110.討魔団の日常
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
討魔団がグレーボンに根を降ろしてからもうすぐ1年半が経とうとしていた。ラスティーはこの国だけでなく、隣のバンガルド国とロックオーン国にも討魔団支部を置き、活動を広めていた。バンガルドにはキーラを、ロックオーンにはダニエルに任せていた。
この討魔団には入隊希望者が増え、この本部だけでは持て余す程の人数となっていた。その為、人数を分散させ、南大陸全土に手を届かせる為に支部を配置し、彼の指令が行き渡る様にしたのであった。お陰で三大国の殆どの首都と町、村々に討魔団の息がかかり、平和維持に貢献していた。
これにより南大陸同盟に強力な紐づけが成され、三国の連携をスムーズに行う事も可能であった。
「さて、エディ、レイ」ラスティーは本部指令室に2人を呼んだ。と言っても、昨日まではこの部屋は殆ど2人が入り浸っており、レイとエディの共同生活感そのままになっていた。
「「なんでしょう、指令?」」2人は揃って口にし、眠そうな目を向ける。彼らは本日から1週間ほど休暇を貰い、今までずっと泥の様に眠っていた。
「今日から俺はここを離れる」
ラスティーは前から計画していた様に平然と口にした。
「「っはぁ?」」2人は狼狽して目をパッチリと覚まし、声を上げた。が、言いたい事はぐっと堪えて司令官の次に口にする言葉を待った。
「俺は本部を離れ、空中戦艦を拠点に活動させて貰う。そこではエディと助手3名に同乗して貰うつもりだ」と、煙草の灰を落とし、煙を吐く。
「これでフットワークが更に良くなるって事ですね。因みに、飛空艇はあれだけなんですか?」エディは瞬時にラスティーの言葉を飲み込む。
「今の所はな。だが、そのうち増えるだろう。その為に、ワルベルトさんから調達して貰った図面を元に工場をグレーボン内に建てたんだ。そこに新しい仲間のベンジャミンを工場長として置く」
「子供に武器を作らせるんですか?」レイは片眉を上げ、声を尖らせる。
「今の所は飛空艇やパワードスーツを設計して貰うつもりだ。無属性爆弾も作れるが、それは頼まないつもりだ。彼には魔王軍兵器の弱点を探って貰う」
「子供に、武器を、作らせるんですか?」レイは一歩近づき、ラスティーの目を覗き込んだ。
「……ベンジャミンは承知で俺たちの軍に参加したんだ。魔王と戦う為にな。俺たちに出来る事は、それら兵器が悪用されない様に管理する事だ」
「出来る限りはやるが、全ては無理だろうな。ベンジャミンがどれだけ心が強いか……」エディはため息交じりで額を掻き、喉を鳴らしながらラスティーに話を進める様に促す。
「んで、これからだが……デストロイヤーゴーレムが動く。こちらの出方だが……」
「で、先生。もういいでしょ? いい加減さァ」診療所でキャメロンが検査を受けながら怠そうな声を上げる。彼女は未だに車いす生活を続けており、うんざりしていた。身体が鈍らない様に適度に運動し、脚もリンの風魔法で刺激し、細くならない様に治療を続けていた。
「エレン先生の許可がないと……でもぉ……」リンはため息交じりに診療所奥へ目をやる。
「でも、なに? エレンは帰ってきたんでしょ? もう約束の4カ月経ったでしょ? ん?」
「いや、6カ月って言ってたでしょ?」この問答をこの数週間繰り返してはキャメロンに立つことを諦めさせていた。実際、リンの見立てでは立っても問題なかったが、エレンの許可が降りなければリハビリを許されていなかった。
「エレンに会わせなさいよ! あたしは立ちたくてウズウズしてるんだよ!」と、慣れた手つきで車輪を回し、エレンのいる奥の部屋へと向かい、ドアを乱暴に開く。
「……ノックぐらいしろよ」ドアの向こうには、だらしない格好のマリオンがソファに寝そべっていた。一応白衣を肩から羽織っていたが、下着一枚であり、普段のエレンなら考えられない格好であった。
「なんてこった……エレンじゃなくてマリオンだっけ? エレンに会える?」
「アタイは窓口係じゃなくて、守護者。エレンが安全に休暇を取れる様にする為のね。ま、エレンとは粗方考えを共有しているから何でも聞いていいぞ。そうだな、あんたの腰の怪我はもういいぞ」と、寝そべりながら口にする。
