132.破壊の杖争奪戦 怒り震えるロザリア
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
漏れる空気も無くなり、苦しみから解放される事も無く深い海底へと沈むスカーレット。常人でも超人でも絶命しうる場で彼女は死ぬ事も気絶する事も許さぬメラニーの呪術に縛られ、もはや走馬灯も見終わっていた。光届かぬ深海に到達し、彼女の頭骨から不気味な音が響く。彼女の身体は水圧でペシャンコになり、もはや生きているのも不思議なほど肉体は崩れていた。もう少し圧がかかったら、彼女の頭は潰れ、今度こそ呪術に関係なく絶命する事になった。
そんな彼女の眼前から一匹の巨影が近づいていた。それは魚と呼ぶには余りにも大きく、真ん丸のつぶらな目に巨大な口が印象的の怪物であった。このミッドオーシャンで海神様と呼ばれ恐れられるギガ・シャークであった。
巨大鮫はスカーレットの血の匂いを嗅いだか、大口を開けて急速接近し、あっという間に丸のみにしてしまう。そして、巨大鮫はそのまま更に深い真っ暗闇の海へと泳いでいった。
黒勇隊の馬車はファーストシティへ向かっていた。繋がれた馬は風の属性魔法を帯びており、普通の数倍早く駆ける事が出来た。
その中でアリシアは魔王の娘誘拐の準備を進めていた。
「あの2人はどうしたの? スワートとトレイ」
「あいつらはもう立派な一人前だからね、二人合わせて。やっとうるさいお目付け役のいない2人旅を楽しんでいる所よ」ローズは余裕たっぷりに足を組み、馬車の揺れに身を任せていた。
すると馬車が急に止まり、隊員のひとりが「着きました」と、報告をする。
「もう?」アリシアが外へ顔を出すと、そこにはにやけ面と揉み手の似合う若者が中腰で立っていた。
「はじめまして、アリシアさん!! お噂はかねがね。僕は武器商人のローワンと申します!」
「武器商人……?」アリシアは首を傾げながら馬車を出る。続いてローズも下車し、ローワンの肩を叩く。
「こいつはワルベルトの息子みたいなもんだよ」
「あの人の息子、みたいなもん??」アリシアは目を丸くし、ワルベルトの胡散臭いにやけ顔を思い出す。「成る程」
「息子というか弟子と言うか、小間使いみたいなもんですよ」と、ローワンは自慢げに胸を叩く。
彼は5年前に戦場跡地の武器を拾っている所を強盗団に襲われそうになったところをディメンズに助けられ、そのままワルベルトの世話になる事になったのであった。彼の武器の目利きと情報収集能力は一目置かれており、ワルベルトが不在時には彼が代りとなって働いていた。
「で、アリシアさん! あなたは優秀な狩人だそうで! それにこれから潜入任務……こんなのは如何でしょう?」と、黒金色のナイフを取り出す。それはアリシアが以前持っていた自慢のナイフ瓜二つであった。
彼女はそれを丁寧に受け取り、色、刃渡り、鋭さを確認し、感心する様に頷く。
「よく用意で来たね。こんな逸品は中々お目にかかれない……」
「一本気に入ってくれれば、もう一本サービス致しますが、どうでしょう!」ローワンは自慢げに取り出し、眉を上げ下げして見せる。
「ちょっと、普段はこっちが金を見せない限りまともな商品を出さないクセに!」ローズは彼に顔を近づけて口を尖らせる。
「魔王軍にサービスしてもロクな噂が立たないんでね。ふん!」と、彼女の前から顔を退け、アリシアに一歩近づく。「で、弓なんですが……」
「ローズ、この子もしかして……」
「うん、故郷はバルバロンに呑まれ、家族は勇者を名乗る強盗団に殺されたってさ」ローズはため息交じりに口にする。
「絶対に魔王を倒して下さい! その為に手を貸しているんですからね! で、この弓が」
「とっとと本命を出しなよ!! 出し惜しみまでワルベルトに似たか!?」と、ローズは苛立ったように胸倉を掴む。
「はい……」と、懐から書類束を取り出し、サッとアリシアに手渡す。それは魔王の娘ローリーの囚われる塔の見取り図と警備状況が事細かに書かれていた。彼女は無言でそれを読み進め、頭に叩き込んでいく。
「それを手に入れるのには苦労したんですよ。情報屋を3人殺されましたからね」ローワンは沈んだ表情を覗かせ、咳ばらいをする。
「そう。で、他には?」と、アリシアは光魔法で書類をあっという間に燃やして手を払う。
