124.破壊の杖争奪戦 動くソロモン
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
「なんだか殺気立った姉ちゃんがいるなぁ~ お前に向けられているぞ? 知り合いか?」海上をテンポよく奔りながらケビンがヴレイズに問う。
「奴はウルスラ……サバティッシュ国を支配していた氷使いだ! 奴は手強い……俺に任せておけ!!」と、手の中で魔力を操り、ウルスラの氷結魔法の妨害を続ける。
「頼もしいな! なら、俺は隣のヤツかな?」と、ウルスラのふた回りほど大きな男を見る。その者は大して魔力を纏ってはいなかったが、ただ者では無い気配を醸しだしていた。
「あの男……気を付けろよ、ケビン……」何かに気が付いたヴレイズはソロモンの自分を見る視線に気が付き、背筋をざわつかせる。
「大丈夫だ。俺には秘密兵器があるからな」と、懐からとあるモノを出す。それはフラッシュグレネードに似た何かであった。それは黒い靄の様なモノを隙間から漏れ出させていた。
「それは?」
「言うなれば、ダークグレネードかな?」
2週間前、ケビンはロックオーン国の討魔団ロックオーン支部へと向かい、そこでダニエル支部長の右腕として働くリサに会いに行っていた。彼女は討魔団唯一の闇使いではあったが、魔王軍に察知されない様に特別扱いはしていなかった。元黒勇隊副隊長を務めていただけあって優秀であり、ダニエルから重宝されていた。
「吸血鬼がなんの用ですか?」リサは眼鏡を上げながら彼の訪問に応える。彼女は情報管理を任されていた。本部のレイの様なポジションである。
「君、闇使いなんだよね? 俺が聞くには、魔王の血縁者にしか闇属性は宿らないと聞いたが?」
「色々と事情があってね。エルはそっちで元気にしている? キャメロンの下で働く冴えない光使いなんだけど……」
「黒勇隊時代の後輩なんだっけ? 中々の活躍をして見せたって聞いているぜ。今やキャメロンさんの隊には無くてはならない存在だとか……で、君にお願いがあるんだが……」
「何でしょう?」
「こいつに、君の闇属性を注入してくれないかな?」と、ケビンは懐から空のグレネードを取り出し、彼女の机の上に置く。
「……これに? あなた、闇をばら撒くつもり? どういうつもり?!」リサは憤りながらカラノグレネードを掴み、彼に突き返す。
「そうじゃない……自分に使うんだ」
「はぁ?」目を剥き、彼の顔を見つめながら首を傾げる。
「俺の吸血鬼としての呪いは、闇に触れる事で活性化するんだ。だが、魔王の介した闇だと、魔王の意志に支配されそうになる。が、君から放たれる闇なら、操られる事はない。頼む、力を貸してくれ!」と、頭を下げながらグレネードを再び彼女の前に置く。
「……敵にも味方にも使わないって約束してくれる? 用途は自分にだけ。それ以外の使い方はナシ」と、リサは尖った眼で彼を睨んだ。彼女はそれだけ闇属性に対して慎重であり、この討魔団に入ってからは誰に対しても使っていなかった。
「約束する」
「……破ったら、ニンニク料理食べさせるから」リサはグレネードを素早く取り上げ、仕方なさそうにため息を吐いた。
「無事帰ってきたら、ご馳走してくれ」
「くそ!! くそ!! くそぉ!!!」ウルスラは手の中の魔力を操り、何とかブリザードを再び引き起こそうとしたが、ヴレイズの炎魔法に妨害され、それが出来ずにイラついていた。更に魔力を強めて海を凍らせようとしたが、それも出来なかった。そこで相性だけでなく、魔力すらも超えられている事を悟り、彼女は唸り散らして髪をクシャクシャにする。
「落ち着け」
そこでやっと隣で仁王立ちしていたソロモンが口を開き、彼女の肩を掴んだ。
「なによ! 集中できないじゃない!! 邪魔しないで!!」
「あの男はお前の属性では相性最悪だ。俺がやる」と、静かに口にする。
「ふざけないで!! あいつは私が!!」ウルスラが鬼面で大声を上げると、ソロモンは勢いよく彼女に魔力をぶつけ、鼻血を出させる。「ぐっ!!」
「お前こそいい加減にしろ!! お前の失態ひとつで軍は崩れ、討魔団につけ入る隙を与える事になるんだぞ!! お前はまた、魔王様を失望させるのか?!」
「また……魔王様を……」ウルスラは魔王の冷たい視線を想い出し、膝を震わせる。
「ヴレイズは俺に任せ、お前はあの吸血鬼の相手を頼む。俺がヴレイズの集中を乱せば、少しはお前の氷結魔法も使える様になるだろう。その時、一気にカタをつけるんだ」ソロモンは落ち着いた口調で彼女を諭す。