「そっけない言い方……4カ月待ったんだぞ? ……ん、いざ立つとなると怖いな……エルぅ?! おい、エルぅ!!」と、自分の隊の副隊長を呼びながら診療所を出て行く。
すると入れ替わる様にリンが現れる。
「マリオンさん、でしたっけ? 貴女はここで働くつもりはあるんですか?」と、不安そうに尋ねる。
「一応、エレンからは代わりに働けとは言われていたけど……あんた次第かな」
「私?」不意に自分の事を言われてキョトンとするリン。
「エレンは口にしない性格だけど、アタイは違うんだ。あんたは、そろそろ独立したいんじゃない? エレンから離れて、自分の診療所で働きたいってね」
「そんな! 私は討魔団を離れる気はありません!!」
「そうじゃない。本当は、キーラかダニエルに付いて行きたかったんじゃないかってね? まだ遅くないよ。あんたの助手も一人前になったし、そろそろ2人とも独立していいんじゃないかって。エレンは、自分からいい出すまでそっとしておくべきだと主張するけど、あたいは……違う」と、マリオンは眉を上げ下げする。
「……エレンさんの口から直接聞きたかったです……」リンは目に涙を溜め、嬉しそうに微笑む。
「エレンは内気だからねぇ……ラスティーに話せば早いと思うぞ? あっちも新しい魔法医が見つからなくて困っているそうだし」
「では、さっそく!! でも……」
「でも?」
「ここの責任者は貴女で大丈夫なのかなって……」リンは言い辛そうに口にした。
「あ、言いやがったな、コイツ!!」
討魔団本部から少し離れた場所に真新しい工場が立ち、そこの門をベンジャミンが潜っていた。
「ここが僕の仕事場か」何か覚悟をする様に息を飲み込み、工場内部の様子を見る。
そこには多数の機材が運び込まれ、鋼鉄の鉄板や機械部品、鉄骨、更にベンジャミンが注文した物が多数用意されていた。
「全部注文通りだね。流石、ワルベルトさん」
「従業員の数は何名必要だ? とりあえず、手先の器用な者を50人ほど雇い入れたが?」いつの間にか彼の背後にはレイが立ち、報告書の束をベンジャミンに手渡す。
「まずは、僕がどんなものを設計するのかと言うのを説明し、勉強して貰うつもりだ。それからエレメンタルクリスタルの加工技術、金属板の扱い、魔動エンジンの設計、組み立て。短期間でこれだけ、50人全員に叩き込む。飛空艇の設計はそこからだね」と、滑らかに口にしながら機材チェックを手早くおこなう。
「本当にいいのか?」レイは何か同情的な口調で問う。
「今更何を言うんです? 僕は全てを承知でここにいます。例え、僕の作った兵器が数十万の人々の命を奪ったとしても、後悔はありません」と、報告書を見ながらピシャリと口にする。
「口で言うのは簡単だが、実際に目にすると……」レイは苦そうに口にし、溜息を押し殺す。
彼の元には毎日、討魔団による仕事の報告書が届いていた。その中には守れたのに守れなかった命、それに対する恨み辛みの手紙なども混じっており、彼はそれら全てを飲み込んでいた。その数は数えられない程であり、その報告を目にする度に胃を痛め、エレンやリンの世話になっていた。
「僕の作った無属性爆弾がひとつの街を消し飛ばした事があります。失われた命は10万8238人。2年前、バルバロン国内で起きた大規模反乱の鎮圧に使われました」
「そんな話、聞いたことが無いぞ!!」レイは眼を丸くして仰天した。
「それはそうですよ。ロキシーさんが巧みに策で反乱軍に国民をひとつの街に誘導して、一気に消し飛ばし、黒勇隊が情報操作をして揉み消したんですから。当初は父さんの無属性爆弾を使う予定だったのですが、何かの手違いで僕の作ったモノが使われました」
「そんな事が……」
「ワルベルトさんは勿論、指令にも話しました。その上で、僕はここに立っています。無用な気遣いは結構です」ベンジャミンは眼鏡を光らせ、咳ばらいをした。
「大した子だな……」レイは感心する様に深い溜息を吐いたが、そこで初めてベンジャミンは彼の目を見た。
「それから、僕を子ども扱いしないで下さい」
「了解だ。だったら、こちらも遠慮なく君に接するから覚悟しておくように」
「望むところです」ベンジャミンは機材へ目を戻し、メモ帳片手にペンを奔らせた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