「流石……これが重要なんですが、現在魔王は闇をバルバロンではなくとある場所へ向かって飛ばして集中しています。つまり、この大陸はしばらく魔王からの監視が薄くなっている訳で……」
「その場所は?」ローズが訝し気に尋ねる。
「詳しくはわかりませんが……南西の方角としか」彼が応えると、アリシアはピンと来た表情を見せる。
「ゴッドブレスマウンテン……」
ところ戻ってデストロイヤーゴーレムのドッグのある港では、ロザリアが雷嵐を吹き荒れさせ、竜巻と稲妻の斬撃を繰り出していた。大地は裂け、雲は掻き消え、周囲の建物がバラバラに消し飛ぶ。が、スネイクスが守護するドッグには皹ひとつしか入っていなかった。
「化け物め……」スネイクスはフラフラの血みどろになっても直ぐに肉体を回復魔法で治癒させ、何とかロザリアの攻撃を緩めさせようとカマイタチを放つ。が、全て大剣の一振りで消し飛ばされ、またライトニングハンマー並の一撃が繰り出される。
「流石は六魔道団。そう上手くは行かないか……」と、大剣を握り直して構える。
そこへ大水流に乗ってメラニーが現れる。彼女のヒールウォーターで疲弊したスネイクスを一気に癒す。
「調子はどう?」
「遅いぞ、メラニー! こいつには二人でかからないと無理だ!!」
やって来たメラニーを見てロザリアは周囲を見回して冷や汗を掻く。
「……スカーレットは……どうした?」瞳と大剣を握った手が震える。
「もちろん始末したわ。今は深海でお魚と泳いでいるんじゃない?」
この一言を聞き、ロザリアは目を血走らせて魔力循環が更に高速化し、踏み込んだ地面に大皹が入る。
「……出来ればドッグを破壊するだけで済ませたかったが……」と、歯の間から絞り出した瞬間、2人の間に向かって魔刀蒼電を抜刀して突きを放つ。その一撃はスネイクスの鉄壁の守りを貫き、ドッグの壁に穴を開け、更に向こう側の壁まで貫通させる。
「んな!! なんて……こと……」スネイクスは自慢の防御魔法を貫かれたショックで膝が震える。
「ドッグの守備に集中すべきだけど、守りを忘れてこいつを倒す事に集中した方がいいんじゃない?」メラニーはロザリアの殺人的な殺気に当てられて顔を青くさせる。
「ドッグを破壊されたらこいつの勝ちだ!! 絶対にここは守備しなきゃ……六魔道団の名折れ!!」
そんな2人を前にし、ロザリアは二刀を構え、初めて怒りに満ちた顔を向けた。
「覚悟しろ!!」
と、同時にメラニーの腕が飛び、袈裟斬りに胴が真っ二つに分かれる。
「な゛に゛!」メラニーはすぐさま回復魔法で胴体を繋ぎ止め、治療が開始される。が、切断面に稲妻が奔り傷口を噛み砕く。「が、がい゛ぶぐでぎな゛い゛!!」焦げ臭い血をゴボゴボと吐き出し、その場に崩れ落ちる。
そんな彼女の頭上に容赦なく魔剣王風を振り下ろすロザリア。
スネイクスはそれを風魔法で受け止める自信がなく、メラニーを風魔法で攫い、間合いを取った。ロザリアの一撃は大地に叩き付けられ、その場に巨大な地割れを発生させた。
「こ、こいつ……本気を、いや……殺意剥きだしといった所か……」スネイクスはロザリアの向く方向を見て分析する。今の彼女はドッグには目もくれず、メラニーを睨み付け続けていた。
スネイクスはメラニーに噛みついた稲妻を振り払い、風の回復魔法を注入させて治療の手助けをする。
「あいつの狙いは幸か不幸か、あんたみたいね。これを利用して2人がかりで倒すよ!」
「やっぱり来るんじゃなかった……」メラニーは涙ながらに口にし、奥歯を震わせた。
その頃、大海の監視者の根城である海底神殿にギガ・シャークが急接近し、口内のスカーレットを吐き捨てる。彼女はそのまま神殿の床を転がり、ゴボゴボと海水を吐いた。彼女の身体には未だにメラニーの延命呪術が生きており、不思議とまだ生きていた。
そこへ海底神殿の留守を任されるリヴァイアが現れる。
「今は忙しいんだけど……あの鮫、空気読みなさいよ……」と、忌々しそうにスカーレットを見る。あの巨大鮫は時折漂流者を飲み込んでは海底神殿へ送り届け、打って変わってごみを撒き散らす船は丸呑みにしていた。
リヴァイアはスカーレットの身体に手を置き、眼を瞑って彼女の水分を読み取る。
「……ヴレイズの仲間か……半端に育てちゃって、ったく……彼には世話になりっぱなしだしね……」と、手早くヒールウォーターバスで包み込み、彼女の治療を始めた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに
 




