112.ふたりの企み
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
マーナミーナ国のホーリーレギオンズ基地指令室で、クリスはいくつもの書類を交互に眺めながらボードに張られたバルバロンの地図を見る。
「失礼します」ドアをノックすると共に現風の賢者であるミラが現れる。彼女は立場上、ここにいるべきではなかったが、クリスを見張る様にシャルルに命じられていた為、ここにいた。他の賢者らは各母国へ戻り、ククリスからの指令を待っていた。
クリスは彼女には目も向けず、黙って書類を眺め続ける。
「例の4人が集まりました。御目通りをお願いします」
この言葉を耳にし、やっとクリスは彼女へ目を向け、腰を上げる。
「やっときたか!」彼は微笑みながら指令室を出て、その4人の集まる広場へと向かう。
そこで待っていたのは、賢者に届く牙と呼ばれる者らが誰にも目を合わさずに鎮座していた。
1人目は水使いのザック・ネイルマン。彼は元魔法医であったが、治す方よりも壊す方が得意になり、クラス4の殺し屋としてその道の有名人となっていた。その実力は折り紙付きであり、爆炎術士パトリックと互角にやり合った事が何度もあった。
2人目は雷使いのバド。彼は6魔道団のエイブラハムの弟子のひとりであり、『雷の槍』と『磁力操作』が得意なクラス4の使い手であった。
3人目は大地使いのリクター・ハードウィンド。格闘技ボルカディの達人であり、その拳は大陸に決して消えない拳の跡を刻むことが出来ると言われていた。同じく6魔道団のソロモンの元で修業を積んでおり、8年前にバルバロン全土を揺るがす程の手合わせをした事で有名であった。
そして4人目はヴレイズの兄であるグレイ・ドゥ・サンサであった。
「よく来た! これで準備は整った!」クリスは手を擦り合わせて興奮し、笑みを更に零す。
「で、俺達を集めた目的は? ただ自分だけの賢者を侍らせたいだけじゃないだろ?」バドがクリスの僅かな表情の変化を読み取る様に伺う。
「俺はパトリックと戦えるならそれでいい」ザックは天井を見上げながらそれだけ口にし、眼を瞑る。
「ここの軍の装備は大したものだが、6魔道団の前には無力だろう。だからと言って、我々を馬鹿正直に連中に突っ込ませる訳ではなさそうだな」リクターは鋭い目つきで口にする。
そんな中、グレイは一言も話さずに腕を組んで佇んでいた。
「私の目的はバルバロンを攻略し、魔王を打倒する事……その為には、諸君の力が必要だ。安心して欲しい、考えなしに諸君をバルバロンヘ突っ込ませるような事はしない」クリスは皆の顔を一通り確認する。
「風だけは本物の賢者、なんだな」バドが彼の背後に控えるミラを見ながら口にする。
「まぁな。さて、今後のプランについて聞いて貰いたい」と、近場の椅子に座り脚を組む。
クリスの策は、デストロイヤーゴーレムの破壊の杖探索が始まると同時にこの基地からまずチョスコ国へ侵攻し、そこでパトリックらと戦闘し、ククリスの名の元にチョスコを解放する、と口にした。
「パトリックだったら、俺だな」と、ザックが目を光らせる。
「相手方もこちらの動きには勘付いている筈。チョスコ解放はそう簡単にはいかない筈だ」リクターが指摘する様に言う。
「その通り。だが、私の計算通りに事が運べば、チョスコだけでなくバルバロンの3分の1を解放出来るだろう」
「そう言える根拠は?」リクターは厳しい目を向ける様に睨んだ。
「ラスティーの討魔団の存在だ。彼らが同時に東側から攻める。これにより主戦力が分散される。彼らも我々に負けない使い手が揃っている為、兵力より使い手の数がものを言う戦いになるだろう。なぁ、グレイ?」と、クリスは彼に顔を向ける。
