142.破壊の杖争奪戦 心の闇と迷い
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
アリシアはファーストシティーから離れた回収ポイントへ到着し、ローリーを木陰に降ろして一息ついていた。ローリーはここまで来るのにずっとアリシアの背中で吐き気を押さえ、顔を真っ青にしていた。
「スイマセン、少し、その……いいですか?」と、木陰の後ろで我慢できずに小さな唸り声を上げる。
「すいませんね、気を遣う余裕がなくて……それに、酔いに効く魔法も無くて……」と、彼女の正面にしゃがみ込み、顔色と瞳孔、脈拍を確認する。「栄養失調でもなさそうですが……魔力が枯渇している……?」と、首を傾げる。ローリーからは確かに闇の気配を強く感じたが、魔力は僅かにしか感じず、これほど弱いのはクラス1以下の一般人並であった。
「私はお父様の為にダーククリスタルを作っていました。しかし、もう作れない程身体が弱ってしまい……あそこに」
「貴女は……その御父さんの事をどう思っているんですか?」
「……私はお父様の事は、わかりません。生まれた時からずっと、私はダーククリスタルの作り方、より高純度のモノを作れるようにとひたすら勉強を続け、8歳の頃からダーククリスタルを作っていました。しかし、それの使い道やお父様の目的は知りません……国外の人からは魔王と呼ばれているとか……」吐き気が収まったのか、ローリーは滑らかに口にし、木に背中を預けて溜め息を吐く。
「そうか……弟さんに会いましたよ」アリシアはスワートの生意気な顔を思い出しながら口にする。
「スワートに? 彼は国外へ旅に出たと聞きましたが?」
「貴女を助けに来ると息巻いていましたよ」
「私を? ……そうですか……」と、一筋涙を流す。
彼女は箱入り娘としてあの塔でずっと過ごし、外界の交流も殆ど無かった。たまに父である魔王が顔を見せ、ダーククリスタルの制作状況を問いに来るだけであった。弟に関しては10年前までは普通に会って仲良く遊んでいたが、彼が魔王の真実に気付き始めた途端会えなくなってしまった。
「貴女はお父様を倒すのですよね?」何かを危惧する様にローリーがアリシアの目を見る。
「えぇ、まぁ……」言いにくそうに口をモゴモゴさせると、ローリーが彼女の手を掴む。
「……貴女の中にお父様の気配を感じます……」
「んな? そんな、バカな!!」アリシアは狼狽し、自分の中に闇魔法による汚染を確認する。が、その様なモノは無く、首を傾げる。
「魔法によるものではなく……知識と言う名の毒、そして幾度ものお父様との接触によって、貴女の中の信念に皹が入りつつあるのを感じます」と、ローリーがアリシアの頭に手を触れて目を瞑る。
「貴女は……?」
「闇使いは、心の闇を感じ取る事が出来ます。癒す事は出来ませんが……もし、このままお父様の思い通りになりたくなければ、迷いを捨てなければ……」
「迷い……それはわかっています。それに、その時の覚悟も……」アリシアは拳を握り、目を瞑って俯いた。
その後はローワンの手配した馬車が到着し、彼女を国外へ向けた貨物船へ載せ、討魔団本部へ向かわせる予定であった。そこでアリシアは別れ、ラスティー達の待つイモホップ港へと飛んでいった。
その頃、ローズは血みどろになって壁にもたれ掛って座り込んでいた。彼女は2体の量産型ウィリアムを悍ましい方法で破壊し、地面に叩き伏せていた。1体は顎が外され、喉の奥から動力源たる心臓部を抉り取られていた。もう1体は片腕が捥ぎ取られ、首は反対側を向き、鳩尾にポッカリと穴が空いていた。
ただ、ローズの方もタダでは済んでおらず、右腕拳は原型を留めない程に潰れ、左膝も砕け、全身は切り傷打撲だらけで頭も割れていた。更に隻眼は雷魔法で動体視力を極限まで強化したせいで視神経が焼き切れ、失明していた。
「……っち……無茶し過ぎたな……」と、近くに転がる血塗れの箱を拾い、煙草を取り出す。残りの1本もべちょべちょに濡れ、己の血が滴っていた。
「やってらんないねぇ……」と、煙草を吐き捨て、なんと立ち上がろうと踏ん張るが、傷口から残り少ない血を噴き出て、視界がぐらりと揺れる。彼女の回復剤はそこをつき、万策尽きていた。
