126.破壊の杖争奪戦 炎VS大地 後編
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ヴレイズはフレインと旅をし、いつの間にか炎牙龍拳の型や呼吸、技をその身に宿し、五体に行き渡らせていた。本人は自覚していなかったが、フレインを奪われた事により、彼女との繋がり、思い出をひとつでも多く持っておきたいと言う意識から勝手にこの技がその身に宿っていた。
彼が意識してこの型を構えるのは初めてであったが、呼吸や魔力の練り上げの基礎が炎牙龍拳の基本形となっていた。
それ程にこの格闘技はヴレイズと密接に結びついており、ここまでヴレイズが成長できたのも共に旅していたフレインのお陰とも言えた。
そして、彼は必ず奪われたフレインを取り戻すと心の中で固く誓い、また彼女と拳を交える事を目標に今まで、修行を続けていた。
そんな彼の拳が、魔王軍六魔道団の中でも接近戦最強の男、ソロモンに認められつつあった。
ソロモンの瞳に火炎龍が映った瞬間、防ぎ手にヴレイズの拳がめり込む。彼は反射的に自分が防御態勢を取った事に驚く。
「拳で迎え撃つことはあるが、まさかこの俺が……」驚きの合間を縫われ、次々と襲い来るヴレイズの攻撃を次々と防ぎ、感心する様に唸る。
彼の赤熱拳は我流の必殺拳であったが、これを炎牙龍拳の型に乗せて放つと、威力が数倍となり、分厚くて硬く練り上がったソロモンの防ぎ手を凹ませた。
「……」逆にヴレイズは無駄口を叩かず、ゆっくりと熱い息を吐き、龍が如き一撃を見舞う。その攻撃はソロモンの防ぎ手を僅かに歪ませて数ミリ弾いた。
次の一撃がソロモンの防ぎ手を掻い潜り、鳩尾を捉えてめり込ませる。
「ぐぼぁ!!」深々と突き刺さった拳が彼の胃袋を焼き尽くし、吐いた血が燃え上がる。
ヴレイズはゆっくりと拳を抜き、一歩引く。彼の眼光はまだ油断しておらず、構えも解かず、魔力は未だ赤々と燃えていた。
「がっ……かはっ! は……ははは……」ソロモンは再び溢れる涙を拭い、嬉しそうに微笑む。胸を張ると、既に彼の鳩尾は完治しており、乱れた呼吸も落ち着きを取り戻していた。
「やっぱりか……」
「嬉しいぞ! ここまで俺を追い込む者は現れなかった!! お前も遠慮なく本気を出せぇい!!!」と、ソロモンは両腕、胸板などの全身の筋肉を隆起させ、蒸気を上げた。
「……くっ」遠くで繰り広げられる仲間たちの戦いへチラリと目を向け、奥歯を噛みしめる。
「ウルスラか……あいつの氷結魔法を抑えるのに魔力を使っているから、全力を出せずにいるな?」ソロモンは冷静にヴレイズの内情を見抜く。
「だったらなんだ?」
「作戦、仲間、敵……しがらみから自分を解放し、俺と戦え! じゃないと、俺には勝てないぞ!!」と、ソロモンは遠慮なしに間合いを詰め、拳を振るう。
その拳はヴレイズの頬を掠め、彼の背後の大地が爆ぜ飛ぶ。
「ぬ!!」ヴレイズは慌てて間合いを取り、防御姿勢を取る。
「直撃すれば回復する間もなく消し飛ぶぞ?! 本気を出せ!!」と、間合いを取るヴレイズにあっという間に追いつき、一瞬で数発の拳が見舞われる。その一発一発が災害級の一撃であり、ヴレイズの背後の海岸が見る影もなく破壊される。彼はその全てを捌いたが、無傷では済まず、両腕が何か所も骨折し、一瞬で完治させた。
ヴレイズはソロモンへ向き直り、血唾を吐きながら睨み付けた。
「目の前の戦いに集中するなら、お前の言う通り、全力を出すべきだな。だが、この戦い、作戦は俺だけのモノじゃないんだ!!」と、彼はウルスラへ魔力を集中しながら、目の前の怪物に向かって拳を振るった。
ウルスラを目の前にしたケビンは余裕の笑みを覗かせながら大剣を振るい、彼女の水魔法を迎え撃つ。彼の剣技は数か月前よりも、より一層鋭さを増していた。
「貴様、本気を出していないな?」練り上げた水魔法を片手にウルスラが苛立ち混じりに口にする。
「いや、あんたが強いだけさ」と、宙返りをしながら水弾を避け、着地する。
「……く、ヴレイズめぇ!!」未だに氷結魔法を封じられ、苛立つように口の端を噛む。彼女が全力を出せれば、ケビンだけでなくキャメロンらの部隊を一気に凍らせて薙ぎ払う事が出来た。それが出来ず、歯痒く思い、苛立ちが募っていた。
そんなケビンもヴレイズと同様、目の前の戦いではなくラスティーの作戦通りに動いていた。