「……ふん」グレイはうんざりした様な顔でそっぽを向き、溜息を吐く。
「で、いつ攻め入るかだが……」
「で、具体的にはいつなの?」アリシアはラスティーに問う。
「デストロイヤーゴーレムの破壊の杖探索と、クリスの動きに合わせる……と、言いたいがクリスもまた、俺の動きを伺ってやがる。あいつにはグレイスタンで散々探られたからな。恐らく、俺の考え方や癖などをある程度、見切ってやがる」と、忌々しそうに煙を吐き、煙草を灰皿へ叩き付ける。
「クリス……シャルル・ポンドの甥か……」アリシアは何かを知っている様に小声で呟く。
「知っているのか? 奴を」
「ちょっと、ね」
「だが、別にクリスって王様と争う訳じゃないだろ? 利用されようが何だろうが、共闘すればいいじゃないかよ」ヴレイズが口を尖らせると、ラスティーとアリシアが同時に首を振った。
「ダメだ。クリスの思い通りに事が運べば、最悪の事態を招く可能性がある」
「最悪の事態?」ヴレイズが首を傾げ、2人の顔を交互に見る。
「破壊の杖の横取り」アリシアが指を立てながら口にする。
「その通り。ヤツの目的はそれだ。それを言うなら、クリスだけじゃなく、世界の影やブリザルドが横合いから掻っ攫いにくるだろうな」
「ブリザルドぉ?! 何であいつが?!!」ヴレイズは仰天しながら3年前に戦った時の事を思い出し、身震いする。
「あいつ本来の目的だからな。絶対来るだろうな」と、もう一本煙草を咥える。
「世界の影……あいつらはグレイスタンで戦力を半分以下になって風前の灯って聞いたけど?」アリシアが口にすると、ラスティーが片眉を上げる。
「どこでその情報を知ったんだ?」アリシアが口にした情報は、本来新聞にも掲載されていなければ、酒場の噂話にもならない情報であった。
「ちょっとね」と、彼から目を逸らそうとしたが、ラスティーは逃さない様に眼を合わせた。
「知っているんだぞ? お前が黒勇隊情報部に侵入したってな」
「黒勇隊情報部……って、ナニ?」ヴレイズは相変わらず2人を交互に見た。
「バルバロンだけでなく全世界の情報が集まる場所だ。警備は厳重で、たとえクラス4の使い手でも通り抜ける事は出来ないという話だった」
「誰から聞いたの?」
「ワルベルトだが」
「あのおっさん!! 約束を破ったな!!」
しばらく2人は睨み見合い、ヴレイズは険悪な雰囲気に挟まれた。
「あのぉ……勘弁してくれないか?」
「いまさら何故とか訊いたりはしない……が、ひとりで抱えたりするなよ?」と、ラスティーは大きくため息を吐き、苦み走った表情を隠す様に俯いた。
「……ごめん、言えない事もあるんだよね、色々とさ」
「色々とねぇ……で、話を戻すがクリスは自分から動かない。俺が動くまで動かないつもりだ。嫌がらせの様にな」ラスティーは忌々しそうに口しながら煙草を一気に灰にする。
「じゃあ、どうするんだ?」ヴレイズの問いに、ラスティーはやっと表情を柔らかくした。
「こっちから動く。お望みどおりにな」
「それってクリスの思うつぼなんじゃ?」
「かもな。だがそれを逆手に取る事も出来る。これは、どっちが先を読むかの勝負だ」ラスティーは腕を組みながら得意げに笑い、手を擦り合わせた。
「「絶対悪い事考えている……」」2人が同時に口にする
「その通り! あの世界王の坊ちゃんに解らせてやる!! お前の思い通りにはならないってな!!」
「お前……相当、その世界王が嫌いなんだな……」
「あんな奴、大嫌いだ!!!」ラスティーはエレンのセラピーで数百回捻りだした本音をここでぶちまけた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