「わ、わかった……あ、ありがとう」ウルスラは声を震わせ、自分を鼓舞する様に魔力を高める。
次の瞬間、ヴレイズとケビンが海岸へ到着し、急停止する。2人はいつでも戦えるように身体は温まっていた。その頭上をキャメロン隊の載った輸送機の一機目が通過する。それと同時に魔王軍が怒号を上げて前進を開始し、残った兵器を使って輸送機へ向けて攻撃を始める。
「久しぶりだな、ウルスラ」ヴレイズが赤熱右腕を赤々と燃え上がらせ、構える。彼女はサバティッシュ国で喫した敗北を昨日の事の様に思い出し、奥歯を鳴らして冷や汗を垂らした。
「で、俺の相手がこのデカブツか……」ケビンは大剣を肩に乗せて構え、余裕の笑みを覗かせる。
「……」次の瞬間、ソロモンがその場から消え、ヴレイズの顔面に拳をめり込ませていた。彼はそのまま海の彼方へすっ飛び、飛び石の様に水面上を撥ねる。
ソロモンはびりびりと衝撃残る拳を握り直して腕を組み、ヴレイズの沈んだ海を静かに睨んだ。
「なに?」と、言う間にケビンの足元が少しずつ凍り始める。
「早速気が緩んだみたいね、ヴレイズ……さ、あんた氷漬けにしてバラバラにしてやる!!」ウルスラは調子を少しずつ戻し、手から冷気を放った。
「それは御免だ!!」と、脚が完全に凍り付く前にケビンは上空へ跳び、大剣を振り乱してウルスラを睨み付ける。
「……」ソロモンがヴレイズの気配を感じ取った瞬間、彼の周囲に火炎弾が次々と着弾し、熱線が飛んで来る。
「お返しだぜ!!」いつの間にやら上空へ跳び上がったヴレイズがいつになく極太の熱線を放っていた。
ソロモンはそれを防ぐ様子も見せずに分厚い胸板で受け、火花を散らさせた。
「なにぃ?」ヴレイズは我が目を疑い、熱線を止める。代わりにウルスラの氷結魔法への注意を再開し、自分はソロモンの間合いギリギリの海上で浮遊した。「……ボルカディか……」
ボルカディとは大地使いのみが習得できる格闘技であった。この武術を治めるには死ぬような鍛錬と修業期間を必要とし、殆どの修行者が断念した。討魔団のローレンスがこれの修行を半年続けたが破門された程であった。
ボルカディとは心技体だけでなく、魔力と大地と一体となって全身全霊の一撃を放つ格闘技であり、これを極めた者は大陸一の実力者として名を上げる事が出来た。
ソロモンはその中でもボルカディを極めし者として名を轟かせており、六魔道団の中でも屈指の実力者であり、その力は大地の賢者に匹敵するとまで言われていた。
「フレインと武者修行をしていた時に、何度か拳を交えたっけな。馬鹿みたいに強力な拳だったっけ」ヴレイズは殴られた頬を回復魔法で完治させ、血唾を吐いた。
対してソロモンは何も返さずに黙って彼を睨み付けたまま腕を組んでいた。
「……なるべく、同じ大地で戦うべきではないってのがフレインと出した答えだったな……正面から殴り合ったら確実に打ち負ける……フレインは正面からを諦めて、珍しく後手に回っていたっけ……」と、ソロモンの頭上を取る様に上空を飛ぶ。
「……」ソロモンは表情を変えず、ただヴレイズの姿を目の中に入れるように視線を動かす。
「ボルカディの弱点は、飛び技がない……これを利用して叩くしか……」と、ヴレイズも腕を組みながら頭を捻る。
ソロモンは足元の地面をむんずと掴み、肩の筋肉を盛り上げながら引き抜く。すると、巨大な岩石がそこから姿を現し、頭上に高く持ち上げ、ヴレイズ目掛けて勢いよく投げ飛ばす。
「うぇ!! まじか!!」と、飛来した岩石を赤熱拳で迎え撃ち、粉々に打ち砕く。砂塵が広がるが、衝撃波で一瞬にして晴れる。
ソロモンは既にその場におらず、気配すらなかった。
「な、に?」瞳を泳がせて動揺していると、背後から炎にも似た熱気を感じ取り、振り返る。すでにソロモンは彼の後ろを取り、拳を振り上げていた。「うそ……」と、言う間に彼の拳が腹にめり込み、地面へ素っ飛ばされた。
再び砂塵が巻き起こるが、同時にソロモンが着地し、2度3度と轟音が轟き、視界が晴れる。
そこにはヴレイズの髪を掴んで同じ目線に持ち上げたソロモンが立っていた。ヴレイズは血みどろになって身体を脱力させ、息も絶え絶えになっていた。
「……こいつ……強ぇ……」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