更に、キャメロンらの部隊も魔王軍と正面から戦ってはいたが、相手を倒す事は目的とはしておらず、バチバチと火花を散らし、一進一退の戦いをするだけであった。
なぜなら、ここで彼らを全滅させれば、次は内陸の方から別部隊が押し寄せるからであった。ラスティー達の作戦はあくまでデストロイヤーゴーレムの破壊であり、魔王軍との全面戦争ではなかった。故に、デストロイヤーゴーレムへの援護を回せない程度のまぁまぁな戦いをするのがヴレイズらに課せられた戦いであった。
そのお陰か、魔王軍の増援は現れることなく、ラスティーの望む膠着状態の戦いとなっていた。
「いい? 防戦に徹して! 決してやり過ぎないでよ!!」キャメロンは部下に言い聞かせながらも温度の低い火炎弾をばら撒き、派手な戦いを演じて見せる。
「今の所は順調か……ん?」エルは何か物騒な視線に気が付き、北の方へ目を向ける。
そこには馬に乗った鎧の男がこちらへ駆けていた。その者は大槍『無鉄』を片手に握り、手綱を振るって巨馬を自在に操っていた。
その男は、元トラウド国の英雄にして世界最強の武人と呼ばれるヴィントス・リコルであった。彼の実力は黒勇隊総隊長であるゼルヴァルトやソロモンと並ぶ最強と名高い男であった。剣はゼルヴァルト、格闘技はソロモン、そして槍はヴィントスとこの国では恐れられていた。
「な、何でここに……」同じくトラウド国出身であるエルは瞳を震わせ、今にも泣きそうな声を漏らす。
「どうしたエル!! 何故こんな戦いで涙声を漏らしているんだ?」と、キャメロンは彼から震えた手で双眼鏡を手渡される。「あいつぁ……ヴィントス? 単騎か?」と、彼の周囲を探る。ヴィントスはトラウド国の将であったが、部下をひとりも連れずに単騎で駆けていた。
「……こいつぁ……ナイトメアソルジャーを相手にした方がましかもね……」キャメロンは声を震わせ、緊張する様に背筋を伸ばす。彼女は駆け出しの頃、ヴィントスが戦う場に居合わせ、その槍の一振りに怖気づいて一歩も動けずに腰を抜かした経験があった。その豪槍の一撃は魔力も小細工も無かったが、一振りで20人以上が真っ二つになり、砂塵と共に消し飛んだ。更に彼は大地使いであり、自分の得意なフィールドを作り出して巨馬で駆け回り、数千の反乱軍を一瞬にして全滅に追いやった。
キャメロンはその戦いで、山と積まれた死体の中に紛れて運よく命を拾った。彼女の駆け出し時代の苦い経験であった。
「ヴィントスさん、なぜ……」エルも震えてはいたが、そこには恐怖の色はなく、懐かしさの籠った声を出した。
「知り合いなの?」キャメロンが問うと、エルは悩むような唸り声を漏らす。
「子供の頃、お世話になったんです。父さんの友人で、俺たちの家族に良くしてくれました」
「へぇ~……え?! 親戚みたいな付き合いしていたの?!」
「まぁ……俺が黒勇隊へ入隊するって言った時には激しく反対されましたけど……」
「へぇ……ワンチャン、話し合いで解決できない?」キャメロンは震えた声を我慢しながら問う。彼女の心の奥底に、彼の豪槍の先が恐怖としてへばり付き、ナイトメアソルジャーよりも相手をしたくない敵であった。
「出来ない……でしょうねぇ……故郷を去る際、腹に拳を、鼻先にあの槍を振るわれました。手は抜いていたでしょうが、あの人は……戦いにおいて手を抜くような人じゃありません」と、エルは覚悟を決めた様に盾を握り直し、深く息を吐いた。
「あら、あんた……珍しく良い目をしているじゃん……」自分の怯えを悟らせない様にキャメロンは笑って誤魔化す。
「黒勇隊にいた頃、語り草になっていたんですが……ゼルヴァルトさんが一騎打ちであの人の兜を奪って、命を奪わずして決着をつけたらしいんです。一度は憧れた総隊長の戦い、俺もやってみたいな、って……そして、今の俺はあの人を超える事が出来るか……」エルは力強く魔力を込め、腰を落とし、この隊にいる誰よりも気迫を見せる。
「この戦いの主役は、あんたかもね。援護するよ、エル!」と、キャメロンは合図をし、全軍にエルに道を開ける様に指示をした。
その頃、噂のヴィントスは兜のフルフェイスの向こう側の目を光らせていた。
「エル……久しいな。まさかこの様な再開になるとは……」と、大槍を振るい、空を斬り裂く。「ウェイズ……悪く思うな」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




