしたそれは彼女の手に余った。
「旅行鞄よ。ってか、殆どお金だけど。しばらくローワンが貴方の旅のお供になるから、彼を見て色々と勉強しなさい」
「ありがとうございます。では、私からも……私の父上の貴方への執着は相当なモノです。甘く見ない方がいいですよ」
「……わかってる。20年以上前からの仲なもんで」ナイアは苦そうに口にし、退室する。
隣の部屋では、ローワンが旅支度の再確認をしながら茶の準備をしていた。
「アリシアたちの作戦を割ってまで誘拐して来てもらったけど、助かったわ。流石、我が娘ね」ナイアはソファに深く座って脚を組み、一息つく。同時にローワンが茶を淹れ、彼女に手渡す。
「少し作戦が早まりましたが、何故ですか? 俺も旅支度の為にもうひと仕事稼いで来たかったんですがね。何かトラブルでも?」と、片眉を上げながら伺う。
「えぇ……こっちを早く済ませないと、本題へ進めなくなったのよ。やっとヴァイリーの奴が尻尾を出してきた」
「ヴァイリー・スカイクロウ博士……量産型ウィリアムの共同開発者であり、呪術兵器部門の責任者ですね。貴女の最終目的、とか?」
「本当の最終目的はエクリスだけど、個人的にはそうね……」美味しそうに湯気を立てながら茶を啜り、満足そうに息を吐く。
「どんな怨みがあるんです?」興味新々を隠しきれずに問う。
「……私の故郷を、滅茶苦茶にした張本人なの」
「ピピス村でしたっけ?」
「いえ、それは私とアリシアが育った村……亡国ボスコピアよ」
「ボスコピア?! 蘇生魔法実験でゾンビが発生して滅んだっていうあの?」ローワンは知っているのか仰天し、その国の生き残りであるナイアにまた驚いた。
「その黒幕がヴァイリーなのよ。やっと奴をこの手で……」
すると、ローワンは彼女の目の色を見て首を傾げる。鼻をヒクヒクさせ、眉を上げ下げして彼女に一歩近づく。
「そのしっぽ、罠じゃないですか?」彼は生き残る術としてワルベルトに次いで鼻が利いた。
「……私もそう思う。でも、あえて私は飛び込むのよ。私の尻尾を魔王に掴ませる罠としてね」ナイアは怪しく微笑む。
「命を賭して、魔王を討たせるつもりですか?」
「そんなカッコいいものではないわ。安心して、私は命を投げ出すつもりはないわ。それに、何度も尻尾は斬ってきた」と、茶を飲み干し、テーブルに湯呑をトンと置いた。
その頃、アリシアは修理中のスレイヤーフォートレス内の診療室へ入り、マリオンと向き合っていた。彼女の書き込んだカルテに目を通し、満足した様に頷く。
「エレンの仕事と遜色ないわね。相当勉強している」
「どうも。あたいはあたいで勉強しているんでね……ラスティーは早々に交代して欲しそうだけど」と、面白くなさそうに口にする。
「あいつはセラピーを必要としているからね……ヴレイズのは物足りないみたい」
「あんたが付き合えばいいじゃない」
「あたしは忙しいの。貴女もそうでしょうけど、これなら勉強に時間を割かずにセラピーに時間を回せるんじゃない?」と、マリオンの僅かな表情の動きに注目する。
「……あいつが必要としているのはあたいじゃない……因みに、エレンはまだ時間がかかるよ」
「別に聞いてないわ」と、アリシアはマリオンの飲んでいる薬膳茶に光の雫を垂らす。「貴女もセラピーを必要としているんじゃない? あたしが聞くよ?」
「は? あんたはセラピーしている時間はないんじゃないの?」
「ラスティーのセラピーは、って意味よ」アリシアは微笑み、マリオンを長椅子に座らせる。
「……助かるわ」と、彼女は久々に海面に戻って息継ぎをする様なため息を吐き、遠慮なく長椅子に座った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに
 