そこへ何者かがハイヒールの音を鳴らしながらやって来る。その者は魔王秘書長のソルツであった。魔王の娘誘拐はトップシークレットであるため、必要以上の人員を使わない様に彼女自身が動いていた。
「ローズ……まさかウィリアムシリーズを2体破壊するなんて大したものね……」
「秘書長自らお出ましとはね……」苦しそうに咳を吐きながら口にする。
「お嬢様の行方は?」
「はは……言う訳ないでしょ?」
「まぁいいわ……貴女は地獄行きよ。情報を吐くも吐かないも関係なく、ね。黒勇隊を除隊処分になったそうだけど……まぁどちらにしろ関係ないわ。それに、魔王様は全て御見通しよ。貴方も、反乱分子もワルベルトも、全員手の上よ」ソルツは満足げに微笑む。
「地獄は経験済み……精々、楽しむわ」見えなくなった目を見開き、声のする方へ睨み付けた。
「しかし……ウィリアム1体でどれだけかかると思っているのよ……」呆れた様にソルツは足元に転がった人造人間の残骸を見下ろした。
「んぅ……」海底神殿にて治療中だったスカーレットが目を覚まし、微睡んだ表情で起き上る。彼女の身体には傷ひとつ残っておらず、完璧に治癒していた。が、酸欠によって頭にダメージが残っており、記憶が曖昧であった。
それを感じ取り、リヴァイアのドッペルウォーターが現れる。本体の彼女は別件で神殿を留守にしていた。
「経過は良好、若干の記憶障害ありってトコロね」と、あっという間に診断する。
「私は……港でデストロイヤーゴーレムのドッグを……ここは?」
「面倒くさいからちゃちゃっとやらせて貰うわ」と、今迄起きた事やラスティーと会話をした情報を詰め合わせた水魔法をスカーレットの頭へ送り込み、無理やり流す。それは全て彼女の脳内にひんやりと詰め込まれた。
「私がいなくても、無事成功したのね……よかったんだか、情けないやら……」と、自分の不甲斐なさに歯噛みし、拳を震わせた。
「そう思う? だったら、私の仕事を手伝う気はあるかしら?」
「貴女のお手伝いを……? 賢者様の?」
「まだ頭がふんわりしていそうだから、まだいいけど……じきに戦いが激化するわ……その時、私の手足となって貰うから覚悟しなさい」と、リヴァイアは半透明の微笑みを向け、踵を返し、再びスカーレットをヒールウォーターバスの中へと叩き込んだ。
「ごばぼばぶぶべぼ!!」
「まだまだ本調子ではないでしょう。完璧になったら、手伝わせてあげる」と、彼女は自分の本体のいる西の方向へと向いた。
同時刻、イモホップ港ではスレイヤーフォートレスの修理や各輸送機の整備が行われていた。そんな中、ベンジャミンは集まりに集まったデストロイヤーゴーレムの情報を地べたに広げ、関連性のあるモノと紐づけしていき、少しずつ攻略へ前進していた。
「……流石父さん、こんな巨大な兵器につけ入る隙をこんなにも減らすとは……でも、あるはずなんだ……決定的な隙が……!」この戦いが始まってから行きつく間もなく目を見開き続ける彼は、鼻息を荒くしていた。
そんな彼の背後からマリオンがゆっくりと歩み寄る。
「少しは休まないと、こいつを打倒する前に君が倒れるぞ?」と、薬膳茶を差し出す。
「うるさい!! 僕は今、誰よりも集中しなきゃいけないんだ!!」ベンジャミンは相手が誰かもわからずに声を荒げた。
そんな彼を振り向かせ、マリオンは彼を優しく抱き寄せた。
「君が潰れたら、あっという間に作戦は崩壊する。君がどんなに頑丈だとしても、休まなければ必ず潰れる。それは君も望んではいない筈だ」
「……っ」ベンジャミンは押し黙り、彼女の優しさに甘える様に眼を瞑った。
その後、彼はゆっくりと薬膳茶を飲み、一息つき、思い出した様に一筋鼻血を垂らした。
マリオンは彼の鼻血をハンカチで拭い、優しく微笑んで踵を返した。
「馴れない仕事押し付けてくれて……ま、いいけどさ」彼女は面倒くさそうにため息を吐きながらもまんざらでもない表情を残してその場を去った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




