115.真のプレイヤー
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ところ変わって聖地ククリス、シャルル・ポンド本宅。この家に主人が戻る事は殆ど無かった。が、今夜は珍しく明かりが点き、召使いらが集って皿やワインを運び、ダイニングでは食事が行われていた。
光の議長であり、家主であるシャルル・ポンドであった。普段は家紋の入ったローブを身に付けて仕事に勤しんでいたが、今夜はスーツを身に纏い、数年ぶりにワインの香りと舌触りを楽しんでいた。
そして正面で食事をするのは、バルバロンで最重要指名手配を受けるナイア・エヴァーブルーであった。彼女は普段動きやすいスーツを身に着けていたが、珍しく赤いドレスを身に纏い、上品な化粧を施していた。
「私みたいな身分の者が、こんな場所にいるなんて、誰も想像つかないでしょうね」ナイアは年代物のワインを灯りに照らしながら色を楽しみ、一口含んで鼻から抜ける独特の香りに感動する。
「君をここに呼んで、共に食事をしたのは何年ぶりだろうか……」
「10年以上ぶりね。貴方と3回目に会った時に招待された。珍しく仕事とは全く関係の無い食事会で驚いたわ。今回も、そうなの?」
「流石に世間話の内容は仕事に触れそうになるが……仕事は抜きだ。食事を楽しもう」と、前菜の白魚を上品に口へ運ぶ。
「貴方の甥の坊やが動きそうだけど、あれについてはどう思うの? 仕事抜きに」片眉を上げ、意地悪そうな表情で訊ねる。
「あいつは私を出し抜きたくて堪らないだろう。どこまで賢く振る舞おうとも子供だ。侮るつもりはないが、そこの所は君の協力者に任せておこうと思う」彼は表情を変えずに淡々と口にし、ワインを口内で転がす。
「ラスティー……今回の戦いは今までにない程に重要な戦いになるわね。出し抜こうと虎視眈々とする者だらけで戦場は混沌と化すでしょうね。その中で、貴方はどう立ち回るのかしら?」
「やめないか? どんどん仕事の話へ傾きそうだ」
「そうね。でも、話さずにはいられないわ。ただこれだけは解る……」
「ほう? それは?」興味ありげにシャルルが問う。
「この戦い、ただの破壊の杖争奪戦じゃないわね」
ナイアは片眉を上げながら口にし、小首を傾げる。
「その通り。これに気付いている者がどれだけいるのか……」
「あの坊やは気付いているのかしら?」
「……私の予想では……気付いているだろう。ラスティー同様な。だが、この戦いのプレイヤーは彼らではない。私と、君と、魔王。この3人の戦いとなるのだ」
「世界の影は眼中に無いのかしら?」かつて所属していた組織の名を口にするナイア。
「あれは亡霊だ。かつては世界を裏で牛耳っていたつもりだろうが……所詮は影だ。そして、その影は魔王に取って代わられた。今回の戦いにしゃしゃり出てきても、クリスかラスティーに叩き潰されて終わりだ」と、前菜を食べ終わる。
「私達が頭を斬り落したものね……あれから身体だけが暴走し、腐り果てた……」
「頭が落ちてからも、君はあの組織に身を置いたそうだが?」
「情報を集めるには良い場所だったものね。その代償は大きかったけど」と、何かを思い出しながらお腹を摩る。
「で、今回の戦いで警戒すべきは何か、わかるかな?」シャルルは次の皿が運ばれてくると同時に問う。湯気立ち上る魚料理であった。
「仕事の話はナシなんじゃなかったかしら?」
「仕返しだ」
「……ヴァイリー・スカイクロウ。あの男は毎回、大きな事件、戦いの影で暗躍しているわ。あいつの正体はご存知で?」ほかほかに香り立つ魚の切り身を口へと運ぶ。
「元世界の影の科学者。そして、おそらく……」と、ナイフとフォークを置き、眼をギラリと輝かせる。
「異世界よりの来訪者」
「知っているのね」ナイアは手を止めずに魚料理を食べ進める。
「あの男が持つ数々の技術は明らかに別世界の代物だ。恐らく、そういった来訪者は何人かいたのだろう。あの飛空艇にパワードスーツ、デストロイヤーゴーレム。どうやってこちらの世界へ来たのかはわからないが……あの男はこの世界で何かをやらかそうとしている。30年以上前、北の大地の滅びた国、ボスコピアでやらかした様にな」
すると、ナイアは食事の手を止めて、ナプキンで口を拭く。
「……その国は私の生まれ故郷よ」
「それは初耳だ」シャルルが目を丸くして驚く。
「ちょっと仕事の話をし過ぎかしらね」ナイアは強引に話題を変える様に口にし、ワインをまた一口飲んだ。
ナイアはシャルル宅の前に止まった馬車に乗り、自分の宿泊する宿へと戻る。これから忙しくなる為か、彼女は鞄の中に用意していた資料や手紙の束に目を通しながら部屋へと戻る。
ドアの前で立ち止まり、ドアノブを掴んだ瞬間、部屋の中から微かな気配を感じ取り、身構えながら入室する。
「ドレス姿とは珍しいな、ナイア」
真っ暗な室内には、ナイアに取って懐かしい人物が待ち構えていた。その者は鉄仮面を身に着け、身軽そうな狩人の黒装束姿をしていた。
「……っ? 嘘でしょう?! ハーヴェイ?! 生きていたの?!」ナイアは目を剥いて仰天し、後退る。
「ワザとらしく驚くな。俺が生きているのは既に知っている筈だ」
「えぇ、ディメンズから聞いたわ。でも、目の前にしてやっと信じる事が出来たわ」と、部屋のど真ん中で立つ彼にツカツカと近づく。「新しい肉体を得たんですって? って事は、素顔はどんな顔?」
「お前には見せたくないな。と、その前にお前に言う事があって来た」
「なに?」ナイアは化粧鏡へ向き直り、イヤリングを外しながら問う。
「今回の戦い、お前は戦場へは姿を見せるな」ハーヴェイは口調を厳しくして忠告した。
「そんな事を言うと、余計に行きたくなる正確って事は知っているわよね?」
「そうだろうが、それでも重ねてお願いしたい。俺たちに任せてくれ」
「何故?」
「……お前にアリシアの足を引っ張って欲しくないんだ。わかるな? 魔王はアリシアを欲しがっている。どんな手を使ってでも手に入れようとするだろう。お前を使ってでもな」
「侮られたものね、私も」
「侮ってはいないが、この件に関しては魔王も必死なんだ。いいか? お前はバルバロンヘは来るな」ハーヴェイは彼女を思いやるような温かみのある口調で話す。
「はいはい。ロートルは大人しく見物してますよ。どちらにしろ、今回は高みの見物するつもりだったし。でも、アリシアも高く見られたものね。鼻が高いわ」
「冗談を言っている場合か」と、ハーヴェイは窓際へと向かい、窓を開く。
すると、ナイアは酒瓶とグラスをふたつ用意する。
「あら、飲んでいかないの? ディメンズとは飲んだんでしょ?」
「急いでいるんでな、また今度。アリシアは立派に育ったな。俺たち以上に……だが、まだ甘い。俺がサポートしてやらなきゃな」と、ハーヴェイは風の様にその場から姿を消した。
それを見届けると、ナイアは崩れる様にその場に倒れ込む。
「生きて……いた……本当に……」ナイアは口を押えて声を殺し、ポロポロと涙を流し、酒瓶を開けてラッパ飲みを始めた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




